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金融編①

「ねえ、見てよアレ」


 中年男性と腕を組んで歩いていた女が、前方を指さす。


「何アレ。ピエロの格好しちゃって。おまけにコートなんか着込んじゃって。マジウケるんですけど」


 中年男性は、女の指さす方向を見る。そしてギョッとした。

 そこまで寒くないはずなのに分厚いコートを着込み、顔にピエロのメイクをした大男が立っている。それだけならまだ、面白芸人だと思えるだろう。

 しかし中年男性は、そんな格好をした人間に一人心当たりがあった。


「おい馬鹿! 指さすのやめろ! 今すぐに目を逸らせ! あの人はヤバすぎる!」


「え? ヤバいって何が? それにアンタ昔ヤバい部隊のトップだったんでしょ? だったらあんな奴くらい、喧嘩売ってきても勝てるでしょ?」


「黙れ! あの人はマジでヤバいーーー」


「よぉ。今俺の話してた?」


 中年男性が女の口を閉じさせようと奮闘していると、横から声を掛けられた。中年男性が振り向くと、そこには大男が立っていた。


「ひっ、ひぃっ・・・」


 上手く声が出せない。大男は中年男性の目を覗き込むと、巨大な手を突き出した。


「テメェの連れの言葉で心が傷ついた。とりあえず有り金全部出せ。そうすれば許してやる」


「は、はい・・・」


 中年男性は手早く懐から財布を出そうとする。しかし、中年男性の腕に掴まっていた女が抗議の声を上げる。


「は? アンタ頭おかしいんじゃないの? ねえちょっと、何でこんなカツアゲ野郎に払おうとしてるのよ!」


「おい、やめろーーー」


「あ?」


 大男は苛立った目で女を見る。そして躊躇いなく腕を伸ばすと、女の顔を掴んだ。グシャ、と本来人体から聞こえてはならないであろう音が聞こえる。


「口の利き方が悪いな、矯正してやる」


 ミシリ、と言う音がしたかと思うと、次の瞬間には大男は片腕で女を持ち上げていた。ギリギリ、と骨が軋む音が女の顔から聞こえてくる。


「ムカついたぞ、女ぁ。テメェはただじゃ済まさねえ」


「ちょっ、ちょっと、離して・・・」


 女の顔を片腕で悠遊と掴み上げたまま、大男は中年男性の方を向く。元不良の族のトップだった中年男性は知っているが、大人の人間を片腕で持ち上げるには並大抵の筋力では足りない。

 それを平然と行っている時点で、実力差は明白と言う物だ。


 いや、実力差とかそう言う問題ではない。コイツに関わってはいけない。それはこの世界の全人類の共通認識だ。女の顔からポタ、ポタと血が垂れ始める。それは鼻血か、はたまた脳が潰れて出た血なのか。女の血が大男の来ていたコートに掛かる。


大男はそれを見ると、中年男性に手を伸ばした。


「テメェの連れが俺に暴言を吐いた上、血まで掛けて来やがった。慰謝料に白金貨50枚、服の弁償代に白金貨60枚、合計200枚払え」


「け、計算合ってない・・・」


 中年男性はたじろいだが、逆らえばただでは済まない。慌てて財布を取り出して大男に差し出すと、その場に土下座した。


「今これだけしかないです! 残りは待って下さい!」


「おう、いいぜ! 一日待ってやる。ただし一日でも遅れたら、テメェの連れもろとも全身ボキボキの刑だ」


 大男は楽しそうに笑うと、女を掴んでいた手を離した。意識を失った女が地面に落ちる。その顔面は『整形したのでは?』と思わず感じてしまうほど醜く変形していた。


「クソッ、白金貨200枚も払えるかよ。一体どうしたら・・・」


 中年男性の年収は、大きくても白金貨80枚。どんなに頑張っても、白金貨200枚など払えた物ではない。


「どうすれば・・・こうなったらあそこに借りるしかないか」

 






「それで、どうですかね?」


 机を挟んで、青年と強面の男が向かい合っていた。


「勘弁してくださいよ。そんな金はありません」


 ソファにドッカリと腰かけた青年は、手を振って断る。その隣では少女が無表情で出された茶菓子を食べていた。

 強面の男は笑顔のままだったが、眉がピクッ、と少し動いたのを青年は見逃さない。


「そこを何とか頼みますよ。白金貨四百枚、融資してくださいよ。もちろん利息はお支払いします。数々の国を回り、事件を解決してきたそちらならそのくらいの持ち合わせはあるでしょう?」


