プロローグ 魔族戦争 前編
新作小説です。
前作よりはポイントが高くなるように頑張ります。
その青年は、怒号飛び交う戦場を静かに歩いていた。
やや血の付着した白いコートを着込み、肩から提げたポーチには様々な刃物が刃先を出している。道具にもバッグにも泥や血が付いており、どれも青年がこの死体から火事場泥棒のごとく剥ぎ取った事を示していた。
呑気に歩く彼の足元には、人間や異形の怪物の死体が大量に転がっている。だが青年は目もくれずに、ただひたすらに死体の道を歩く。
やがて、青年はひときわ死体の多い場所に出た。どうやら、ここが戦場の最前線のようだ。青年は死体の内の一体の手から刀をもぎ取ると、試し斬りをするように数回振った。
「…これはなかなかいいな。今まで見てきたどの刀よりも手に馴染む」
「おい、そこのお前」
青年が刀の性能にほくそ笑んでいると、唐突に足元から声が掛けられた。青年は足元に目を落とす。するとそこには、頭から血を流しながらもどうにか生きようとしている男が居た。男の下には血溜まりが出来ている。
「誰だ?」
「ハア、ハア…何、大した者じゃない。ただの死に損ないさ」
男は流れる血も気にせず、ニヤッと笑う。よく見ると背中に短刀が突き刺さっており、男の言葉通り死に損ないその物だった。
「お前…どこの部隊だ? 三番隊か?」
「悪いがどこの部隊でもねえよ。俺はここで人類と魔族が戦争してるって言うから見に来た、ただの流れ者さ。…いや、流れ者は格好付け過ぎか。ただの火事場泥棒だ」
青年はそこまで言うと、自分の前方――――遥か遠くを眺めた。肉眼で見えるか見えないかというギリギリの所に、緑や黒の動物がぼんやりと蠢いている。
----魔族。
一言で言えば、魔力を有した動物。獰猛で肉食の個体が多く、たびたび人間が被害に遭っている。その種類は分かっているだけでも100種類は下らず、今でも新種の魔族の発見報告が相次いでいるくらいだ。
「あれが魔族か。随分と数が多いな」
「人類八万に対して、向こうさんは二十万だ…これでも頑張って減らした方なんだぞ? さっき魔法使いの集団が遅れて到着して、何とか撤退させた所だ。おかげで数時間休憩できる。まあ向こうも休息を終えたら、また突っ込んでくるだろうけどな」
息も絶え絶えに言う男に、青年は「ああそう」と興味のなさそうな返事をした。まるで魔族が襲ってくる事などどうでもいいと言いたげだ。近くにあった石に腰かける。
「しっかし、人類も馬鹿な事したよな。勝てるはずもねえのに戦おうだなんて。まあ負ければ全滅するから、否が応にも戦わなくちゃいけないんだけど」
「…お前さん、人間が嫌いなのかい?」
男の質問に、青年は肩をすくめた。
「『人間』っていう一人一人の個体は好きだ。全員違った色があり、考え方も価値観も違うから面白い。けど、『人類』って言う名の烏合の衆は大嫌いだ。右向け右のアホな精神が嫌いなんだよ俺」
青年の言葉に、男は苦笑いをする。
「全く意味が分からんが、お前さんが人類を嫌いな事はよく分かったよ」
「俺の人類ヘイトについて全部説明しようとすると丸一日掛かっても無理だからな、その認識で充分だ。ところで、何でアンタはこんなバカげた戦争に参加したんだ?」
青年は少しずつ弱りつつある男の身体を眺め、聞いた。すると、男は儚げな顔をする。
「…戦争に参加すれば、三世代に渡って納税の義務が免除されるんだ。俺には娘が一人いてな、そいつに楽をさせてやりたかったんだよ。嫁に逃げられちまって、あいつには寂しい思いをさせちまった。だからせめてこのくらいは、な」
「へえ」
素っ気なく言う青年に、男は続ける。
「それに、この戦争で功を立てれば国から報奨金も出る。そうすれば、娘の生活も少しは楽にしてやれると思ってな。・・・だが、この様だよ」
「要するに、娘の生活を楽にしてやりたいから命張って戦争に参加したと?」
青年の質問に、男は頷いた。
「そうだ。どうだ、馬鹿らしいか?」
「いや、いいんじゃねえの? 少なくとも俺は好きだね」
青年は楽しそうに男の言葉を肯定しながら、男の身体をチラリと見た。
「で、どうするんだ? このままじゃ功を立てる事はおろか、娘の所にも帰れねえぞ?」
男は四肢の内右腕以外の部位を失っており、更にその右腕すら手首がひしゃげていた。戦えない事はもちろん、這って歩く事すら困難を極めるだろう。
「大丈夫だ・・・家はこの近くにある。いざとなれば這ってでも、娘の元へ帰ってやるさ。…とは言っても、奴らを倒さないと報酬はおろか、人類が滅亡するけどな。畜生、最後に一度でいいから娘の顔が見たかったぜ」
「人類滅亡か。それを見るのもまた一興だな」
青年は言いながら、地面に落ちた血付きの武器を拾い、腰に収納していく。よく見ると腰にはベルトが巻かれており、その隙間に差し込んでいるようだ。
「だが、それよりも面白そうな事を発見した」
青年は立ち上がると、最初に拾った刀を大きく振った。刀身に付着した血が、地面にビチャビチャと落ちる。青年は男の方を向いた。
