家庭教師編①
一組の男女が、山の中を歩いていた。
青年の方は銀髪のウィッグをかぶり、青いTシャツに長ズボンと言った一般的な恰好をしていた。顔立ちは整っているように見えるが顔の至る所に血が付着しているため判別が難しい。
少女の方は青年の着ている服とサイズだけが違う服を着て、長い銀髪をなびかせて歩いている。彼女の顔にも多少の血が付いているが、少女の美しさを損なわせる事はない。
生い茂る邪魔な木の枝をナイフで切り裂きながら、青年が少女に話しかける。
「それにしても、大変だったね。レディ」
まるで紳士が話しかけるような口調に、少女は顔色一つ変えることなく返答した。
「・・・もう国は出た。口調を戻しても大丈夫」
「おっと、そうだったな」
瞬間、青年はガラリと口調を変えると銀色のウィッグを外し、小物入れの中に小さく畳んでしまっておいた黒いコートを取り出す。
「やっぱりこれが一番体に馴染むな。感覚が戻ってきた感じがするよ」
「・・・何の?」
少女の質問には答えず、青年はコートをパンパン、と叩いた。コートに付いていた埃や糸屑が地面に落ちる。
「それにしても、あの口調は馴れねえな。これから使う機会が多くなりそうだから練習しておこうと思ったのに」
「・・・あの口調も、格好いい」
そんな事を話していると、いつの間にか山は下り坂となっていた。ここを降りればエルの町だ。
「そう言えばさ、前から気になってたんだが」
「・・・何?」
「何で人類の共通通貨って金貨なんだ? こんな物錬金術士が居ればいくらでも量産できるだろうし、何ならそこら辺に転がってそうだけどな」
「・・・錬金術はそこまで万能じゃない。100枚分の金貨が欲しくても、作るのに金貨200枚分の費用が掛かる」
「マジか。まあでもそうでなけりゃこんな量産可能そうな物を人類の共通通貨にしないわな」
「・・・それに魔族は金貨より宝石の方を好む。だからそこら辺に落ちているとしても宝石の方が多い。それも人類が金貨を選んだ理由」
成る程、そこら辺もきっちりしてあるようだ。やはりただのナーロッパではないと言うことか。
「お、そろそろ着くぞ。エルの町だ。アラギはここに居るんだよな?」
「・・・ん」
国ならとにかく、町はそこまで侵入者に対して警戒していない。青年と少女は難なく町の中に侵入した。
「とりあえず、アラギとの合流を果たすまではこの町に居るしかねぇな。俺は道具を色々買っておきたいが、ついてくるか?」
「・・・もちろん」
近くにあった雑貨屋に入り、道具数点を購入する。そこで青年は資金が残り少なくなっていることに気が付いた。
「白金貨2枚と金貨5枚か・・・」
シュナイダーにたかられた時にあった分の半分以下となってしまっている。今すぐに金に困ると言う事態はないが、資金調達が難しいのも事実。
「ああクソ、あの不快勇者が詐欺で稼いだ分から少し貰ってくればよかった!」
「・・・落ち着いて」
ぶん取れる時に金をしっかり取らなかったことを激しく悔やむ青年を少女がなだめる。
「こうなったら、行商人の真似事でもするか? でも下手打つと荷物が増えるだけだしなーーー」
「・・・焦っても意味ない。落ち着いて考えよ?」
少女がそう言って酒場を指し示した。こんな真っ昼間から飲むのは気が引けたが、どうせ他に行きたい場所もないのだ。青年達は連れ立って酒場に入る。
流石に昼間だからか、ほとんど人は居なかった。青年達はカウンター席に腰かける。
「この国の飲料は全体的に安いな。飲み水感覚で飲まなきゃ全然問題ねえ」
「・・・入る前に、看板を見た」
少女はそう言って、度数の高い酒を選んだ。青年は迷わずジュースを注文する。
「これとこれお願いします。・・・それにしても、この町の酒文化は他の町に比べると進んでるな」
様々な種類の酒がメニューに並べられているのを見ながら、青年はそんな感想を漏らした。
飲み物が運ばれてきて、青年達はしばらく雑談しながら祭りに浸った。やがて三杯目になってくると、店主が呆れたように言う。
「お客さん、ウチとしちゃ飲んでくれるのは嬉しいんだが、金はあるんだろうな? これだけ飲んでおいで『お金ありません』じゃ済まされないぞ?」
店主の言葉に、青年はニヤリと笑った。隣で赤らんだ顔を前後に振っている少女の前に水の入ったコップを置くと、懐に手を突っ込む。
「オイオイ、何言ってるんだよ。金ならここにーーー」
あるぜ、と言って懐から財布を取り出そうとしたとき、その手を誰かに引っ張られた。見ると黒いフードを被った男が青年の手首を掴んでいる。
「何だ?」
青年が怪訝に思った瞬間、男は青年の腕を引いた。そして、手に持っていた財布を奪い取る。
「お前・・・」
青年が腰のベルトから武器を抜くよりも速く、男は踵を返して走り出していた。たった今店に入ろうとした客を突き飛ばし、店外に飛び出していく。
「チィッ!」
まさかこんなに堂々と金を取られるとは。青年は舌打ちしながら立ち上がり、店を飛び出した。
「アイツはどこだ?」
居た。20メートルほど遠くに走っていく後ろ姿が見える。後を追うも、すぐには追い付けない。このままでは曲がり角でも曲がられようものなら逃げ切られてしまう。
「面倒くせぇな」
距離が10メートル近くになった瞬間、青年は黒いコートの内ポケットから一本の水筒を取り出した。蓋を緩め、男の逃げる前方辺りに放る。
