頭のいかれた国編②
青年たちが案内されたのは、暗い独房でも取り調べ室でもなく王宮の一室だった。
座ってお待ちくださいと言われ、青年と少女は柔らかいソファに腰掛ける。
「・・・どうして、ここに? 私はさっきあの人を殺したはずなのにーーー」
「さあな。まあでも、何かしらの事情があるんだろうよ。さっきのあの騎士が『任意同行』って言ってたのも気になるし」
任意同行。すなわち、同行を拒否する事も出来るわけだ。無言の圧力をかけただけかもしれないが、それならわざわざ『任意同行』と言う必要はない。
「まあ、その辺については話してくれると思うぜ。ーーーほら、来た」
「お呼び立てして申し訳ありません、旅の方」
入ってきたのは、革のズボンに革のジャケットを着た若い男だった。服の使い込み具合から、中流階級だろうと想定出来る。
「案内人のディッグと申します。この度は我が国の国民が貴方方に危害を加えてしまい、大変申し訳ありませんでした」
ディッグは開口一番、深々と頭を下げた。少女はそれにポカンと口を開け、青年はそれに対して興味がなさそうに小型のナイフで爪を研いでいた。
「・・・どういう事?」
「実はあの男は、精神に異常を抱えているのです」
ディッグが言い放った言葉に、青年は興味なさそうに「ふうん」と呟く。
「あの男だけではありません。この国に居る人々のほとんどは、皆何かしら壊れているのです」
「・・・どういう事?」
言葉通りの意味です、とディッグは答え、この国がどうしてこうなったのかを語り始めた。
「この国は、一年前までは至って普通の国でした。ですがある時、とある病気が蔓延しまして・・・この病気に掛かっても、特に体に異変はありません。ですが、『倫理観』のネジのどこかが外れてしまうのです」
「倫理観、ねえ」
倫理観のネジが一本どころか数本外れているのではないかと思われるような青年は、ディッグの言葉にも平然とした声で答えた。
「この病気は瞬く間に国民の大半に浸透し、国民のほとんどが感染しました。あの男のような例は稀ですが、皆心の中では何かしらの倫理観が外れているのです」
「だから無罪ってか?」
青年の言葉に、ディッグは頷いた。
「今回の件は、こちらの失態です。ですからそちらのお嬢さんが彼に行った事は一切罪に問われませんし、少額ですが国家の方で賠償金も払わせていただきます」
「随分と太っ腹なんだな。まあ、こっちとしては助かるが」
青年はナイフをしまうと、ディッグを見た。
「なあ、その病気とやらはどうやって掛かったって分かるんだ? 何にも外傷なんかねえんだろ?」
「もちろん、発症してからすぐには分かりません。ですからその人が事件を起こした時になってようやく、『ああ、この人は病気だったんだな』と言う事が判明します」
成る程な、と青年は呟く。少女はそんな青年の目を見ていた。
「ではこれで。賠償金の準備を致しますので、少々お待ちを」
ディッグが頭を下げて、部屋から去ろうとする。そんな彼を、青年は呼び止めた。
「ああ、そう言えばもう一個聞きたいことがあったんだがいいか?」
「はい、何でしょう?」
振り向いたディッグに、青年は聞く。
「俺達がさっきここに来たとき、何で門番が居なかったんだ? 確かここって『魔族戦争』の際に、この近くまで魔族が攻め込んできたんだろ。だったら、見張りくらい立てておけばいいんじゃねえのか?」
青年の言葉に、ディッグはしばらく考え込むような仕草を取った。
数分後、彼はにこやかな笑顔とともに、返答した。
「旅の方。申し訳ありませんが、『魔族戦争』とは何ですか?」
「は?」
面食らう青年に、ディッグは続ける。
「私はこの国に十年も居ますが、そんな単語は寡聞にした事がありませんね。・・・そもそも、戦争なんて起こったんですか?」
「・・・・・・」
国から賠償金を貰った後、二人は無言で歩き続けた。
「・・・ねえ」
国の外まで出た頃、少女は青年に声を掛けた。青年は、いつもの如く眠そうな目で少女の目を見返した。
「・・・あの国、どうだった?」
少女の問いに、青年はいつもの如く返答した。
「国に関しては言う事はねえな。ただ、国民に関しては言う事が出来る」
「・・・何?」
「ディッグの奴は、『皆心の中では何かしらの倫理観が外れている』って言ってたけどさ」
「・・・うん」
「それって、ただの人間じゃねえか。どいつもこいつも腹の中では何考えてるか分からねえ。それでも上辺を必死で取り繕って日々を生きていく。何もおかしくなんかねえだろ? あの通り魔だって別に不思議じゃない。あれだけの人口だ、犯罪者の一人や二人いても全くおかしくなんかない」
「・・・あ」
少女は何かに気が付いたように、身震いした。
「・・・じゃあ、本当におかしかったのはーーーー」
「何が間違っていて何が正しいか。そんな事は、誰にも分からないんだよ。俺達は何も知らないんだ。ただ、『都合のいい概念』を作って、それを正しい事だと信じて生きてるだけだ。だから『正義』なんて物はこの世界ーーーいや、どこの世界にも存在しない」
少女の問いに具体的な答えは返さず、青年はあえて曖昧に答えた。少女はしばらくの間驚いた顔をしていたが、やがて心配そうな目で青年の目を見る。
「・・・ねえ」
「ん? 何だ?」
「・・・あの人たち、これからもずっと人々の『普通』を病気だと思って生きていくのかな?」
少女の言葉に、青年はあえて少し黙った。
そして、口を開く。
「・・・いいんじゃねえの? 幸せの定義なんて人それぞれだ。絶対に付き合えないと分かっていて女に貢ぐ事で幸せを感じる奴も居るし、ハイリスク・ハイリターンのギャンブルを幸せと感じる奴も居る。アイツらが『悪意』を全部『病気』と言う事にして薄っぺらい性善説を語って幸せならそれでいいだろ」
青年はそこで、はふぅと息を吐いた。
「何も俺たちが引っ掻き回す物じゃない。ま、俺はそんな生き方御免だけど」
最後に自分の意見を混ぜ、青年は呟いた。
「とりあえず、さっき採ったこのイタドリを天ぷらにしようぜ。色々あったから腹が減った」
「・・・フリーダム」
「仕方ないだろ? あの国の民衆の下らない偽善などどうでもいい。俺は腹が減った。これが事実であり現実だ。よって俺は天ぷらを希望する。ああ、ちなみに俺はこの壊れた本の修理をしなくちゃいけないから、お前に天ぷらは任せたわ」
「・・・は?」
「たまには料理当番も交代しようぜ、な?」
言いながらも、青年は道の端に生えているイタドリを手に取っては少女に差し出した。なんかもうこの男に対して一種の鬱陶しさを感じた少女は、青年の口の中にイタドリを突っ込んだ。
「うごっ! 酸っぱ! 酸っぱいよこれ! ってか道に生えてる奴を食うと腹壊すぞ!」
「・・・一回壊せば?」
滅茶苦茶辛辣な表情で言い切った少女は、青年の口の中に連続してイタドリを突っ込む。その度に青年の体がビクンビクン! と面白いように跳ね、やがてフラフラになってしまった。
「俺の仲間が辛辣だ・・・ついに思春期到来かな?」
「・・・殺していい?」
「辛辣だな!」
そんな訳で。
異質な二人組は相変わらずの関係性を保ったまま、次の町に向かうのであった。
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