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コルト編①

『こんな話を、聞いた事があるだろうか。


 今より二年前に起こった人類と魔族の戦争にて唐突にフラッと戦場に現れ、狂ったように笑いながら魔族を単身で皆殺しにした男の事を。


 更にその半年後に国を立て続けに三つ滅ぼし、どの国でも指名手配を受けている男だ。

 その男の本名は不明。彼についての情報も、噂程度にしかない。


 曰く、戦闘狂である。


 曰く、魔法の類を一切使わない。


 曰く、己の持つ物全てを武器として使う。


 他にもいくつかの諸説がある。気になるなら、その辺に居る吟遊詩人にでも聞いてみるといい。色々と教えてくれるだろう。


『百鬼の血を黒々とその身に浴びて笑いながら戦場を駆け巡る男、その姿はまさに死神』


 それが戦場で彼を見た兵士たちの感想だった。

 故に、その男の通称は『黒百鬼こくびゃっき死神しにがみ』。


 最もイカれたその男は、今どこで何をしているのだろうか。その謎は誰にも分からない。

 ただ、最近この付近に彼が出現したという噂がある。住人の皆さん、外出時にはお気を付けて』


「へえ。そんな奴が居るのか」


「ちょっとコルト。たかがミルク一杯でどこまで粘るつもりなんだい」


 カウンターに座って今日の新聞の一面記事を読みながら呟くコルトの頭を、アルラが丸めた新聞紙で叩いた。コルトは頭を押さえ、不満げにアルラを見る。


「いいじゃんかよ。毎朝こうしてアルラ叔母さんの店でミルクを飲みながら今朝の新聞を読むのが僕の日課なんだからさ。ウチ、新聞取ってないからさ」


「だからって何も店で読む事ないだろ。・・・・というか、八歳のガキがなに一人前の男みたいに語ってるんだよ。牛乳配達の手伝いはどうしたんだい?」


「もう終わってるよ。僕、手際いいもん」


 コルトは新聞を両腕一杯に広げて見開きにして、何とか文字を読もうとする。そんなコルトの背伸びした行動を見て、アルラは苦笑する。


「そんなに早く大人になりたいのかい?」


「うん。僕は早く大きくなって、正義の味方になりたいんだ。そして、こういう奴をどんどん捕まえて行くんだ!」


 コルトはそう言って、黒百鬼の死神が載った記事を見せる。アルラはその記事を怪訝そうに見ると、笑い飛ばした。


「ハッ、お前にこんな大物が捕まえられる訳ないだろう? 最大の戦力を誇ってた王国を、単身で滅ぼした化け物だよ?」


「出来るよ! そのために僕、毎日頑張って格闘術の練習してるし、勉強だって一生懸命頑張ってるもん!」


「はいはい。そうかいそうかい」


 アルラが苦笑したその時、店の扉に付けられた鈴がなった。アルラは「いらっしゃい」と声を掛ける。つられてコルトも店の入り口に目を向ける。


 入って来たのは、黒いコートを着て、黒いフードを被った青年だった。服のあちこちに赤い染みのような物が付いている。青年はコルトの隣のカウンター席に座ると、金貨を一枚カウンターテーブルの上に置いた。


「これで何か食い物を売ってくれ。腹減って死にそうなんだ」


「ウチはスナックだよ。おつまみなら出せるけど。何でもいいのかい?」


「出来るだけ腹に溜まる物がいい。好き嫌いはないから、アンタに任せる」


 突然の注文にも嫌な顔一つせず、対応するアルラ。サクサクと手際よく、腹に溜まりそうなおつまみを作り始める。青年はそんなアルラに目もくれず、ただぼうっと虚空を眺めている。どうやら本当に腹が減って死にそうらしい。しかしそんな彼の状態に構わず、コルトが話しかける。


「ねえお兄さん、どこから来たの?」


 瞬間、青年がギロリとコルトを見た。鋭い眼光に射抜かれるが、コルトは意に介さずワクワクした目で青年を見る。やがてコルトが怯まない事に気が付いた青年が静かに口を開いた。