男は驚いて止まろうとするが、全速力で走っている人間はそう簡単に止まれない。結果、水筒からぶちまけられた中の液体をもろに浴びてしまう。
「・・・ッ!」
男は激しく困惑するも、中の液体が何も自分の体に及ぼさないのを見るとすぐさま逃亡に戻った。青年は全速力で追うが流石に向こうの方が地の利に長けているらしい。あっという間に見えなくなってしまった。
「面倒だな。ここからは地味な作業になりそうだ」
青年達が命がけの鬼ごっこを始める、少し前。
ローズ女学院の校門前で、複数の女子生徒が楽しそうに談笑していた。
「それで、そのピエロの方ったら私を突き飛ばした人に向かって『ムカつく顔が俺の通行を妨害したなぁ。お仕置きだ!』と言ってその人にジャーマンスープレックスをくらわせたんですわ!」
「まぁ! 多少野蛮ではありますが、屈強で頼もしそうな殿方ですわね!」
「私もそんな殿方に出会ってみたいですわ!」
そんな風に女子生徒達が談義に花を咲かせていると、一人の女子生徒が校舎の中から出てきた。勝ち気そうな目付きをした女子生徒だ。
「あら皆様、まだいらっしゃったんですの?」
「あら、エレノワール様。ご機嫌よう」
エレノワールに、女子生徒の一人が挨拶をする。
「ご機嫌よう。皆様は今日も仲がよろしいのですね」
「ええ、とっても。ーーーあ、そうだ、私達はこの後集まって今日の魔法講習の復習をしようと思うのですが、エレノワール様も一緒にどうですか?」
女子生徒の誘いに、エレノワールは優雅に髪を掻き上げた。
「必要ありませんわ。何故なら、皆さんとはレベルが違うんですもの。ではまた」
高圧的に言うと、エレノワールはカツカツと靴音を響かせて去っていってしまった。その後ろ姿を見て、女子生徒は口々に感嘆の声を漏らす。
「仕方ありませんわ。エレノワールさんは筆記試験では毎回校内で一番の成績を誇る天才。私達と比べるのもおこがましいですわよね」
「魔法の実技試験は『レベルの違いを思い知りなさい』と言って魔法を使うことすらしないそうですよ!」
「そ、そんな事が許されるんですの!?」
「校内トップのエレノワールさんだからこそ出来る技ですわ、エレノワールは本当に素晴らしいお方ですわ!」
家に帰ったエレノワールは、部屋に鞄を置くなり庭に向かう。そして手頃な石を発見すると、深呼吸をする。
「万象の呪いよ。汝光の精霊の加護を借り、別次元の理に乗って動き出せ!」
エレノワールの呪文が、庭に響き渡った。エレノワールの手から紫色の光が迸り、足元にあった拳大の石に伝わる。エレノワールの腕力ではビクとも動かないはずの石は、彼女の魔法を受けてーーー
5センチだけ、空中を移動した。
「・・・・・・」
長い沈黙が、庭を包み込む。エレノワールは石が5センチしか動かなかったのをその目で確認すると、諦めたように床に寝転がった。
「レベルが違う、ですわね・・・」
普段から同級生に宣っている言葉を思い出す。そう、確かに彼女はあの学院に通うその他大勢とは明らかに魔法のレベルが違う。
・・・悪い意味で。
エレノワール・アステア。16歳。筆記試験校内一位の猛者にして、魔法レベルは3。
魔法レベルとは、ローズ女学院が独自に定めている基準の事だ。0~120まで存在する。
ちなみに、エレノワール以外の生徒の魔法レベルは50~60だ。
数字を見ただけで、エレノワールがどれ程魔法技術において無能かが分かるだろう。筆記試験は教本を丸暗記しているため尊敬と畏怖の対象になっているが、実技に至ってはそこら辺の赤ちゃんにすら勝てるか危うい。
今の呪文だって、本来であればもっと長い距離を飛んでいたはずなのだ。5センチしか動かないなんて、さぞかし無能であることだろう。
「ま、まあ、繰り返しやっていればいつかは出来るようになりますわよね。今日も練習あるのみですわ!」
そう自分を叱咤激励すると、エレノワールは起き上がった。
男の後を追っていた青年は、突然目を閉じた。視覚をシャットアウトし、他の三感もなるべく機能させないようにする。
嗅覚。それだけに意識を集中させた。
すると、右斜め前から微かな芳香性の匂いがしてくる。青年が目を開けて右斜め前を見ると、そこには茂みがあった。
「成る程な」
言いながら茂みを蹴る。すると、「グフッ」という声と鈍い音が聞こえてきた。青年は続け様に二、三発蹴りを入れる。
「俺の新作、ガソリンの味はどうだ?」
そう、青年が先程ぶち撒けたのはガソリンだ。魔法を使えず、何のチート能力も持ち合わせていない青年にとって、容易に爆発を起こせるガソリンと言うものは是非とも欲しい一品だったのだ。長い期間の試行錯誤でどうにか精製に成功した時は声を上げて喜んだことを覚えている。
「クッ!」
男は悔しそうに茂みから飛び出すと、近くの柵によじ登った。その後頭部に金槌を投げつける。
「どこに逃げても無駄だ。臭いんだよ、お前」
ガソリンには臭気がある。加えて、この辺り一帯には目立った臭いを放つものはない。従って、男の体から漂う匂いは強いマーキングとなる。
それにガソリンの性質上、下手に動き回れば逆に危なくなる。
「さっさと降参しろーーーあ」
そこで、青年は男の姿が見えないことに気が付いた。
逃したのではない。金槌を投げたせいで、柵の向こう側に落としてしまったのだ。
「やっちまった・・・」
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