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魔女狩り編①

現在だったり過去だったり、時系列がグチャグチャですみません。

 雲一つない夜空に、三日月が輝いていた。


 宿屋の屋根に腰かけて、少女はそんな月をぼんやりと眺めていた。既に連れの青年は夢の中だ。起きて居ればもう少しイチャイチャ出来たのだが、眠ってしまってはどうしようもない。


「・・・こういう日は、あれを思い出す」


 首から下げたペンダントを、ギュッと握る。そう、忘れもしないあの日の出来事。


 青年と少女が、出会った日の物語を。



 一人の青年が、街に続く草原を歩いていた。


 顔には色濃い疲弊の後と浮かべ、右手には左腕と思われる物を持っている。体の至る所に返り血を浴び、元々白かったはずのコートは魔物の血で真っ黒に染まっていた。


 戦いとは縁のない人間が見れば、大量殺人鬼か何かと勘違いするだろう。それだけの威圧感を放っている自覚はあった。


 程なくして、青年は街に辿り着いた。いかにも中世と言った街並みだ。青年はフラフラとおぼつかない足取りをしながら、目的の店を探す。


「・・・あそこか」


 やや掠れた声が喉から出る。扉を開け、青年は中に入った。


「はい、いらっしゃい。・・・って凄い格好をしてるねお客さん」


 青年が店に入るなり、恰幅のいい中年女性が少し驚いたような声を上げた。そんな相手の様子を意に介さず、青年は右手に持っていた左腕をカウンターに置く。


 それは青年自身の左腕だった。斬られて数日であるからか、所々腐食が目立つもののまだ完全には腐り切ってはいない。


「人類最強の縫合師の店って言うのは、ここであってますか?」


 青年が中年女性を見る。目つきが悪いせいで睨んでいるようにも見えた。


「世間じゃそう呼ばれてるみたいだね。ま、アタシにゃ自覚はないけどね。ただちょっと裁縫の腕がいいだけなのに、気が付いたら周りが勝手に人類最強だの何だのと。困った物だよ。ああ、あと敬語は止めてくれ。昔から敬語だけは苦手でね。どうにも虫唾が走るんだよ」


 中年女性は、そう言うと溜め息を吐いた。どうやら彼女が人類最強の裁縫師で間違いないらしい。青年は懐から金貨を数枚出すと、左腕の隣に並べた。


「この腕を治してくれ。金なら払う」


「あいよ」


 中年女性は短く答えると、左腕を手に取った。持ち上げてみたり捻ってみたりして、様々な角度から左腕を観察し始める。


「治りそうか?」


「どうだろうね。チェックするからそこの椅子に座って少し待ってておくれ」


 言われた通り、青年は椅子に腰かける。中年女性は虫眼鏡で左腕の検分を行いながら声を掛けてくる。


「それにしても、見れば見るほど凄い腕だね。一体どれだけの戦いを繰り広げればこうなったんだか・・・ひょっとして、『魔族戦争』に参加してた人かい?」


「よく分かったな」


 まさか腕を見ただけで見抜かれるとは思わなかった。流石はその手のプロだな、と青年は素直に感嘆する。


「長年の経験さ。そんな事より、他の傷は大丈夫なのかい?」


「応急処置はした。後は充分な休息を取れば治るレベルだ」


 青年はそこまで言うと、椅子の背もたれに体を預けた。やはりまだ疲れが溜まっている。最低でも三日は休息が欲しい所だ。道中ではいつ襲われるか、と言う不安からろくに休めなかった。


「それにしても、『魔族戦争』は凄かったねえ・・・ってこれは駄目かも」


「どうした?」


 中年女性の言葉に、青年は背もたれから体を起こす。中年女性は虫眼鏡から顔を離して首を振った。


「中が腐りかかってる。これだと防腐処理をしないといけないね。それだったら少し高くなるけど義肢の方がいいと思うよ。人間の手と違って壊れにくいし、魔力を流し込めば色んな事が出来るしーーー」


「いや、その腕で頼む。どうせ魔法は使えないしな」


 どうしても人間の腕でなければならないと言う事はないが、やはり使い慣れた体の方が信頼がおける。


「そうかい。なら一日待っておくれ。腐った部分を治して防腐処理を行っておくから。料金は明日一括で請求するから今日の所はいいよ」


「分かった」


 青年は椅子から立ち上がると、店を出た。道行く通行人が彼の姿を見てギョッとする。


「さて、この後どうしようか」


 ひとまず街でも見て回ろうかと、青年は歩き出した。すると街の中央と思わしき場所に、何やら人がたかっているのが見えた。漂う雰囲気からして、和やかな物でない事はよく分かる。