「冗談よしてくださいよ。そんな金持ってる訳がないでしょう。そちらの金融業が大変なのはよく分かりましたが、無い袖は振れませんね」


 現在、彼らが居るのはとある店の室内だ。室内には強面の男以外にも数人の屈強な男たちが立っていて、青年が難を示すたびに険悪な表情になっている。中には腰につりさげられたトンファーに手を伸ばす者まで出て来ていた。


 しかし、誰一人として青年に襲い掛かる者はいない。その原因は、青年の隣でコクコクと茶を飲んでいる少女にあった。

 もしここに居るのが青年だけなら、彼はとっくに襲われて金を奪われていただろう。いくら彼がかの『黒百鬼の死神』だったとしても、多人数で挑めば金は奪えるはず。


 いざとなればこの場で金を奪ってしまおう。男たちはそう考えていた。


 しかし青年の隣の少女が居る場合、話は別だ。彼女からは青年以上の嫌なオーラを感じる。まるでこの場で彼に襲い掛かれば、ただでは済まさないと言うかのように。

 何をされるかは分からない。いや、そもそもこんな小娘一人に何が出来ると言うのだ。そうは思っていても、やはり彼らが躊躇うだけの闘気をその少女は持っていた。


「大体、俺達は旅人です。どこかの国に留まる訳ではない。金融業は俺らに最も向かない仕事なんですよ」


「そこを何とかーーー」


 強面の男が強情に迫っていると、扉が空いて髭面の男が出てきた。


「おい。今新規の客が来たぞ。白金貨二百枚貸せとか抜かしてやがる。行って対応してやれ」


「は、はい、ボス!」


 強面の男はボスと呼ばれた男に一礼すると、部屋の外に出ていった。ボスはソファに座った青年を一瞥すると、青年に聞いた。


「貴方が噂の『黒百鬼の死神』ですか。して、今日は我が店にどのような用件で?」


「なに、この店の近くを通りかかった時にたまたま呼び止められまして。この世界のーーーーこの国の金融業について詳しく聞いていた所なんですよ、シュナイダーさん」


 シュナイダーに対して友好的に笑い掛けながら、青年は答える。しかし、その目は全く笑っていない。獣のような敵意むき出しの双眸がシュナイダーを捉えていた。


「そうですか。それで、貴方はいくらまでなら我が店に融資してくださるので?」


「先程も仰いましたが、あまり手持ちがない物でしてね。融資の話はお断りさせていただきたいと思っていまして」


「そうですか、それは残念ですね。あの『黒百鬼の死神』に融資してもらったと知れば我が店の評判も高まると言うのに」


 シュナイダーは残念そうに言うが、その言葉の端々には棘があった。青年はそれを聞いて立ち上がる。


「申し訳ありませんが、本日はこれで失礼します。もう少ししたらこの国を出なくてはいけない物でして」


「それは大変ですね。ああ、そうだ。少しお待ちください。おい、あれを持ってこい」


 シュナイダーが指を鳴らすと、屈強な男の一人がどこからか一枚の羊皮紙を取り出してシュナイダーに手渡した。彼はそれを青年と少女に見えるように提示する。


「我が店の債務者で、金貨百枚の借金を負っている客が居ます。彼の債権を金貨五十枚で買い取りませんか? 金貨五十枚分得しますよ?」


 しかし、青年はそれに対して首を振った。


「結構です。では失礼。おい行くぞ」


 少女に声を掛け、二人は部屋を出る。残されたシュナイダーは二人が出ていった後、静かに舌打ちした。







「面倒だが出てみたら、やっぱり面倒な話だったな」


 店を出た青年は、大通りに出るなり悪態を吐いた。


「・・・何の話だったの?」


「簡単に言うと『ウチ今金貸しやってるんだけど、金が足りなくなったから金寄越せ』って事。要は品のいいカツアゲだよ」


「・・・行かなければよかったのに」


「そうなんだがな。あの店は『女王蜂』の傘下の店だ。奴と一戦交えるのは楽しいが骨が折れるからな。来るべき時までは穏便に抑えたい。たかが店に顔を出さなかったくらいで仲を悪くしたくねえ」


