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魔女狩り編②

 近くにある宿屋に入り、部屋を取る。宿屋の主人は不気味な青年の姿を見て怯えた表情をしたが、「釣りは要らん」と言って放り投げた銀貨を見ると目の色を変えた。


「しっかし、疲れたな」


 部屋に着くなり、青年は腰のベルトから武器を放りベッドに寝転がった。ベッドの上に血の付いた刀や工具類が並ぶ。その中の一つ・・・刃の欠けた短剣を手で弄びながら青年は息を吐いた。


「よく生きてられた物だな、本当に」


 その時、グーと腹が鳴る音がした。ここしばらく何も食べていないから、減るのは当然だ。それでも今はこの疲れを解消する方が先だ。青年は目を閉じた。



 朝。眩しい光に包まれて、青年は目を覚ました。


「うおっ。そう言えばカーテン閉め忘れてたっけ・・・」


 右腕で顔を覆いながら、体を起こす。すると左腕に激痛が走った。脳の一部がスパークし、痛みを伝えてくる。あるはずもない左腕からの痛み。幻肢痛だ。


「またか?」


 幻肢痛を始めとして、他の傷口も痛みを訴えてくる。青年は舌打ちしながらコートを脱ぐと、体に巻いた包帯の様子を確認し始めた。


「チッ、血が滲んでやがる」


 別に血が滲んでいても戦闘に問題はないが、衛生上良くない。青年は古い包帯を取ると、コートのポケットから新しい包帯を取り出し、口と手で器用に巻き付ける。


「痛ェな。どこかに傷を一発で回復させる薬とかない物かね」


 包帯を体に巻き付け終えると、ベッドの上に放置しておいた道具を一つ一つ確認する作業に入る。武器として使えない物は捨て、使える物だけをベルトに収納する。荷物は少ない方が良い。


「さて、と。行きますか」


 使えない武器を捨て終えると、青年は宿屋から出た。向かう先は昨日の広場ーーーではなく、雑貨店だ。


「いらっしゃい」


 店主の言葉を背に、青年は道具を選別し始める。


「やっぱり、ゴルフクラブや金属バットみたいな娯楽目的の道具はねえか。お、でも洗剤があるのか。予想通り衛生観念はしっかりしてるらしいな」


 青年がこの街にーーーと言うよりこの世界に来てから気が付いた事の一つに、『綺麗すぎる』と言う物がある。


 史実上の中世ヨーロッパと言えば、汚物を窓から投げているような世界である。汚物を避けるために生まれたのがハイヒールだという説すらあるくらいだ。


 故に、中世風の街並みを見て青年はまず、汚らしい光景を想像した。しかし街は青年の想像を遥かに超えて綺麗だった。


「どうやらチート持ちの奴らが衛生面だけは上げてくれたみたいだな。そればかりは感謝しないと」


 言いながら金槌やノコギリなどの工具を買い込んでいた青年は、ある物に目を止めニヤリと笑った。


「こんな物まであるのかよ。チート持ち様々だな」



 青年が優雅に買い物を楽しんでいた頃。


 広場には、少女の最期を見ようと多くの人間が集まりつつあった。皆、少女に対する敵意で満ち溢れている。あと二十分もすれば、少女の処刑は始まってしまう。


「・・・・・・」


 少女は、そんな民衆を何も言わず眺めていた。死への恐怖と言った物は特にない。ただ、あのどこまでも不快な男がどうなったのかが気になっていた。


 もし、あの青年が自分の処刑前に再び現れ、救いだしたなら。自分は彼に付いていくだろうか。それとも、意味がないと認識して自分から死にに行くだろうか。


 多分後者だろう。一晩経った今でも、あの青年の嫌な笑いが耳にこびりついている。恐らく、いや間違いなく少女はあの青年が嫌いだろう。彼の笑いは少女の嫌悪感を限界まで引き出す力があるのかもしれない。


