孤児殺害編⑥
執事と思わしき人物に連れられて、ジレンとサラは大理石の廊下を歩く。道中の長い廊下には大量の護衛が並び、険しい面持ちで直立している。
執事はたくさんある部屋の前の一室の前まで行くと、二人を部屋へと促した。
「事情はご主人から聞きました。どうぞこの部屋へお入りください。後ほどご主人が来ますので、契約の事はその時に」
執事はそう言うと、そそくさと部屋から出て行った。ジレンは部屋に入ってみる。
部屋は、ジレンが寝ていた馬小屋の厩舎が二つ入るのではと言うくらい広かった。床には絨毯が敷かれ、壁にはボウガンや見たこともない武器が飾られている。
「いい部屋ね」
ジレンの後から入ったサラが、そんな声を上げる。
「サラーーーー」
ジレンが何か言いかけたその時、ドンガン! と言う派手な金属音が外の廊下から鳴り響いた。サラが反射的に頭を抱え、ジレンの背中に隠れる。
「な、何だ⁉」
ジレンは扉を見る。響いてくる金属音の中に、グチャ、ドシュ、と言う何かを裂いたり砕いたりする音も混じり始めていた。これだけ派手な音が立っていて、悲鳴の一つもないのが逆に不気味だ。
何分経っただろうか。音が止んだかと思うと、何者かが扉を蹴破って入って来た。
「お前は…」
そこに居た人物を見て、ジレンは思わず声を上げた。
それは、いつだったかジレンが遭遇した青年だった。左手で何かを引きずっており、こちらに向かって来ている。
以前と違う所を上げるとすれば、服に付いた血の量だろうか。青年の悪趣味なまでの黒いコートの前方には異常な程に返り血が付着しており、服の色と同化していた。
「ようやくご対面か。随分と長い前座だったなぁ」
青年はジレンとサラを見ると、嬉しそうにニヤリと笑った。血の付いた犬歯がチラリと覗く。
「こ、『黒百鬼の死神』……」
青年の姿を見ると、サラは腰を抜かす。ガクガクと膝が震え、立っているのもおぼつかなくなる。そんな彼女の手を取り、ジレンは支える。
「安心して。僕が居る限り、サラには指一本触れさせないからね。大丈夫、僕とサラが力を合わせればこんな奴一発だよ」
「う、うん…」
ジレンに諭され自信を取り戻したのか、サラの膝の震えが止まる。青年はジレンの叱咤激励を退屈そうに眺めていた。
「おい、そこのお前。お前はそこの女とは無関係だろ。俺は歯向かって来る奴には徹底的にやるが、関係ない奴には手を出さねぇんだ。今すぐにその女から離れるなら見逃してやるが?」
「する訳ないだろ。僕はサラの仲間だ!」
「ジレン…」
言い切るジレンに、青年が鼻を鳴らす。
「あっそう。じゃあ後悔するなよ。後で無関係を装ってももう遅いからな」
青年が言い、片手をコートの中に手を突っ込む。それを見て、ジレンとサラも構えた。
「いい? 僕が合図をしたら、魔法の詠唱を開始して」
「う、うん。分かった」
ジレンは先程借りたロングソードを抜くと、構える。それを見て青年は引き裂いたような笑みを浮かべた。そして、ジレンに向かって一歩を踏み出す。
「今だ!」
ジレンは合図をしながら、ロングソードを持ったまましゃがみ込む。サラの魔法の邪魔になっては困る。出来る限り姿勢を低くし、青年に魔法を着弾させる。
いくら敵が危険人物の代表格である『三狂人』とはいえ、魔法をくらえば倒れるはず。ましてやサラは高等呪文を楽々詠唱できる魔法使い。ならば、確実に仕留められる。
「行くわよ。【炎】―――」
だがサラの呪文が完成しかかったその時、青年は左手に引きずっていた何かを無造作に投げた。床に落ちたそれを、ジレンとサラは何気なく目で追ってしまう。
戦慄。それがジレンとサラの共通の感想だった。
それは、ジレン達を守ってくれていた護衛の一人だった。驚愕に目をカッと見開き、喉にギザギザの切断面を残し死んでいた。
そして――――顔の皮が半分、なくなっている。指は青年の狂い具合を示すかのように全て第一関節を切断されており、切断された指の内の二本は鼻に突っ込まれていた。
死体で作られた芸術品、と言った所だろうか。
「ヒッ…」
サラの口から、悲鳴のような物が漏れる。だが無理も無い、ジレンだってこの様を見て平常心を保てていないのだから。手に持ったロングソードが震えるのを感じる。