「何かあったのかね」


 青年が人だかりの近くに行くと、人々は彼の姿を見るなり左右にサッと別れた。おかげで人混みを押しのける事なく最前列に行く事が出来たと思いながら青年は正面を見る。


 そこにあったのは、十字架に張り付けられた銀髪の少女だった。身長から見るに、歳は14~5と言った所か。瞳には生気が宿っておらず、白い手足には細かい傷が浮かんでいる。


「・・・綺麗だな」 


 思わず、青年は呟いていた。多少怪我をしているとはいえ、それを差し引いても少女は充分に美しかった。


 その時、人混みの中から神官と思わしき男が出てきたかと思うと、民衆に向けて声を張り上げた。


「皆の衆! この女は魔族であるにも関わらず、ここまで人間のフリをしてきた悪しき者だ! よって、明日の昼にこの女を処刑する!」


 神官の言葉に、人々は強く喜びの声を上げた。それを見ていた青年は呆れたように呟く。


「街並みが中世かと思ったら、考え方まで中世の魔女狩りかよ。ええ・・・」


「無論、『異端審問』には掛けてあるから人間であるという事はあり得ない!」


 青年が呆れていると、神官がつけ足すように声を張り上げた。その言葉に違和感を覚えた青年は、近くで喜びの声を上げている若者に声を掛ける。


「なあ、『異端審問』ってなんだ?」


「あ? 知らないのかよ」


 若者は馬鹿にしたように笑った後、解説してくれる。


「『異端審問』って言うのは、教会が行っている人間とそれ以外を分ける検査の事だよ。十種類の検査方法を用いて、人間かそれ以外かを分けるんだ。間違って人間を処刑したら大変だからな。教会だって必死で調べるのさ。もちろん、俺達市民にもその結果と調査方法は公開されている。そこに貼ってあるから見ておくといいんじゃないか?」


「ふうん」


 前言撤回。どうやら中世ヨーロッパよりは賢かったらしい。少なくとも問答無用の魔女狩りよりはマシだったようだ。


 こうして公に殺す方法だって、『魔族戦争』によって魔族に蹂躙されかかった背景を考えると容認できる物だ。


「あれ? 実はこの処刑方法って超有能じゃね?」

 

 『正義』の名の下に処刑するというのは腹立たしいが、合理的に考えてみれば素晴らしいことこの上ない処刑の仕方だ。


 青年がそうやって処刑方法について考えている間に市民達の熱狂は冷め、一人、また一人と去っていた。残されたのは処刑云々について考えていた青年と、仲間と雑談していた数人だけだ。


「中世のくせに、なかなかやるじゃねえか」


 この処刑について倫理的、哲学的、合理的な観点で思考を終えた青年は、感嘆の息を吐いた。まさかここまで考えさせられる物だとは思ってもいなかった。


「あんなか弱い少女まで処刑してしまうなんて、残酷なことをするのですね」


 ふと隣から声が聞こえてくる。チラリと横目で見ると、そこには少女には劣るがそこそこ可愛いのではないかと思われる少女が居た。漂う気品の良さからして、どこかの国の王女のようだ。


「まあ仕方ないよね。人類を脅かす魔族は死んで当然だ」


 王女らしき少女の言葉に、その近くに立っていたいかにも好青年と言った感じの男が答えた。


「魔族は人類を脅かす、危険な存在だ。僕は勇者として、魔族を皆殺しにして人類を救ってみせるよ」


 どうやら彼は勇者のようだ。彼の言葉に、王女(?)は目を輝かせている。これ以上見ていると勇者の善人ぶりに吐き気がしてくるので、青年は磔になった少女に意識を向ける事にした。少女は先程からピクリとも動かない。死んでいるかのようだ。