「北の方からだ。場所は良く覚えてないな」


「そうなんだ! そう言えば、格好いいねそのコート!」


 唐突な話題転換に一瞬青年は何を言われたのか理解できないと言った顔をしていたが、すぐにコートに目を落とした。


「このコート、元の色は白だったんだ。それが旅をしている内に、こんなに真っ黒になっちまった」


「そうなの⁉ 凄いね!」


 コルトが好奇心に満ちた視線で青年を見る。青年がそれを見てやや鬱陶しそうな顔をしていると、アルラがおつまみの入った皿を彼の前に置く。


「はいお待ち。悪いね、この馬鹿うるさくて」


「なッ! 馬鹿って何だよアルラおばさん! 将来の正義の味方に向かって!」


「別にいいさ。むしろ俺にはトーク力がないから、こういう奴を見ていると微笑ましい」


 枝豆を口に運びながら、青年が答える。よっぽど腹が減っていたのか、その減り具合は異様に早い。現に、アルラが出した煮物は既に半分近くなくなっている。


「アンタ、仕事は何かしているのかい?」


「自由気ままに世界中を回る、ただの旅人な者でね。旅人、と言えば格好いい言い方だけど、無職と変わらねぇよ」


 枝豆を咀嚼しながら、青年は答える。そして出された水を上手そうに飲み干し、テーブルの上にドンと置く。


「やっぱり、『空腹は最高のスパイス』とはよく言った物だよな。おかげで水一杯でも上手く感じてくる」


「アルラおばさん! 僕もアレ食べたい! あの人がすっごく美味しそうに食べてるのみたら、何か食べたくなっちゃった!」


 青年の食べっぷりを見て影響されたのか、コルトが空になった皿を指差し、アルラに訴えかける。そんなコルトを、アルラは一言でバッサリ切り捨てた。


「いいけど、金は持ってるのかい? 言っておくけどアレを全部買うには金貨一枚が必要だよ」


「うっ、それは――――お願い、まけてよアルラおばさん!」


「出来る訳ないだろそんな事。ホラ、馬鹿言ってないで早く行った行った」


 二人が言い合う様を、青年はジッと眺めていた。どこか荒んだような目つき。殺し屋のような目つきに、アルラは指先が震えるのを感じた。


「仲いいんだな、二人とも。親戚か?」


「まあ、腐れ縁って奴だね。昔コイツの親が忙しかった時に一時期アタシが預かった時期があってさ。それ以降、すっかりコイツとは切っても切れない関係だよ」


「大事なお客さんに向かって腐れ縁って酷いよ、アルラおばさん!」


「そういう事はミルク以外も買うようになってからいいな、馬鹿者」


 互いに憎まれ口を叩き合う二人を、青年はジッと見ながらスープを啜った。その時、入り口の扉が荒々しく開き、甲冑を着た騎士らしき男達が中に入って来た。その中で一人、紋章を付けた騎士が前に進み出て、大きく叫ぶ。


「この店はただいまより、我々王国騎士の貸し切りとする! 客は早急にこの店から立ち去りたまえ! もし拒否すると言うのなら、反逆罪で打ち首とする!」


 その言葉に、店内は騒然となる。


「う、嘘だろ⁉ ドラゴン遠征に行っていたはずじゃ⁉」「まだ半年も経ってないぞ・・・もう倒したのか⁉」「いや、それよりも何でこの店に⁉」


「何だよ、随分騒がしくなったな」


 急ににぎやかになった店内を見回し、青年は鬱陶し気な声を出す。その手はしっかりと箸を動かしており、皿と口とを機械的に移動させている。


「大変だ! 王国騎士だよ!」


 平然としている青年とは対照的に、コルトは焦った様子で叫んだ。やがて、店の中に居た客たちが次々と外に出始める。残ったのはコルト、アルラ、青年の三人と王国騎士たちのみとなった。王国騎士が、呑気に食事を続けている青年に歩み寄る。


