無能詐欺編④
数日後。
「出ろ」
看守の重々しい声を聞いて、アレンは外へ出る。手には手錠を繋がれ、両横には武器を携えた警備員がピタリと張り付いていた。これから裁判だ。またあの衆人環視の中で自分の罪を数えさせられるかと思うと気が滅入ってしまう。
牢屋から出る際、目線だけを動かして隣の牢屋を見る。そこに青年の姿は何処にもない。数日前に脱獄したのだ。24時間体制で見張っていたはずなのにどうやって脱出したのか。それに関しては全く想像も付かないが、不思議とあの男なら可能なのではないかと思ってしまう。
「これから裁判の続きが始まる。気分はどうだ?」
「まあまあですよ」
アレンは返事をしながら、ふと自分の身に起こったことを振り返ってみる。
自分が常識を知らなかったところから始まった、この裁判。初めは理不尽だと思ったが、裁判長と『黒百鬼の死神』の話を聞いて少し考えが変わってきた。
ーーー国外追放はやり過ぎだ。でも、僕自身にも非はある。
この裁判、自分にも落ち度はあるのだ。長い期間をこの世界で過ごしたにも関わらず、周りの常識を知ろうとしなかった。その結果知らなかったとはいえ、不特定多数の人間を馬鹿にする発言をしてしまった。
『普通にウゼぇだろ』
青年の言葉が脳裏に甦る。アレンはグッ、と拳を握り締めた。
あの男は犯罪者だ。いくら『魔族戦争』において功績を上げたとしても、三つの国を滅ぼした際に何人の人間を殺した事だろうか。百、いや千は殺しているだろう。そんな大罪人を許せるわけがない。
だが、悔しい事にあの男の言っている言葉は正論としてアレンの心に刺さった。
「今度会ったら、僕がアイツに物申してやる」
そう心に決め、アレンは再び法廷に立つ。
まだ15分前だというのに、既に傍聴席は満員だった。皆、アレンが行った侮辱的発言に関してどのような判決が下るのか気になっているのだろう。
「こんな感じでどうかな? レディ」
「・・・とても格好いい。でもレディはちょっとむず痒いからやめて」
ふと聞き慣れた声が聞こえ、アレンは傍聴席の最後列を見る。するとそこにはペアルックの服を着た銀髪の青年と少女の姿があった。ウィッグか何かで髪の色を変えているようだが、顔立ちと声からバレバレだ。
「それにしても、本当に大丈夫なのかな? 喋り方と服装を変えれば正体がバレないって言うのは。顔を見れば一発だし、何より声が変わっていないんだが。ふむ、やはりヘリウムガスを吸っておいた方が良かったかなあ?」
「・・・大丈夫。ここの警備員は結構無能。それに奴らが貴方に対して抱いている印象なんて『黒いコートを着ているヤバそうな奴』って事くらい。だからそのコートを脱げば絶対にばれない」
「成る程、あれだけ愛着のあるコートを邪魔者扱いするとは。そうかい、つまり君はそんな奴だったのか」
間違いない、『黒百鬼の死神』と仲間の少女だ。逮捕されて流石に反省したのか青年は変装しているようだが、問題はそこではない。よくもまあのうのうとこの場に顔を出せたものだと正直に思う。それと、あの青年の馬鹿にしたような発言を散々聞いた後だと紳士ぶったあの態度がどうしようもなく気持ち悪く見えてくるのはアレンだけだろうか。
「それはそうと、この口調はどうかな? レディ」
「・・・レディは辞めて。恥ずかしいから。でもその口調もいつもとのギャップがあって・・・いい」
滅茶苦茶気持ち悪いと思うアレンとは対照的に、少女は青年にメロメロのようだ。愛の力と言うのは恐ろしい。
青年の紳士然とした態度は正体を知らない周りの人達も気持ち悪く思っているのか、ゴミを見るような目が一斉に青年に殺到した。しかし青年はそんな観客の『気持ち悪い目線』に一切怯む事なく、紳士然とした口調のまま少女に甘い言葉を囁いていた。
「ああ、君はまるで百万人の死体が転がる戦場に咲く一輪の花のように美しい・・・その花を摘み取って、一生大切にしてあげたい」
気持ち悪い!!!!
