コルト編②
「何だアレ?」
「あれは魔族狩りだね。魔族と思わしき者をひっ捕らえて、ああして処刑するんだ。魔族は人類にとっての敵だからね」
「ふーん」
二人が近づいてみると、磔にされているのは犬耳を付けた少女だった。少女の全身には無数の痣があり、その下に石が落ちていた。もしかしなくても、石を投げつけられたのであろう事は明白だ。
青年が近づくと、少女はビクッ! と震えた。途端に犬耳が萎れる。まるで、青年の存在にーーーいや、人間の存在に怯えているかのようだ。
「こんな大通りで磔にして石まで投げるのか。随分とえげつない事をするな」
「魔族は悪だからね。このくらいやってもまだ足りないよ」
コルトの言葉に青年は一言「ふうん」と言うと、少女に声を掛けた。
「おい、獣人。お前は何で捕まってるんだ?」
「お兄さん?」
青年の不可解な行動にコルトは首を捻るが、青年は気にも留めない。構わず話し続ける。
「答えろ。何でここに捕まってるんだ? お前の発言次第で、助けてやらなくもない…って、無職の癖にこの発言は偉そうだったな」
「ちょっと、お兄さん⁉」
驚くコルトを無視して、青年は少女を睨む。すると、少女はゆっくりと顔を上げた。その口から、言葉が紡がれる。
「た、助けて…」
その声は擦れ、酷く弱々しい物だった。『魔族は悪』と思っているコルトですら、一瞬同情してしまう程の物。確かに彼女は魔物だが、同時に人間の少女同様、弱くて儚い存在である事がひしひしと伝わってくる。
だが、青年は容赦ない。
「助けて欲しいか聞いてるんじゃねえんだよ、俺は。『何で捕まってるのか?』そう聞いたんだ。質問をちゃんと聞いておけ、お前の無駄にでかいその耳は何の為に付いてるんだ?」
「お、お兄さん、辞めようよ」
罵倒する青年を止めようと、コルトは青年に駆け寄る。だが青年はコルトを片手で制し、少女に聞く。
「もう一度だけ聞く。何で捕まった?」
「私…何にも悪い事してないのに…助けて」
少女はまたか細い声で呟いた。それを見て青年は諦めたように鼻を鳴らした。
「駄目だコイツは。話にならねえ。おいコルト、次は安い宿を案内してくれ」
そして平然と踵を返し、スタスタと歩いていく。コルトは慌ててその後を追いかけた。
「それにしても、ビックリしたよ。急に助けるなんて言い出してさ。この国では磔の魔族を助けたりなんかしたら重罪だからね。危なかったね、お兄さん」
コルトは楽観的に声を掛ける。しかし、返って来たのは冷たい響きだった。
「いや、アイツの返答次第では俺は本当に助けるつもりだったぞ? まあ、他力本願まっしぐら過ぎて助ける気が失せたがな」
フン、と退屈そうに鼻を鳴らし、青年は大股で歩いていく。コルトはそんな彼を不安そうに見ながら、後を追いかけた。
次の日の朝。
「さてと。今日も頑張るか」
朝早くから起きて料理の準備をしようとしたアルラの店の扉がバン! と開け放たれた。
「ん? なんだい、まだ準備中だよ―――」
迷惑な客を追い払おうとしたアルラの顔が、驚きで強張る。
「王国騎士だ。貴様に魔族の疑いが掛かっている。同行願おうか」
「そんな・・・」
アルラが連行されていくのを勝手口の隙間から覗いていたコルトは、驚愕して声が出なくなっていた。
―――あのアルラが、魔族⁉
あり得ない。ずっと傍に居たコルトだからこそよく分かる。アルラは、魔族などではない。
「じゃあ、どうして・・・?」
分からない。だが、王国騎士がそう判断した以上、そうなのかもしれない。彼らは一度も間違う事無く魔族を殺してきた。だから今回も――――
「ッ、違う!」
コルトは叫ぶ。そんなはずがない。アルラが魔族なはずなど、あっていいはずがないのだ。