「貴様、王国騎士隊長である私の勧告が聞こえなかったのか。ここから立ち去れ。そう言ったはずだ」


 ドスの利いた低い声で、王国騎士隊長が青年に言って来る。しかし、青年は全くと言っていいほど動じない。


「まだ食ってる事くらい見れば分かるだろ。大体、何で立ち去らなくちゃならねえんだよ」


「何…?」


「ちょ、ちょっとお兄さん⁉」


 王国騎士隊長とコルトが、同時に動揺の声を上げる。だが青年は特に気にすることなく、蕎麦を啜り始めた。それを見て、王国騎士の一人が前に進み出る。


「おい貴様、我々王国騎士に向かって無礼だぞ。国家反逆罪で捕まりたくなければ、今すぐにその口を閉じてこの店から出ていけ。今ならまだ許してやる」


「許してやる? オイオイ、随分とまあ上から目線だなぁ」


 クックッと、青年は笑い出す。その偉そうな態度が鼻に付いたのか、先ほど前に出た王国騎士が男に詰め寄った。


「おい貴様、本当に国家反逆罪になりたいか? それとも、ここで実力の差を思い知らせてやろうか?」


 コルトは緊張で一瞬、呼吸が停止した。王国騎士と言えば武術の腕が一流の人間揃いの部隊だ。とても、大した武器も持っていないように見える青年では勝ち目がない。

 誰もがそう思った、その時だった。


「何だ、殺し合いか? いいねぇ、楽しくなりそうだ」


 青年が口を三日月に歪めて、王国騎士を見る。その目に映るは、狂気の色。


 ―――敵を殺して奪い、滅茶苦茶にするかのような瞳が、王国騎士を見上げていた。


「何なら他の奴らもどうだ? 全員まとめて掛かって来いよ。それで、戦場はここでいいのか?」


「わ、我々を愚弄するのもいい加減にしろ!」


 一人の王国騎士が剣を抜き、青年の首元に突き付ける。だが青年は狂ったような笑みを浮かべるだけで、剣を突き付けられているという事実に驚きもしない。その異常な行動を見て感じた恐怖は他の王国騎士にも伝染し、彼らは二、三歩後ずさった。


「な、何なんだお前は⁉」


「ただのさすらいの旅人…じゃなかった、ただの無職だ。空腹で死にそうだったからたまたまこの店に寄った所、お前らみたいな害虫が押しかけて来た訳だ。で? 俺の貴重な食事を邪魔してくれた落とし前、どう付けるつもりだ?」


 鋭い眼光を携えながら、青年が聞く。だがその時、王国騎士隊長が鞘から剣を抜き、青年の首を目がけて剣を一閃した。青年はひょい、と首を引いて剣を避ける。


「そこを退け。二言はない。今すぐに立ち去らないならば、力づくでも排除する」


「あらあら。物騒な事で。だがまあ、今戦っても俺の勝ち目は薄そうだな。一旦引いてやるよ」


 青年はおどけるように肩をすくめると、残った食べ物を全て口の中にまとめて突っ込み店を後にした。コルトが慌てて後を追う。青年が去ると、張り詰めた空気が僅かに弛緩した。


「おい、店主」


 王国騎士隊長が剣を鞘に戻しながら、アルラに聞く。アルラは一瞬ビクッ! としたが、すぐに居住まいを正した。


「は、はい。何でしょう?」


「あの男はよくここに来るのか?」


「い、いえ。今日が初めてでございます」


 アルラが答えると、王国騎士隊長は「そうか…」と言い、顎に手を当てた。


「あの男、かなり危険な匂いがするな。後で調べておこう。店主、あの男が次に来ても追い返すように」


「は、はい」


 アルラの返事に満足したのか、王国騎士隊長はどっかりと腰を下ろすと、注文を始めた。

 コルトはその様子を扉の陰から眺め、ホッと胸を撫で下ろした。




 青年は広場のベンチに座り、サンドイッチを食べていた。コルトはそんな彼の元に、トコトコと歩いていく。


「ねえお兄さん、どうしてあんな事したの?」


「ん? ああ、さっきのガキか。このサンドイッチ、パサパサしててまずいからやるよ」


 青年はコルトに食べ欠けのサンドイッチを渡すと、パンパンと手を叩きながら立ち上がった。


「さてと。腹も膨れた事だし観光でも行くか。町の案内頼めるか?」


「うん、もちろんだよ! …って、そういう問題じゃないよ!」


「何か問題でもあったか?」


 青年はとぼけた顔をする。その顔には、悪びれた表情などまるでない。


「さっきのあれ! 王国騎士の人たちに失礼だよ! ひょっとしたら、その場で殺されてたかもしれないよ!」


「あんな雑魚どもに俺が殺せるかよ。というか王国騎士様は町中で人を斬り殺しても許されるくらい御大層な身分持ってるのか?」


「当たり前だよ! 王国騎士と言えば王家直属の騎士団の事で、物凄く強いんだ! いつもは国の近くに居る大型の魔物を狩って僕達住民の安全を守ってるんだ」


「成る程な。そして大型の魔物を狩り次第、国に戻って贅沢三昧って訳か。たまたま通りかかった店に寄って中の客を追い出し…営業妨害甚だしいな。嫌がらせしたくなってくる」


「でも、あの人たちが居なかったら国は滅びちゃうよ。ここは比較的魔族の国に近いし、大型の魔物も頻繁に出て来る。あの人たちは僕達を魔物から守ってくれる、正義の象徴なんだ」


 コルトが言うと、青年は何がおかしいのかカラカラと笑った。


「正義の象徴様が営業妨害に殺人未遂かよ。その『正義』って言うのは随分とまあ御大層に作られてるんだな。吐き気がする程素晴らしいよ」


「でも、これが僕の国では『正義』なんだ。逆らえば、お兄さんでもただじゃ済まないよ」


 そのまま二人で歩いていると、十字架に磔にされた何かが見えてきた。

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