「魔法とは集中力に大きく影響して来る。精神状態が異常に激しく乱れた状態では、いくら熟練した魔法使いであっても集中が乱れて魔法を使えなくなる。ま、その精神状態だとそもそも呪文を唱えられそうにないけどな」
青年が何かを言っていたが、それどころではない。
ジレンはサラを横目で見る。青年の言う通り、サラはわなわなと震えたまま口をパクパクさせている。口はどうにか呪文を唱えようとしているようだが、怯えからか声が出ていないのだ。これでは青年の指摘通り、魔法を使う事は出来ない。
サラが魔法のみを得意としている事を見抜かれ、封じられた。こうなればサラはこの中では誰よりも弱い。魔法が使えるからこちらに勝ち目があるのだ。単独ですら勝てるか分からない相手に、サラを守りながら戦う事など出来ない。
「さて、行くか」
青年は恐怖で震えているサラに接近すると、コートの中に忍ばせていた右手を抜いた。手には金槌が握られている。青年は迷わずにそれを振り下ろした。
「危ない!」
ジレンは叫ぶと、ロングソードを投げつけた。ジレンの投げたロングソードは不規則な軌道を描き、柄がサラのこめかみにガン、とぶち当たる。サラの身体がフラッと倒れ、結果として彼女は青年の撲殺を免れた。ジレンはロングソードを投げた勢いもそのままに、青年に突進していく。
「うおおおおッ!」
「あ?」
突進して来るジレンを見て青年は無造作に金槌を振るったが、ジレンは難なく躱す。そして、青年に力強いタックルをくらわせた。
「やあッ!」
肉体労働で鍛えた事による、肩からのタックル。青年は倒れる事こそなかったが大きく後退し、両者の距離は伸びる事になった。
ジレンは壁に掛かっていたボウガンを手に取り、青年に向ける。具体的な使い方は分からないが、引き金を引けば矢が出るのだろう。そう信じるしかない。
「お前みたいな人殺しに、サラは捕まえさせない! サラはたくさんの人を救って、それでも汚い大人に騙されて、一生懸命やって来たんだ! お前みたいな悪人にやられてたまるか!」
叫ぶジレンの言葉を、青年は退屈そうに聞いていた。やがてジレンの話が終わると、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「何にも分かってねえんだな。吐き気がするほどの偽善者だ」
「え?」
青年は金槌でサラを指す。その瞳に敵意が浮かんだのを見て、サラがビクッ、と身体を震わせた。そんなサラに構わず、青年は続ける。
「そこの女のした事を聞いた事があるのか? 国に来る兵士をその絶大な魔法を以て返り討ちにし、自分の兵士のみを助ける。血を吐く思いで鍛え上げ、戦う覚悟を持って挑んだ兵士は皆、何の努力もせずに魔法の力を手に入れた女の前で敗れた。そこの女は死体を確認していないから平気で『返り討ちにした』と言えるらしいがな、実際にはその魔法で結構死んだらしいぜ? しかも、敵の手に落ちるのは嫌だとかで自害した奴も含めれば八割は死んだらしい」
「嘘・・・」
サラが絶望に満ちた表情をする。しかし、青年は嬉しそうに笑うだけで止まらない。
「更にお前は傷ついた兵士を貰い物の力一つで治したな。敵国の兵士が例え死んででも一矢報いてやろうと、自身の命を懸けてまで一太刀入れた傷を何の感慨もなく治しやがった。兵士の尊厳を踏みにじってるとしか思えない行為だなぁ?」
「辞めて…」
サラの目から、涙が零れ落ちる。そんな彼女に、青年は凄惨な笑みを浮かべながら近づいていく。
「敵の尊厳と誇りを踏みにじり、何の躊躇いも無く命を奪う。俺とやってる事が全く同じじゃねぇか。―――いや、何の覚悟もなく善人ぶってる分、お前の方が悪人かもしれないなぁ。大罪人だよ」
サラの目から、滂沱の涙が零れ落ちる。
「もう、辞めて―――」
「善人面してんじゃねぇよ。お前と俺は同じ穴の狢だ。それを自覚して死んでいけ」
青年はそこまで言うと、一気にサラに距離を詰めた。ジレンは咄嗟にボウガンの引き金を引き、青年を足止めしようとする。矢は一直線に飛んでいき青年の右肩に突き刺さった。青年の持つ金槌が、カランと音を立てて床に落ちる。
「やった!」
ボウガンの矢をもろにくらえば、痛みで向こうの足も止まる。その隙にロングソードを拾い、態勢を立て直せばいい。