観客とアレンの気持ちが一致した瞬間だった。全員、青年の言葉に引いていた。
と言うより例えが酷すぎる。流石にこの言葉を言われたら少女でもキレるだろうとアレンは少女をチラリと見た。
「・・・私も。貴方の美しさを【永久凍土】で閉じ込めて、一生愛したい・・・」
目がハートマークだった。・・・ところで【永久凍土】は氷魔法の中でも最上級の魔法で、生身の人間が食らえば文字通りの氷漬け状態となり、いかなる方法を用いても脱出させる事が出来ないのだが、あの少女は本気で言っているのだろうか?
「ぼ、傍聴人。少し・・・いやかなり・・・結構気持ち悪いので出ていってください」
ついに裁判長がとんでもない理由で二人を追い出しにかかった。そんな裁判長に青年はチッチッ、と人差し指を振る。
「心配ご無用。裁判が始まったらちゃんと静かにしますので。始まるまでの間、彼女と話し合っていただけですよ」
「そ、そうですか・・・。一応警告しておきますが、後で黒歴史にならないように気を付けて下さいね?」
凄い事になって来た。アレンの精神が異常者である事を争点とした裁判を行うはずが、今や青年の方が異常者と化してしまっている。そんな流れを変えようと思ったのか、裁判長はゴホンと咳をした。
「で、では気を取り直して。これより開廷します。起立」
その言葉に、皆我に返ったように立ち上がる。青年と少女もここではきちんとするのか、背筋を伸ばして立ち上がっていた。
「着席」
裁判長のそんな言葉で、アレンは席に着く。隣では弁護士が深刻な面持ちで検察を睨んでいる。まあ前回あれだけ苦渋を舐めさせられたのだから当然と言えば当然である。
アレンは手に持った紙を見る。そこには今回の裁判でアレンが喋る事が書かれていた。文章の最後に刃、こんな事まで。
『緊張するなら自分の番になるまで寝てろ。敵の声に惑わされるな』
神聖な法廷で、しかも自分が被告人として立たされている状況で寝ろとは、恐ろしく肝の座ったやり方であると思う。しかしそれで緊張が解けるならと、アレンは小声で軽度の睡眠魔法を唱えた。誰かが体にぶつかって来たら起きる程度の物だ。
「~~~」
検察が何か言っているが、よく聞き取れない。アレンはこっそりと眠りに付いた。
「・・・被告。被告人。速く証言台に立ちなさい」
「ん・・・」
裁判長の言葉でアレンは目を覚ました。周りを見ると、全員の視線がアレンに集中していた。
「こんな時に寝るとは、勇者とあろうお方もたかが知れますね」
検察が馬鹿にしたように肩をすくめる。カアッと頬が熱くなり、アレンは慌てて立ち上がり証言台に向かった。
「これより、被告への尋問を行います。よろしいですか?」
「は、はい」
若干緊張しながらも、アレンは右手に持っていた紙を見た。今はこの文章を信じるしかない。
「では被告に質問します。貴方はーーー」
「ぼ、僕は!」
検察の言葉を丸っきり無視して、アレンは喋り出した。まずい。まずは検察の質問に答えるべきだったと思いつつも、もう止まれないと思いなおして喋り続ける。
「超強力である魔法を放っておいて『僕の魔法がヤバい? それって弱い方でだよな?』とこの国の魔法使い全員を侮辱するような発言をしてしまった。それについては心より謝罪させていただきます。自分の魔法の異常さに気が付かず、皆さまに不愉快な思いをさせてしまい大変申し訳ございませんでした」
そう言って、まず謝罪する。検察も裁判長もまさかあれだけ容疑を否認していたアレンが認めるとは思っていなかったのかポカンとした顔でこちらを見ていた。その隙を突いてアレンは続ける。
「しかしながら、詐欺については否認させていただきます。何故なら僕は騙すつもりは一切なかったのですから」
『知ってるか? 詐欺って言うのは「騙すつもりはなかった」の一言で一気に立件が難しくなるんだぜ?』
青年の言葉が脳裏をよぎる。何故あの男はそんな事を知っているのだろうか。まあ今はそんな事などどうでも良い。