「・・・気持ち悪い」


 彼の笑い声を思い出してしまい、吐き気を催してきた。



「はい、これで縫合完了だよ。お疲れさま」


「ありがとな」


 中年女性が糸を抜くと同時、青年は左腕をグルリと回す。つい昨日まで肘から先がなかった左腕は、彼女の縫合によってすっかり元の形を取り戻していた。


「それにしても、凄いな。完全に元通りだよ。凄いなアンタ」


「喜んでもらえて何よりだよ。ああ、でも気を付けなよ。ほぼ完全に縫合はしたけど、それでも普通の腕に比べて外れやすいからね。無茶し過ぎるんじゃないよ」


 それと、と中年女性は付けたす。


「骨や筋肉がくっつくのは後三日くらい掛かると思うから、それまではなるべく安静にね。もし戦うとしても右腕でね」


「三日で済むのか? 普通ならもう少し掛かると思うんだが」


 青年が聞くと、中年女性はニカッと笑った。


「そこはほら、腕の見せ所さ」


「そうかい。何にせよありがとうな。アンタが居なけりゃ俺は一生隻腕だったかもしれねえ」


 青年は言いながら、カウンターに銀貨十枚を置く。


「ちょっと。お代は銀貨七枚だよ」


「腕を治してもらった礼だよ。心付けだと思って受け取ってくれ」


「駄目だね。金額ちょうどしか受け取らないよ」


 その返事に、青年は中年女性を睨む。負けじと中年女性も睨み返す。


 程なくして、折れたのは青年だった。


「分かったよ。金額分だけ払う」


 銀貨三枚を懐に戻すと、踵を返した。そんな彼の背中に中年女性が声を掛ける。


「達者でね、小さな英雄」


「俺は小さくねえよ。これでも身長170センチは優に超えてる」


 そう憎まれ口を叩くと、青年は店を出た。



「ではこれより、悪しき魔族の処刑を開始する!」


 新婦の言葉を、少女は静かに聞いていた。


 結局、あの青年は現れなかった。おかげで清々しく処刑されることが出来る。あの青年が居たら不快感で発狂するであろう自信があった。


(・・・それにしても)


 少女は眼下に立ち尽くす人々を見る。皆、これから始まる少女の処刑を楽しみに待ち望んでいる。そんなに自分は悪い事をしただろうか。ただ生きたかった、それだけだというのに。


(・・・まあ、いっか)


 少女は静かに、されども強く諦めを抱いた。誰かを恨んでも仕方ない。たまたま世界が自分に優しくなかっただけの事だ。憎むとか憎まないとか、そう言った負の感情はほとんどなかった。


「それでは、これより処刑を開始する! 皆の衆、この者が処刑される様をーーー」


 そう言った神官の口から、ドロリとした物が漏れた。直後、神官が喉を抑えて膝を突く。


「な、何だ⁉」


 近くに居た男が驚きの声を上げる。しかし次の瞬間、激しく嘔吐しながら地面に倒れ伏した。陸に吊り上げられた魚の如く激しくバタバタと暴れるも、数秒後には白目を剥いたまま動かなくなる。


「・・・何これ」


 被害はたちどころに広がっていく。気が付くと、広場に居た多くの人間が口や喉を抑え膝を突いていた。その大半が、胃の中の物を吐き出している。その図はまさに阿鼻叫喚だ。


「俺は無関係の人間に迷惑を掛けない主義だがよーーー」


 そんな中、一人の青年が姿を現した。その姿を見て少女は瞠目する。間違えるはずもない、例の不快感極まりない青年だ。周りがバタバタと倒れていく中で、一人平然としている。


「コイツ助けるなんて言ったら敵になりかねないから、別にいいよな。未然に防ぐことは大切だ」


 青年はそこまで言うと、足元に転がる人間を見た。


「クク、駄目だぜチート持ち共。いくら衛生状態が良い物を望んでるからと言って、塩素系漂白剤なんて持ちこんじゃ駄目だろ。どこかのわるーいお兄さんが悪用しちまうかもしれねえだろ?」


