金融編③
村に入った青年と少女を迎えたのは、笑顔の村人たちだった。彼らは踊りながら青年達に近づくと、今夜宴会があるから参加していかないかと誘ってくる。
「酒も女もありますよ! さあ、お二人もどうですか?」
「女か。よさそうだな。遊んで行っていいか?」
「・・・駄目」
嗜虐的な笑みを浮かべた青年の腕に少女がしがみつく。青年は振りほどこうとしたが、あまりにも少女がしっかりとくっついているために女遊びを諦めた。
「でも俺、酒は飲めないからな。あの味がなんか嫌なんだよ。せっかく祭りがあるけど諦めるか」
そう言った瞬間、村人達の顔が強張った。まるで青年が祭りに出ないと都合が悪いかのような顔ぶれだ。青年はそれを見た瞬間、大体の事情を察する。
「ああ、そう言うことか」
「・・・どうする?」
青年が理解したことを察したのか、少女は青年に問い掛けた。青年はそれに対して僅かに思考する。
「少し遊んでいくか。食糧も補充しておきたいし」
村人達の顔が明るくなっていくのが分かる。二人が村の中心に向かって歩き出すと、皆救われたような笑顔で青年達を歓迎してくれた。
「そ、そうですか。ささ、こちらへどうぞ」
「おう、ありがとな」
青年は笑うと、少女を引き連れて祭りの中心に向かった。
強盗に成功した議長たちはそのまま村には戻らずに、街の中にある宿屋の一室に集合していた。このまま村に戻っても良かったのだが、『黒百鬼の死神』が居る以上下手に戻るのは危険だ。最悪、手に入れた金を全て奪われてしまうかもしれない。
「引き留めておかなければよかったな・・・」
議長は毒づくが、すぐにそれは違うと思いなおす。村に奴を引き留めておかなければ、もっと酷い事になっていただろう。これでも最善の手を打ったはずだ。
「議長、何やってるんですか? 速く報酬を分けましょうよ!」
村人が能天気に声を掛けてくる。議長は「ああ」と返事をすると、ひとまず村人の輪の中に戻った。
「さて、手に入った白金貨600枚の配分だが、これは均等でいいか?」
この犯行に関わったのは全部で12人。よって一人辺り白金貨50枚相当と言う事になる。これだけでも充分な稼ぎになるはずだ。
「皆、これで不満はないか?」
議長が聞くと、村人の中で一人の男が手を上げた。先陣を切ってシュナイダーを棍棒で殴った男だ。
「待ってくれ、議長。俺はあの店長を棍棒で殴った。もしも店長が報復するとしたら、俺が一番の被害を受けるのは目に見えてる」
「ふむ、確かにな」
無論、正体が判明すればここに居る全員ただでは済まないだろうが、首謀者である議長と直接シュナイダーを殴った彼への罪はより重い物となるだろう。
「だったらさ、その分の金を上乗せしてくれよ。俺一人が報復のリスクを恐れるなんて割に合わねえよ」
「それはーーー」
議長が言いかけた時、隣に座っていた副議長が唐突に立ち上がった。
「何を言いだすかと思えば、ふざけてるのか? ここに居る全員、正体がばれればただでは済まないリスクを負ってるんだぞ。それが少し重くなったくらいで何だって言うんだ」
「それでもよ・・・今でも頭の中をチラつくんだよ。頭から血を流して床に倒れるアイツの姿が。弱いや奴から金を毟り取る極悪人で、死んで当然って思ってたはずなのにどうしてだろうな・・・」
男が辛そうな顔をして胸を抑える。議長は彼が元々心優しい性格であると言う事を知っていた。金の為とはいえ人を殴って怪我をさせてしまった事に罪悪感を感じるのだろう。
しかし胸を痛める議長とは対照に、副議長は立ち上がると男に近づき胸倉を掴み上げていた。そしてドスの聞いた声で告げる。
「何調子のいい事言ってるんだよ。お前、どうせそうやって皆の同情を誘って少しでも貰える金額を高くしようとしてるんだろ。ふざけやがって。おい、お前らもそう思うだろ?」
副議長の問いかけに初めは動揺していた村人たちだったが、やがて口々にそうだそうだと言い始める。副議長はその声を聞いて満足気に頷くと、男の胸倉から手を離し棍棒を振り上げた。
「組織の輪を乱す奴にはお仕置きをしてやらなくちゃな・・・」
言うが早いか、手に持っていた棍棒を振り下ろす。棍棒が男の頭蓋に当たって男が床に倒れると、続けざまに棍棒を振り下ろした。初めの内は抵抗しようとしていた男だが、副議長が二撃、三撃と振り下ろす内に抵抗は弱々しくなっていき、やがて全く抵抗しなくなってしまう。
「お、おい・・・」
まさかと思い声を掛ける議長を無視して副議長は男に近づく。そして首筋に手を当てて脈を計ると、ほんの一瞬だけニヤリと笑った。
「死んでますね。いやあ、残念だなあ」
「お、お前、何を・・・」
「死者に金は必要ありませんよね。議長、コイツの白金貨50枚どうしますか?」
口元に微かに笑いを浮かべて聞く副議長に、議長は背筋が寒くなるのを感じた。慌てて視線を彷徨わせて周りに助けを求めるも、他の村人は何も言わない。
----人が死んだというのに、どうして?