「おい、そこのお前。生きてるか?」


 勇者たちを含め、人が居なくなったタイミングを見計らって青年は声を掛けた。少女はしばらくの間無反応だったが、青年が五回目に声を掛けると、僅かに顔を起こした。


「・・・何?」


「おお、やっと返事をしてくれた。てっきり死んでる物と思ったぜ」


「・・・何の用?」


 聞き返す少女に、青年は問いかける。


「お前、何をやって捕まったんだ? お前みたいな護衛を付けていそうなか弱い乙女が、そう簡単に捕まるとは思えない。話してくれよ、何で捕まったのか」


 魔族は確かに弱肉強食だ。仲間意識なんてほとんどないに等しいし、腹が減れば同種を食う種族だって存在する始末だ。


 それでも、種族の中にも掟がある。例えばゴブリンは仲間意識こそなくても獲物を刈る時だけは協力する掟があるし、ドワーフだって交代で見張りを立てているように。


 いざとなれば平然と同種を切るが、掟を破らない限りは簡単に仲間を切らない。こうして少女が単体で捕まっていると言う事は、掟を破って追い出された可能性が高い。


 魔族の掟や習性と言った物は、魔物を刈る上で重要だ。『魔族戦争』の時だってそれを知らなかったせいで死に掛けた。


「教えてくれよ。お前の種族は何だ? どうやって群れを追い出され、人間に捕まった?」


 青年の質問に、少女はしばらく無言だった。やがて口を開く。


「・・・どうして、そんな事を答えなくちゃいけないの?」


「どうせ明日死ぬんだろ? ならいいじゃねえか。ぶちまけてみろよ、お前の全部を」


 青年はそう言って、少女の心の扉を乱暴にノックする。


「・・・分かった」


 少女は諦めたように息を吐くと、話し始めた。


「・・・私の種族は不明。私にも分からない。気が付いた時には亜人と一緒に居た」


「亜人って言うと、狼男とか竜人とかそんな類の奴らの事か?」


 青年の質問に、少女は頷き「・・・竜人は居なかったけど」と小声で付けたした。


「・・・最初は良かった。皆私の事を受け入れてくれた。変身できなくても、何の種族か分からなくても私の事を受け入れてくれた。でもそこにーーー」


「人間がやって来た、って所か」


 少女の言葉を引き継いで青年は言った。大体想像が付く。


「・・・そう。アイツらは皆の毛皮や皮膚、肉を欲しがった。私達は必死で戦ったけど、数の差が酷かった」


 亜人の毛や皮は、希少故に価値が高い。それ故に亜人狩りは頻繁に行われるそうだ。無論、相手は魔族なので絶滅危惧種やレッドリストなどと言ったものは存在しない。


「合法的な密漁だな、俺もやろうかな。それで?」


「・・・仲間を逃がして、私は当時強かった二人と力を合わせて戦った。でも人間はどんどんやって来て、ついに負けた」


「その二人は?」


「・・・私が残った力を集めて空間転移の魔法を発動させて、逃がした。私も逃げたかったけど時間がなくて、捕まった。その後は色んな検査をされた後、すぐにここに運ばれた。皆私の魔力を恐れて、近づいてくることもしなかったからよく覚えてる。・・・これでいい?」


 そこまで言った少女は、青年を見る。すると青年は体を小刻みに振るわせていた。


「・・・どうしたの?」


「いや、何と言うか・・・」


 青年の声は震えていた。体の震えが止まらない。


 少女の境遇に嘆いているのか。---いや、違う。


「ク、クハハハハハハハ!」


 突然、高らかに青年は笑った。ガバッ! と音がしそうなほど顔を強く上げ、少女を楽しそうに見る。


「お前、サイコーだな。仲間守るために多勢に無勢で戦って、しかも仲間逃がすために力使った? ハハ、ハハハハハッ! いい覚悟だな!」


 通りに居た人たちが、何事かと青年を見てくる。そんな視線も気に留めず、青年は笑い続けた。


「いいねぇ。お前サイコーだよ。それだけの覚悟を持ってる美少女はほとんど見たことがねぇな」


 青年は、少女の無機質な目を真っ直ぐに見つめた。


「どうだ、俺の旅に付いてこねぇか? 俺はお前みたいな奴と旅をしてみたい。きっと楽しいぜ」


「・・・別にいい」


 少女は即答する。しかし先ほどの態度とは打って変わって、青年は楽しそうに話を進める。


「命捨てるんだろ? だったらその命を俺が拾ってやる。だからついて来いよ」


「・・・いいって言ってるでしょ。気持ち悪い」


 少女の目に嫌悪感が宿る。それを見ても青年は軽く笑うだけで、嫌な顔一つしない。


「そうかよ。なら明日もう一度ここに来る。それまでに考えておけよ」


 少女の言葉を聞かず、青年は一方的に言うだけ言うと踵を返した。


「とりあえず、宿を探すか」 


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