――――そう思っていたために、青年がボウガンの矢が刺さっても止まらないのを見て、ジレンは驚きを禁じ得なかった。
「なッ―――」
「面倒だな、先にお前から潰しておくか」
青年は肩に矢が突き刺さったまま、ジレンに進路を変更。左手でコートの中からノコギリを取り出すと、ジレンに向かって横薙ぎに振った。
「ッ!」
咄嗟にボウガンで受け止める。すると青年はノコギリを素早く引き、蹴りを繰り出してきた。
「うわっ!」
ボウガンに足を引っかける形で顎を蹴られ、ジレンはボウガンを手離してたたらを踏む。そこを、青年は迷いなくノコギリで強襲した。
「ほら、そこの偽善者を守るんだろ? だったら反撃してみろよ」
容赦なく首や手首を狙って来る青年に、ジレンは腕で防御するのがやっとだ。腕の外側にいくつもの切断跡が付き、ダラダラと血が流れ始める。
痛そうに顔をしかめるジレンに、サラが悲鳴を上げる。
「ジレン!」
「さっさと片を付けるか。この後そこの女を壊す作業があるからな」
青年の蹴りが、脇腹に入る。ジレンは空中に投げ出され、床に落下して背中をしたたかに打つ。
「うっ! あああ…」
「安心しろ、別に殺すわけじゃない。ただ国に連れて行って、死ぬまで魔法を使わせ続けるだけだ。依頼主の目的は魔法だからな。大人しく従ってくれるなら精神を壊さなくて済むから、この先も会えるんだぞ? なあ、サラお嬢様?」
青年はそこで、サラを見る。サラは倒れてしまったジレンを見て唾を飲み込むと、青年の目を真っ直ぐに見据えた。
「貴方は、どうしてそんなに非情な事を出来るんですか⁉ 貴方には人の心がないんですか?」
「生憎、俺にはお前みたいな貰い物のチート能力は無い物でね。金も尊厳も大事な物も、自分の手一つで守っていかなくちゃならねぇんだ。その為には非情になる事だって厭わないさ。人の心? そんな物を持っていて大事な物を守れないっていうなら、そんな物は要らねぇよ」
貰い物のチート能力。
その言葉に、サラは顔を背けた。自分の膨大な魔力の正体に関して何か心当たりがあるのかもしれない。怯えを目に含ませながらも、その後は目も合わせず何も言えなくなってしまう。
サラの言葉を一蹴した青年は、再び彼女に向かって歩き出す。
その時、青年の視界の端で何かが動いた。
ジレンだ。全身を傷だらけにしながらも、必死で立ち上がろうとしている。
「まだだ…サラは捕まえさせない。僕が…絶対に守って見せる」
床を這いながら睨んでくるジレンに、青年は楽しそうな声を上げた。
「ようやくいい眼になったじゃねぇか。そうだ、その覚悟を持てよ。命を捨てる気で来れば、俺にも勝てるかもしれないぜ?」
挑発するような青年に、ジレンは「あああああ…」とうめきながら立ち上がる。そして、青年を見据えた。
「サラは……僕が守る。守って見せる」
「そうだ、その意気だ。ジレンって言ったか? 来いよ。今のお前なら俺に勝てるかもしれないぞ」
青年が言うが、ジレンは聞いているのか聞いていないのか分からない。言語にしがたい声を上げながら青年に突撃すると、闇雲に腕を伸ばす。
「いいじゃねぇか」
青年は一言、そう言うとジレンの頭を蹴った。ジレンの身体が無様に吹っ飛び、床を転がる。だが、間髪入れずに立ち上がる。
「僕が…守る」
ジレンは割れたガラスの破片を握ると、自分の手に強く食い込むのも構わず青年に突進する。その足はフラフラとおぼつか無いが、確実に青年を倒そうという意思が感じられた。
「そろそろ十分かね」
青年はそんな覚悟の塊のようなジレンを見てボソリと呟くと、手に持っていたノコギリを投擲した。ノコギリはジレンの手首に当たり、彼の手からガラスの破片を弾き飛ばす。
立て続けに青年はコートの中に手を突っ込むと、サラに肉薄した。サラが右手を前に出して何かを唱えようとしたが、それよりも速く接近する。そして、右手をコートの内側から抜いた。
その手に光るのは――――大振りのナイフ。
「や、めろ…」
ジレンが掠れ声で叫ぶが、間に合わない。青年のナイフがサラの首の上を走った。
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