 青年は笑うと、磔にされた少女の方を向いた。


「よう。調子はどうだ?」


「・・・何をしたの?」


 少女の質問に、青年は口元を歪めた。


「別に大した事はしてないぞ? ただ塩素ガスを発生させただけだ」


 青年はそう言って、後方を指さす。少女が指さされた方向を見ると、そこには中くらいの大きさの木箱が複数転がっていた。あれが塩素ガスとか言う物の元らしい。


「本当は室内で使おうかと思ってた戦法だが、風さえなければ屋外でも使えるんだな。いい実験になったよ」


 青年はそこまで言うと、十字架に超接近して少女の瞳を見据えた。


「で、旅に付いていく話は考えてくれたか?」


「・・・私は」


 返答をしようとしたその時、遠くからガシャガシャと金属が擦れ合うような音が聞こえてきた。音のする方を見てみると、この街の憲兵隊が数人こちらに走って来ていた。


「貴様、そこで何をしている!」


「あらら、もう見つかっちまったか。どうした物かね。なあ、どうすればいいと思う?」


 青年はおどけたように肩をすくめながら少女に聞いてくる。そんな彼の口からドロリ、と液体が漏れた。それは恐らく唾液。地面に倒れている者達と同じと見て間違いない。


「・・・それって」


「ん? ああ、そろそろ時間切れか。もう少し持つかと思ったんだがな、ゲホッ!」


 どうやら例のガスとやらは、発動主である青年にも容赦なく牙を剥くらしい。青年は口内の粘ついた液体を吐き出すと、腰のベルトからノコギリと煙玉を取り出した。


「さて、どうするか決まったか? ・・・ってこの短時間で決まる訳ねえよな。とりあえず連れていく事にするか」


 青年は言うが早いか、煙玉を足元に投げつけた。濛々と煙が立ち込め、一寸先も見えなくなる。同時、少女は自分の左手を拘束していた縄が切れた事に気が付いた。


「流石に十字架を切断する度胸はないからな。縄だけ切らせてもらう事にするよ。ゲホッ!」


 言いながらも青年はノコギリを振るったのか、少女を拘束する縄が次々と切断されていく。やがて両手両足を縛る縄が全て切れると、支えを失った少女は前のめりに倒れた。


 しかし、地面に落下する寸前で抱き留められる。恐らく青年だ。あまりの急展開に思考が付いていけない少女の耳に、青年の残念そうな声が聞こえてきた。


「本当は一戦やり合いたいけどなぁ。今戦ったら左腕復活させなきゃいけないし、何よりこのままだと塩素ガスで自分ごと死ぬからな。やりたくないけど戦略的撤退をするか」


 青年が走りだした。少女は降りようともがくが、ただでさえ細いのに加えて数日飲まず食わずで縛られっぱなしだった四肢に男性の力を振り払うだけの力が出るはずもなく、これと言った抵抗も出来ないまま青年に運ばれ続けた。




 街から出て少しした所にある森まで着くと、青年は少女を下ろした。彼の額にはびっしりと汗が浮かんでいる。


「ゲホッ! それにしても、呼吸器官がやられてる時に有酸素運動をするのって滅茶苦茶キツいんだな。身を以てよく知ったよ」


 未だにガスの影響が続くのか、ゲホげホと咳き込む青年。そんな青年に、少女は数歩近づいた。


「・・・ねえ」


「どうした?」


「・・・どうして、私の事を助けたの?」


 少女の質問に、青年はキョトンとした顔をした。少女の言葉が理解できないというかのようだ。しかし理解できないはこちらの台詞だ。


「・・・私は、処刑されても構わなかった。なのにどうして助けたの?」


 無理に生きたいとは思っていない。と言うか、あの場で死んでもいいとさえ思っていた。それをこうして自分の身も顧みずに助けるなんて、意味不明以外の何物でもない。


「言っただろ? 俺はお前と旅をしてみたいって。お前みたいに覚悟のある奴は大歓迎だ」


 その言葉も意味が分からなかった。少女は自分に覚悟があるとは思っていない。ただ仲間を守ろうと思ったから守った。それだけの事だ。覚悟がある云々言われたって分からない。