「なあ、オッサン。その怪我じゃどうせ永くねえんだ。行ってやれよ、娘の元に。治療は無理だろうが、最期の瞬間を娘に看取ってもらいたいだろ? ああ、別に強制してる訳じゃないぞ? 最後に敵軍に突っ込んで死にたいって言うのならどうぞご勝手に」
「…何を、言っている?」
既に呼吸も怪しい男に、青年は安心させるように答える。
「アンタの代わりに、俺がアイツらと戦ってやる。だからオッサンは、残った命を全部振り絞ってでも、娘のところに行ってやんな」
「・・お前、正気か?」
男は呆れたように聞いた。すると、引き裂くような笑みが返ってきた。
「さあ、どうだろうな。でも安心しな。この『魔族戦争』で、俺は大立ち回りを演じて、奴らに大打撃を与えてやるよ。これは俺の『約束』だ」
「約、束だと・・・」
「俺はもう二度と、約束を破らねえって決めてる。だから安心して、娘の元へ行けよ」
「二度と…か。一度目は何だったのか、聞いてもいいか?」
「やだよ。俺の黒歴史を、こんな見ず知らずのオッサンに明かしてたまるか」
青年はそう言うと、敵に向かって歩き出した。絶対に敵わないはずの数に、臆する事無く。
「ク、ククク」
その口から、笑い声が漏れた。青年は右手で刀を、左手で握りこんだ何かを回転させながら、笑う。
「お、おい待て!」
そんな青年を止めるように男が叫ぶ。青年は首だけ振り返る。
「何だよ。せっかく盛り上がって来たところ何だから、邪魔するなよ」
「お前、本当に正気か? そもそも数が違うんだぞ。それに肉体だって向こうの方が遥かに硬い。おまけに魔法だってーーーーゲホッ!」
一気にしゃべったせいか、男は口から血の塊を吐き出してしまう。青年はそれに対して、呆れた目で男を見つめていた。
「なあ、オッサン」
やがてその口から漏れたのは、落胆にも似た響きだった。
「世の中にはよ、アンタみたいな常識人じゃ想像もつかないような奴が居るんだよ。四六時中正気じゃない奴や、人を殺したくてたまらない奴、そして・・・一度守ると決めた『約束』を何があっても守る、前時代的な奴とかな。種類を上げればキリがねえ」
「何を言って・・・」
「心配は無用って事だよ。確かに俺は魔法も使えないし武術の心得もないが、それでも勝つべき時にはしっかり勝つからさ」
青年はまた歩き出した。その口から誰となしに言葉が漏れる。
「怒号や爆音は一流のクラシック、口の中に滴る血は極上のソースだ。踊り狂おうぜ、魔族ども」
その言葉はどこまでも厨二臭く、されどどこか不思議な雰囲気を込めていた。
青年は走り出す。魔物の中の撤退に遅れた小部隊が青年の姿に気が付き、雄叫びを上げながら武器を振りかぶった。そんな小部隊に青年は笑いながら突っ込む。
「ハハッ」
右手に持った刀を振り回し、目の前に居た二体を一撃で切り伏せる。しかし三体目への攻撃に失敗してしまい、バランスを崩す。
「アレ?」
魔物が咆哮を上げ、手に持っていた棍棒をスイングする。しかし棍棒が青年の顔面に直撃する寸前、その肩がゴトリと落下した。突如起こった現象に青年が眉をひそめていると、やや苛立ちを孕んだ声が魔物の後ろから聞こえてきた。
「…罠を設置し終わるまで待てと言ったよな。どうしてお前はいつも自分を中心にして動くんだ」
「お、悪い。助かったよ」
感謝の意を述べ、青年は残った敵を切り裂いた。五体居た魔物は断末魔を上げる間もないまま絶命する。
青年たちの奇行は人類側にも伝わったのか、何をやっているんだと言う動揺と怒りの混じった声が飛び交っている。彼らの憤りも妥当な物だろう、せっかく押し戻した魔物を挑発するような事をしているのだ。長い戦いに一息の休息を取れると思っていた兵士たちからすれば、青年のした事は戦犯も同然である。
一方で魔族側も、同胞を殺された怒りからか、はたまた目障りな人類が突っ込んできたことに対する苛立ちか、撤退しようとしていた姿勢を一転してこちらに向かってくる。
「おい、両陣営に喧嘩を売っちまったぞ。どうする?」
「どうするも何も、人類も魔族も皆殺し一択だろ。俺からすればどっちが死んでも困らねえし。むしろ他に選択肢があるか?」
血の付いた刀を持ち直す。敵はもう目と鼻の先まで来ていた。
「トロールにオーガ、古龍に百鬼と彩みどりだな。居ない魔物の種類を探す方が難しいかもしれないくらいだ」
「そっちの方が盛り上がるだろ。さあ、行くぞ」
青年が答えた直後、魔物の大群が襲い掛かって来た。
----『魔族戦争』。
たびたび人類にちょっかいを掛けてきた魔族が、本格的に人類を支配しようと起こした攻め込んできた戦争である。
互いに持てる戦力をぶつけたこの戦争は、両陣営に多くの被害が出た。
一歩でも間違えば人類が滅亡していたであろうこの戦争は、一人の青年の活躍によって幕を閉じた。彼らはその青年を英雄と崇め奉り、口々に感謝の意を述べた。
…その青年が『英雄』から、『人類の脅威』になるまでは。
何か感想等ございましたら、気軽に書き込んでください。