「ん? 誰か居るのか?」
コルトの叫びを聞きつけたのか、王国騎士の一人がこちらに近づいて来る。コルトは素早く勝手口から離れると、全速力で逃げ出した。
「うわあ、ああ、ああ…」
頭が混乱する。足元がフラフラする。行く宛ても分からないまま、コルトは闇雲に走った。
走る、走る、走る。
「そんな訳ない、でも、でも…」
その時、体にドンという衝撃が走って後ろに転ぶ。どうやら訳も分からず走っていたためか、人にぶつかってしまったようだ。コルトはすぐに顔を上げ、謝罪の言葉を口にする。
「ご、ごめんなさい。今焦ってて――――ッ!」
「おいおい、誰かと思ったら昨日のガキかよ。走って人にぶつかるなんて危なっかしい奴だな。たまたま知り合いだからよかったものの、もしこれが全く知らない奴だったら半殺しにされてもおかしくねえぞ。次からはもっと気をつけな」
そこに居たのは、昨日の青年だった。相変わらず赤黒いコートを身にまとい、気怠そうにコルトを見下ろしている。
「お、お兄さん…」
「どうした? そんなに絶望に染まった目で俺の事を見て。言っておくがこの町じゃまだ何もしてないぞ?」
意味不明な事を言う青年。だがそんな事を気にしている暇はない。コルトは青年に飛びついた。
「お兄さん!」
「何だよ、今度は大声を出して。悪いが朝飯がまだなんだ。どんなビッグニュースがあったかは知らねぇが、とりあえず朝飯食っていいか?」
そう言って歩き出そうとする青年の足を、コルトは掴む。
「た、大変なんだ。アルラおばさんが、アルラおばさんが―――魔族って言われて、王国騎士たちに連れて行かれちゃったんだ!」
アルラの事は、昨日店に来たことから知っているはずだ。コルトは男の反応を見る。
しかし、青年の反応は意外な物だった。
「ふーん。だから?」
淡泊。それ以外に表現が出来ないほど、青年の反応は無機質な物だった。
「あ、アルラおばさんは知ってるよね? 昨日お店に居た人だよ? あの人が、王国騎士に――――」
「聞こえてるし、そのアルラとか言うのが誰かも理解してるよ。で? だから俺にどうしろっていうんだよ」
青年はどこまでも淡々と、詰まらなそうに言う。コルトは熱心に叫ぶ。
「アルラおばさんは魔族じゃないんだよ。でも、王国騎士の人たちがそう決めつけて…た、助けに行かなくちゃ! 一緒に王国騎士の人達にアルラおばさんは魔族じゃないって話して、それでーーー」
言いながらコルトは青年のコートの裾を掴み、しきりに引っ張る。しかし次の瞬間、腹を蹴られて大きく吹き飛んだ。
「うわっ!」
「ああ、悪い。あんまりにも鬱陶しいもんだから、つい反射的に蹴っちまった」
青年はたった今コルトを蹴り飛ばした足を下ろすと、大股で倒れているコルトに近づいた。そのまま手を伸ばし、助けてくれるかと思いきや胸倉を掴んできた。
「なぁ、ガキ。どうして俺がそのアルラとか言うのを助けなくちゃいけないんだ? 生憎だが俺はお前と違って、アルラとか言う奴には何の義理も無い。つまり、俺がそいつを助ける意味なんざどこにもねえ」
青年の目には、不気味なまでに冷徹な瞳があった。
コルトは怯えながら、震える声で答える。
「で、でも、困ってる人が居たら助けないと――――」
「それは偽善者の考え方だな。人間って言うのは一度助けてもらえば『自分は守られている』と錯覚する愚かな生き物だ。自分の足で這い上がれ。最初から誰かに救いを求めてるんじゃねぇよ」
青年は吐き捨てるように言うと、コルトの胸倉から手を離した。コルトの身体がドサッ、と地面を転がる。青年はそれを見下ろすと、しゃがみ込んでコルトの目の高さに自分の目を合わせた。
