頭のいかれた国編①
日照りの続いた荒野を、青年と少女が歩いていた。
青年は黒髪に長身で、赤黒い物が所々に付着したコートを着ていた。ベルトには血の付いた工具を挟んでおり、どこからどう見てもまともな人間ではない事を物語っていた。
少女は、透き通るような綺麗な銀髪を携えながらも、その表情筋はピクリとも動いていない。あたかも能面のように、彼女は徹底的な無表情を保っている。
そんないかにも『異質』と呼ばれる二人だが、会話の内容は非常に平凡な物だった。
「お、あちこちにイタドリが生えてるぞ。茎を抜いて天ぷらにしようぜ」
「・・・イタドリ?」
「植物の名前だよ。酸味が強いから下処理をしないといけないけど、天ぷらにすると美味いらしい」
「・・・そう」
喜々として植物を取る青年を横目で見ながら、少女は呟く。
「・・・でも、もう丸三日も歩いてるのに、全然次の国に着かない」
「そうだな。確かここら一帯って魔族が攻め入った時に、どっかの大賢者が町ごと吹き飛ばしてこうなったんだろ? どんだけ強い魔法を放てばそうなるんだよ」
手に入ったイタドリの茎を齧りながら、青年は言う。直後、酸っぱい味が舌を襲い顔をしかめた。
「しっかし、本当に人って平等じゃないよな。俺みたいに魔法を一切使えない奴も居るのに、広範囲を更地に変えられる化け物も居るんだぜ? 本当に凄いよな」
「・・・魔法、使いたいの? それなら私の魔力、ちょっと上げようか?」
少女が青年の手をキュッと握ってくる。それに気が付いた青年は苦笑いを浮かべた。
「いや、別にいいよ。俺はあくまでも物理攻撃担当で、お前は魔法担当。区分が出来てる方が分かりやすくていいだろ」
「・・・そう。でも、魔法が使いたくなったら言って。私、貴方の為なら魔力のちょっとやそっと分け与える事くらいはーーーー」
「お、あれじゃないか?」
少女が何かを言いかけたが、青年は聞いていない。目の前の大きな町を見て、目を輝かせている。
「なあ、あの町ってどんな町だっけ? ・・・ってなに怒ってんのお前」
「・・・別に」
少女はプイッ、とそっぽを向いてしまう。青年はそんな少女の反応に首を傾げたが、城壁が近づいてきたためそちらに意識を集中させた。
「おい、もうすぐ着くぞ。何があったかは知らないが気を引き締めろ。俺達は基本的には、歓迎されない立場なんだからな」
少女はそっぽを向いていたが、青年の言葉には小さく頷いた。青年は城壁に目をやり、殺気の有無を調べてーーーふと眉をひそめた。
「ん? 妙だな」
「・・・どうしたの?」
「人の生きてる気配がない」
青年の言葉に、少女は城壁に目を向ける。古びて雑草が生えた城壁は他の国と似たり寄ったりだったが、そこから漂うオーラが断然に違うのだ。
何というか、人の活気がしないのだ。
部屋を見れば大体そこに住む人間が分かるというが、国も似たような物だ。死んだ国は、外から見るだけでよく分かる。
この国は、何故だか死んでいる。
青年は城壁の壁に体を密着させつつ、中の様子をそっと覗き見る。
「中に門番は居ないな。・・・って事は、どんな人間が中に入って来てもお咎めなしって事だよな。ふざけてるのか?」
「・・・ふざけてない。本気」
「いや、それは分かってるけどさ」
少女の的外れなツッコミに若干呆れながら、青年は門まで歩いて行く。
「辺り一面の荒れ果て具合から、放棄されたのは一年以内だな。おいマイパートナー、ここから先は修羅場になるかもしれんぞ。準備はいいか?」
「・・・元々出来てる。貴方と一緒なら、どこへでも」
隣の少女が肯定したのを確認すると、青年は門を力強く押した。ギィィ、と錆び付いた音がして、門が内側に開かれる。
中は、青年が予想していた物とは大きく異なっていた。まず、町にかなりの活気がある。次に、通路を多すぎではないが少なすぎでもない人達が闊歩していた。
青年は驚きを隠せないまま、呟いた。
「驚いたな。てっきり入国と同時にデスマッチが始まるような、そんな楽しい展開になると思っていたんだが・・・」
「・・・ドンマイ」
ひとまずこうしていても仕方ないと思い、青年達は町の宿を探す。まず露天商からお勧めの店を聞く事にする。 店主は青年たちを見ると、呆れた顔をした。
「あんた達、旅の人かい? よくやるねえ、こんな魔物が闊歩してるようなご時世に旅なんて。馬鹿なのか?」
「ちょっと訳ありでな。長い間、同じ国に滞在できないんだよ。正体がばれたら、即追放されるからな」
「それはなかなか面白そうな過去を持ってんだな。・・・で、宿屋か。確か噴水前の宿屋が安くていいって噂を聞いたんだがなーーーー」
その時、人混みを縫って男が青年に突っ込んできた。その手には血の滴る包丁が。どう考えても、既に一人殺めた後だろう。男はどこか焦点の結ばない目でこちらに猛ダッシュで駆けてくると、青年の腹に包丁を突き立てた。
「うおっ⁉」
人混みから突然突っ込んできたという事もあってか、青年が対処に遅れる。男の放った包丁は青年の腹に的確に突き刺さった。通行人が驚いた顔をしているが、誰もしかるべき対処をしようとしない。
「お、おい! 大丈夫か⁉」
露天商が事態に気が付いて立ち上がるが、もう遅い。腹に包丁が突き刺さった青年が、地面に膝を突いた。男はそれを見るとどこかおかしくなったかのように笑いながら、踵を返して逃げようとする。
「カカカカカ、カカカ」