「・・・何も私じゃなくてよかったはず。覚悟のある人なんてそこら辺にたくさん居るはずーーー」


「それが意外と居ないんだな、これが」


 少女の言葉に青年が被せてくる。


「居ないんだよ、覚悟のある奴なんてそうそうな」


 青年はそこまで言うと、またニヤリとわらった。しかし今度の笑みはどこか自嘲気味な物だった。


「多くの奴って言うのは、皆自分が大事なのさ。いつも助け合いだの何だのと偽善をのたまっておいて、いざ自分の身に危険が降りかかれば他人を殺してでも生き延びようとする。そんな醜くてどうしようもない、それが人間ーーーもしくはそれに近い生物なのさ」


「・・・醜くて、どうしようもない」


「そうだ。だからこそ、自分の身を擲ってでも何かを成し遂げようとする覚悟のある奴ってのは希少なんだよ。お前はたくさん居るって言ったが、少なくとも俺はそんな人間を両手の指で数えられるほどしか見たことがないね・・・ゲホッ!」


 そこで再び、青年は粘ついた液体を吐き出した。だがすぐさま口元を拭うと少女に笑いかけた。


「安心しろ、俺は死を否定したりしない。むしろ肯定する側の人間だ。死にたくなったらいつでも死んでいいし、何か違うなと思ったらすぐにでも解散して構わない。だから・・・俺と冒険をしてみねえか?」


 そう言った青年の目には、不思議な輝きが浮かんでいた。


 腐り切った目をしながらも、瞳の奥には楽しみの輝きが爛々と光っている。そんな印象だった。


「・・・そんな理由?」


 つい、言葉が口を突いて出る。別に青年の理由が下らないとか、そんな物ではない。ただ本能的に出てしまった疑問符だ。青年は顎に手を当てて考える。


「そうだな。あ、あともう一つ理由があるとすれば・・・」


 そこで彼は少女の顔を見た。


「お前が可愛いからだな。美少女と冒険なんて、ワクワクすると思わねえ?」


 ・・・全身を悪寒が走り抜けた。手が震える。普通、この言葉を言われたら嬉しいのだろうが、会ったばかりの男にそんな事を言われても気持ちが悪いだけだ。


「・・・物凄く気持ち悪い。と言うか死んで。今すぐ私の目の前から消えて」


「それほど酷いか? 悪いな。生憎と自分の欲望に忠実な悪人な者で。自分の事しか考えてないんだよ」


 カラカラと、これまでで一番楽しそうな哄笑を上げると、青年は少女に手を差し出した。


「で、どうする?」






「・・・あんまりいい思い出じゃなかったかも」


 宿屋の屋根に腰かけた少女は、思わず溜め息を吐いた。 


 しかし・・・自分も随分と変わった物だ。


 旅を始めた頃は、冗談抜きで青年の事が嫌いだった。やたらと目立つ黒いコートは返って狙われやすくなるし、彼の無駄に格好を付けているかのような言動、行動の一つ一つに嫌悪感が沸きあがった物だ。一緒の料理を食べる事すら気持ち悪くて、わざわざ自分で彼と違う料理を作るほどだった。隙あらば亡き者にしてやろうかと思うほどの殺意が沸いたのも指の数では足りない。


 それでも気が付いたら彼のそんな行動が愛おしく思えて来てーーー気が付けば好きになっていた。今では彼の一挙手一投足が愛おしい。ずっと一緒に居たいと思うほどだ。


 『これが好き』と言う物はない。全部好きだ。


「・・・寒くなって来た」


 明日は早い。そろそろ寝ないといけないと思い、少女は窓から青年のいる部屋の中に入る。そして彼が眠っている布団の中に潜り込んだ。


「・・・暖かい」


 布団の中は青年の温もりで暖かかった。少女は青年にくっつくようにして、眠りに付いた。




  


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