「なぁ、アルラおばさんを救いたいか?」
コルトは一瞬怯えを見せたが、すぐに頷く。
「う、うん」
「なら自分の手で助けに行け。誰かに頼るな」
「で、でも…僕の力じゃ王国騎士の人達を止められないよ」
弱音を吐くコルト。そんな彼に、青年はどこからか木の枝を一本取り出し、彼に告げる。
「勝てるか勝てないかじゃねぇ。飛び込む覚悟があるか聞いてるんだ。例え手足の二,三本失おうが、腹を真っ二つに割かれようが構わねえ。命を捨ててでも飛び込む勇気を持て」
青年は木の枝を片手で握り潰す。細かな木の枝の破片がパラパラと地面に落ちる。
「いいか、元々人間ってのは命捨てる覚悟さえあれば大抵のことは何だって出来るんだ。だから、何かを守りたいのなら死にもの狂いで突っ込め。突っ込んで飛び込んで、傷ついてでも強くなれ。じゃなけりゃ一生奪われ続けるぞ」
それだけ言うと、青年は立ち上がった。そして、何事も無かったかのように去っていく。残されたコルトは、しばらくの間足が竦んで動けなかった。
それから何分が経っただろうか。コルトは生まれたての小鹿のように足を震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ぼ、僕は――――」
停止した思考の中で、出した結論。
「アルラおばさんを、助けたい」
そう決めたら、突撃だ。
アルラは、十字架に磔にされて、町の中央に晒されていた。
王国騎士に連れて行かれた後、『尋問』と称された拷問を受け、十字架に磔にされたのだ。誰もアルラの否定をマトモに聞こうとはしなかった。もはや一方的な決めつけ、ただの独断だ。
それでも、そんな彼らの行動が、この町では許されている。
「・・・チッ、まさか目を付けられたとはねえ」
切れた口内の痛みに顔をしかめながら、アルラは呟く。この町では、魔族の疑いがあると王国騎士から連行される。そこで尋問され、魔族でない事が証明されれば無実になると聞いたのだが、生憎そんな目に遭った人間をアルラ含む街の住人は見たことがない。
つまり、一度でも目を付けられれば終わり。待ち受けるのは知り合いだと思っていた住人からの手のひらを返したかのような石の礫と、『疑わしきは罰せよ』とばかりに下される死刑の執行のみだろう。
どう足掻いても、完全な終わり。アルラの人生は、ここで終わりなのだ。
「ハ、ハ、ハ…」
力ない笑いが、口から洩れる。心残りは特にない。ただあるとすれば、それは――――
「…コルト」
あの子供が、彼の事が頭から離れない。彼の無邪気な顔が、アルラの胸を苦しめた。
「もう少し、少しだけ、アイツの笑った顔が見たかったな…」
だがそれも、もう叶わぬ望みだ。
「時間だ。これより魔族に対する裁きを開始する」
アルラの両手側から王国騎士が現れ、十字架に括り付けた縄の強度を確認する。そして異常がない事を確認すると、大仰な手振りで集まった住民に呼びかけた。
「皆! ここに居る女は、今まで貴様らに人間のフリをして接してきた、憎き魔族だ! 魔族を許してなどおけるものか! 今こそ裁きの鉄槌を!」
王国騎士の言葉に、その場に居た住民が「おおおおお!」と威勢のいい返事をし、拳を振り上げる。その拳を振り上げたメンバーの中に自分の店の常連客を何人も見つけ、アルラは胸が締め付けられるような思いがした。
「「「今こそ魔族に鉄槌を!」」」
住民のエールと共に、王国騎士の一人が手に持っていた松明を掲げる。あれを足に点け、足元から燃やしていく処刑方法だという事を、この町に生きて来たアルラはよく知っている。
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