ーーー転瞬、辺り一面に極寒のような殺意が放出した。その場に居た全員の体が固まる。
唯一、青年の隣に居た少女を除いて。
「・・・ねえ、何してるの?」
少女が冷たく、乾いた声色で言い放つ。彼女は全身から冷徹な殺気をまき散らしながら、男に歩み寄った。殺気だった彼女の前に、男は声を出す事しかできない。
「カ、カカカ」
「・・・うるさい。喋るな」
少女が人差し指を男に向かって伸ばす。すると彼女の指先に、バレーボールくらいの真っ黒な球体が出現した。少女が指先をクイッ、と動かすと、真っ黒な球体は男に向かって真っ直ぐに飛んで行く。
「・・・・・・カ?」
男にぶつかった真っ黒な球体は男にぶつかると、内側から勢いよく弾けた。至近距離で爆発を食らった事で、男の体が後ろに倒れこむ。少女は一歩で男に近づくと、その腹を踏みつけた。
「・・・一撃で殺すと思う? 許さない。何度でも殺す」
「カ、カ、カヒュ」
喉からヒューヒューと嫌な音を出す男に対して、少女は再び指先から同じ球体を産み出す。男はそれを見て恐怖に顔を背けるが、少女はそんな事は知ったことではないとばかりに男の眼前に球体を押し付けた。
「・・・殺す。何度でも殺す」
少女の言葉と同時、彼女の指先にある球体が男の頭をパックリと飲み込む。男はしばらく球体を外そうともがいていたが、やがてグッタリと動かなくなった。
「・・・・・・」
少女は何も言わず、男の体から離れた。そして、右手をパチン! と鳴らす。
直後、男の頭が爆発した。
厳密に言うと、爆発したのは球体の方だ。男の頭を飲み込んだ状態の球体が一度目と同じく、内側からバラバラに破裂する。ただし一度目と違う点は、肉片や赤い血が飛び散っている点だ。
爆発が収まると、そこには首のない死体があった。少女はそれを冷たく一瞥すると、青年の元へ戻って来る。
「・・・大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるなら頭の病院に行けと言いたいところだが、今回はセーフだったようだな」
青年は憎まれ口を返しながら、懐に手を突っ込む。そして、懐から包丁の刺さった一冊の本を取り出した。本のタイトルは『武士道』。青年が最も好んで読んでいる本だ。だが、この本を読み取れる人間は、この中では青年しかいない。
「この本に救われた。ったく、本当に最高の本だよこれは」
包丁は本に深々と突き刺さっているが、青年の体までは届いていない。それを確認した少女は、「・・・よかった」と安堵の息を吐いた。直後、場を支配していた殺意が消失する。
心臓を握りつぶされるような威圧が消えた事で胸を撫で下ろしている住民の事を頭から外し、青年と少女は死体を見下ろした。
「ところで、何だったんだコイツは?」
「・・・貴方への、個人的な恨み?」
「いや、その線は薄い」
青年は本に刺さったままの包丁を見せる。
「俺への恨みなら、一発じゃ終わらないはずだ。それこそ何度でも、お前がやったみたいに何度でもやるはずだ。だがコイツはそれをしなかった。それにこの包丁には元々血が付いていた。実際に武器を使ってると分かるんだが、一度人を殺すとその刃こぼれは割と酷い。そんな不確実な凶器で、恨みのある人間を殺しに行くか?」
つまり通り魔だ、と嘯く青年の服の袖を少女は掴んだ。
「・・・この後、どうする?」
「そうだな。とりあえず必要な物だけ買って、逃げられる準備をしておくぞ。曲がりなりにもお前は今、人を殺した訳だからな。殺人鬼であろうと、殺した以上は罪人だ」
「・・・御免なさい」
謝ろうとする少女の頭を、青年は撫でる。
「いや、俺の敵討ちをしようとしてくれたんだろ。結構嬉しかったよ、ありがとうな」
青年が頭を撫でるのを、少女はすんなり受け入れる。ただ、僅かに気持ちよさそうなオーラを体から出していた。青年は少女の頭を一分ほど撫でた後、少女に指示を出す。
「さて、さっきも言ったがとんずらの為に道具を買い込んでおくぞ」
言うが早いか、青年は露天商の方に向き直る。そして品物を素早く物色し、今後の旅に必要だと思われる物を選択する。
「おい、これ三つでいくらになる?」
「へ? あ、ああ。銀貨一枚だがーーー」
「ほい、じゃあこれで」
青年は露天商に銀貨を払うと、すぐさま次の店に向かおうとした。だがその時、いかにも高そうな甲冑を来た騎士が五、六人こちらに向かって来るのが見えた。
「げ、マジか」
まさかここまで早く来るとは思わなかった、と毒づきながら青年は少女の手を取って走り出そうとする。しかし、それよりも早く騎士達に囲まれてしまった。
「見事な包囲術だな。身体強化でもしてるのか?」
青年が笑うと共に、取り囲んでいた騎士の一人がこちらに一歩近づいてきた。
「我々はこの国の騎士団である。ここで起こった事件について話を聞きたい。同行してもらおうか。これは任意だ」
少女の体にグッ、と力が入る。少女は青年の目を見ると、静かに聞いてきた。
「・・・殺る?」
殺すことに、躊躇いのない発言。青年もつい今しがたまではそうするつもりだった。しかし、騎士の最後の言葉に引っかかりを覚えた。
「いや、多分大丈夫だ。同行しよう」
青年の言葉に少女は目を見開いたが、すぐに頷くと青年と共に騎士たちに続いた。
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