「議長? 聞いてますか議長」
気が付くと、副議長の顔が目の前にあった。「ウワッ!」とつい叫び声を上げて後ずさってしまう。
「もう、何やってるんですか。で、分け前はどうします?」
「いや、今それどころではーーーー」
言いかけて議長は気が付く。どうしてこんな事になってしまったのか。
金だ。莫大な金こそが、温厚だった彼らの心を変えてしまったのだ。
白金貨が1枚あれば、大抵の贅沢は出来る。場所にもよるが、少なくともこの国の中なら白金貨20枚でもあれば一生遊んで暮らせるだろう。そのくらいの価値を持ち合わせているのだ。
金さえあれば、ある程度の事は思いのままだ。だからこそ人は金を欲する。
そして金への欲望は時として、人を狂わせる。
「そ、そうだな。じゃあひとまず彼の分の50枚の白金貨を11人で割って、一人4枚ずつにして・・・」
「あれ? でもそれだと6枚余りますよね? それはどうするんですか?」
金への欲に溺れた副議長が棍棒を振りかぶる。その目には今まで見せていた優しさや仲間への思いやりと言った物は微塵も感じられなかった。目先の金にとらわれてしまったのか。
あるいは、最初からこうだったのか。
「ああそっか、議長を殺せばピッタリ一人5枚ずつになりますねーーー」
その言葉に恐怖を覚え、弾かれたように立ち上がる。それが功を奏したのか、棍棒は議長の頬を掠めるにとどまった。
「うわあああ!」
議長は背を向けると、無我夢中で逃げ出す。前も後ろも関係ない。
ただ、金に狂った殺人鬼から離れたい一心で駆けだしていた。
村で一通りの物資を集め終えた青年は、ジュースらしき飲み物を飲みながら村を歩いていた。
「そう言えばさ、この辺りの酒ってアルコール度数どのくらいなんだ? 度数が低けりゃ飲んでみたいんだがな」
「・・・何それ?」
「アルコールもないのか? いや、度数が計れないだけか。じゃあこの辺りの酒の種類について教えてくれ」
青年が聞くと、「・・・あまり詳しくはないけど」と前置きをした上で少女は答えた。
「・・・この辺りのお酒は『アクア・ヴィテ』って呼ばれてる。どこかの錬金術師が発見したらしい」
「おい、それって蒸留酒じゃねえか。中世の知識が何でここにあるんだよ」
確か『アクア・ヴィテ』はラテン語で『生命の水』と言う意味だったかと青年は呆れたように呟く。
「・・・知ってるの?」
「雑学で知ってる程度だよ。そんな事よりーーーーそろそろか」
祭りが中盤に差し掛かり、チラホラと踊り始める村人たちが出てきたのを見て、青年は少女を見る。以心伝心と言うべきか、少女はそれだけで青年の言いたいことを理解した。近くの壁に手を突き、呪文を唱える。
「・・・【ファイアパニック】」
瞬間、彼女が手を突いていた場所が燃え上がった。燃え上がった火は止まる事を知らず、隣の家にまで燃え上がっていく。
「おい、家が燃えてるぞ!」
「大変だ! すぐに消さないと!」
踊っていた村人たちが血相を変えて水を用意する中、青年達は悠々と村から離れることに成功する。歩きながら少女は青年に問いかけた。
「・・・これでいいの?」
「ああ、ちょっとした嫌がらせにはちょうどいいな」
燃え広がった火は多くの家屋を焼き、煙が濛々と空へと流れていった。
村から街へと続く道を、一組の男女が歩いていた。
女は喪服を着ており、夜だと言うのに日傘を差している。男の方は厳つい顔にスーツのような服を着こんでおり、頭部には髪の毛一本生えていない。
そんな二人が無言で歩いていると、前方から大男が歩いてきた。二メートルはあろうかと言う身長に分厚いコートを着ており、顔はピエロの格好をしている。
そして、人間らしきものを肩に担いでいた。
「・・・『女王蜂』か」
先に歩みを止め、声を掛けたのは大男だった。女もそれに対応するように足を止める。
「あら、こんな所で奇遇ね。『嗤う道化師』」
「俺に白金貨200枚払うはずのオッサンが村に逃げたって聞いたからなぁ。ぶちのめそうと思ってよ」
大男は手に持っていた獲物を振って見せる。それは直立状態の議長だった。大男は議長の両足を掴んだ状態で、軽々とぶん回していた。議長は振り回されているというのに身動き一つしない。いや、出来ないのか。
「さっき村に向かってたらコイツが震えてるのが見つかってよ。いい武器になってくれたぜぇ」
「そう。それは良かったわね。行くわよハスラー」
これ以上話す意味はないと感じたのか、女は男ーーーハスラーを連れて先に進もうとする。すると、大男が議長を大きく振った。
「とりあえず、腹いせにあの村を潰す。次に『黒百鬼の死神』、最後にお前だ。覚えておけよぉ」
「貴様・・・」
「やめなさいハスラー。貴方じゃ絶対に勝てないわ」
苛立って一歩踏み出そうとするハスラーを諫め、女は大男を見据えた。
「貴方が私を潰しに来るのを楽しみにしているわ。その時は全力を以て叩き潰して上げる」
「やってみろ」
互いの目が交差し、二人は各々の道を進みだした。
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