 青年の言葉に、少女は納得したように頷いた。その時、見知った物を見つけて青年は手に取る。


「リンゴじゃねえか。オッサン、これいくら?」


 銅貨一枚と言う言葉を聞くと、青年は顎に手を当てた。


「成る程・・・て事は、金貨一枚は一万円なのか。ようやく謎が解けた」


「・・・どうしたの?」


「いや、何でもない」


 呟きながら、青年は考える。


 彼の地元では、リンゴ一個は100円だった。そしてこの国では銅貨1枚である事から、計算上では100円=銅貨1枚。


 銀貨は銅貨十枚分に相当するから、銀貨1枚=1000円。

 金貨は銀貨十枚分だから、金貨1枚=10000円。

 白金貨は金貨十枚分だから、白金貨1枚=10万円。


 もちろんこれは計算上の話であり誤差はあるだろうが、前から気になっていた『大体の金銭感覚』はよく分かった。

 今の手持ちが白金貨五枚だから、これでも日本円に直せば50万円分の価値がある訳だ。


「意外と多いんだな」


 となると、あの店は青年に4000万円を請求していた事になる。


「誰が払うかよ。頭おかしいだろ」


 断ってよかった、と青年は思った。


「とりあえず、この近くにあるって言う村でも見に行くか。何か面白い物でもあるだろ」


「・・・了解」






 暗い部屋に、12人の人間が居た。


 部屋には大きな円卓が置かれ、12人は等間隔に座っていた。全員共通の黒いローブを頭から着込み、一目見ただけでは誰が誰だか分からないようになっている。


「それでは、これより本日の定例会議を始める」


 その中の一人ーーー議長が声を上げ、会議が始まった。


「では、本日の議題を」


「はい。金融機関襲撃作戦の最終会議を」


 議長の言葉に、隣のローブ・・・副議長が答える。その言葉が出た瞬間、数人の人間がビクッと肩を震わせたのを議長は見逃さない。


「そうだ。奴らは自分達の方が力があるからと言って、酷い金利で金を貸すクズ共だ。かくいう私も奴らから金を借りたが、たかが金貨を15枚借りただけなのに、一月後には30枚に膨れ上がっていた。冗談じゃない!」


 議長がバン、と円卓を叩く。他の数人も心当たりがあるのかしきりに頷いている。


「あんな奴らは生かしてはおけん。私達で奴らを倒して、奪われた金も! 尊厳も! 全てを取り戻そうじゃないか!」


議長の叫びに、全員が「応!」と力強く答える。しかししわぶき一つ無くなったとき、ローブの一人が恐る恐る手を上げた。


「しかし議長。今町にはあの『黑百鬼の死神』が居ると言う話ですが・・・」


「何!? あの化け物が!」「殺されるぞ、絶対に!」「噂じゃこの前も王国最強と呼ばれる魔法使いを嬲り殺したとか・・・」


 全員に激しい動揺が走る。それはそうだろう、何せ『黑百鬼の死神』と言えば彼らが襲撃しようとしている金融機関の元締めである『女王蜂』と同クラスの怪物だ。まともに戦える相手ではない。


「奴が来ているとはな。それは計画に大きな誤差が生じてしまいそうな予感がするな」


 議長は極めて冷静に言うと、震える右手を左手で押さえた。ここで怯えているのがバレたら議長としての立つ瀬がない。


「奴を抑えるのに何か考えがある者は居るか?」


 議長の呼び掛けにも、ローブ達の反応は薄い。誰もが互いに顔を見合せ、誰かいい意見を言わないものかと待ち望んでいる。


 そんな沈黙が続いた後、一人のローブがおずおずと手を上げた。


「こ、ここは正直に話して協力してもらうと言うのはどうでしょう? 奴だって人間です、儲けの何割かを渡すことを条件に協力を申し出れば、乗ってくれるのではないでしょうか?」


「それしかないか・・・」


 議長は悩むフリをして、彼の意見を肯定する。議長もそれしかないとは思っていた。しかしあの頭の狂った怪物と交渉する以上、責任は極力減らしておきたかった。


 なにせ向こうは何をするか分からない男である。最悪、八つ当たり的に言い出しっぺの人間が処刑される可能性だって充分にあるのだ。


 議長と同じ事を思っているのか、他の人間も「それがいいな」「素晴らしい!」と発言した人間を褒め称えた。


 誰だって余計な責任は取りたくない。それが命が懸かっていれば尚の事だ。いざとなれば全てを彼に擦り付けるつもりで、議長は結論を出した。


「では、まずは『黑百鬼の死神』に交渉する形で行くとしよう」



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