「もちろん、提供してくださったお金は全てお返しします。これで許していただけないでしょうか?」
言いながら、法定全体を見回す。ここからが勝負どころだ。
「い、意義あり!」
案の定、検察が声を上げてきた。
「『騙すつもりはなかった』『金は返す』。だから詐欺ではないと? ハッ、実にふざけた言葉だ! 裁判長、こんな言葉に騙されてはいけませんよ!」
「本当に騙すつもりはなかったんです」
アレンは繰り返す。
「何故ならーーーー勇者としての地位を盤石の物にした後、もっと大きな詐欺騒動を起こそうとしていたのですから」
法廷内が、シンと静まり返った。
「本来、僕は勇者の地位を利用してもっと大きな額の金を騙し取るつもりでした。それこそ金貨800枚がはした金に見えてくる程の。ですから、今回の件に関しましては本当に騙すつもりではなかったんです」
もちろん、アレンにそんなつもりはない。しかしこれが内容なのだから従うまでだ。
「ふ、ふざけるな!」
検察が机をバン! と叩く。
「更に大きな詐欺事件だと⁉ よくも法廷でぬけぬけとそんな事が言えるな! 裁判長、今すぐにこいつを逮捕しましょう!」
「落ち着いてください。僕はまだその詐欺事件を起こしていません。起こってもいない事件をどう取り締まれと?」
アレンはあえて挑発するように机をコツ、コツと叩いた。
「話を整理しましょう。僕は勇者としての地位を盤石にして『巨大な詐欺事件』を起こしたかった。しかしその前にこの事件『予期せぬ詐欺事件』が起こってしまったのです。皆さんは僕が狙って今回の騒動を起こしたかと思っていますが、全く違います。これは僕にも意図せずに起こってしまった事件なんです。だってこんな所で勇者としての信用を失っては困りますからね」
これが『黒百鬼の死神』の考えた作戦だ。
ただアレンが『俺は常識人だ。無罪だ』と主張すれば、どう頑張っても『俺の魔法がヤバイ? それって弱いって意味だよな?』と言う嫌味発言を引っ張り出されて不利になる。そうなれば裁判長の印象は最悪だろう。
しかしこうする事で『アレンは異常なのだ』と思わせる事が出来る。加えてこの事件を『大した事ない』と思わせる事に成功した。
「僕は、本当に騙すつもりはなかったんです」
最後に、訴えかけるようにアレンは裁判長に言った。
「信じて下さい、裁判長。僕はたかが金貨800枚如きで詐欺を起こすようなチンケな人間じゃないんです。もっともっと大きな詐欺事件を起こすつもりの僕が、この程度の金で詐欺なんか起こすわけないじゃないですか。今回の件は、僕は無罪です」
『今回の件は』と言う部分を強調して、アレンは告げる。これでどう転ぶかは正直分からない。しかし『9割敗訴』の状態から五分五分の状態に持ちこめたのではないかとは思った。
数日後
「判決を言い渡す」
裁判長の重々しい声が、法廷内に響き渡った。
「被告人はーーーー無罪」
裁判長の言葉に、アレンはグッと拳を握りしめる。まさか本当に勝つとは思っても見なかった。牢屋の中で青年が言った通り、ただ敗訴を待つだけなのが嫌で仕掛けた博打だったのに、ここまで上手くいくとは。
正面の席に座った検察を見る。すると検察は恨みがましい目でアレンを見てきた。負けたことがかなり悔しいらしい。その態度にアレンが頬を掻いていると、裁判長が続けた。
「ただし、被告は今回集めた金貨800枚を持ち主の元に返す事。加えて、半年の間山の奥にある精神病院に通う事。その邪悪な心を改心し、人々の為となるように努めなさい」
やはり、精神病院行きは免れなかったようだ。アレンは苦笑する。
ひとまず、国には留まる事が出来た。これでもアレンを勇者として呼び出して来てくれた国だ。何年かかるか分からないが、少しずつでも国の人の為に務めていこうとアレンは決心した。
・・・その前に、この精神を治す方が先だが。




