帝国と狗(Ⅱ)
1861年12月25日。煌国にしては珍しく、雪が確認できない日であった。会場は5日前と同じ場所である。昼間になって、会場に一人の使者がやってきた。
「大変です! 祖国崩壊!! 祖国が崩壊しました!!」
彼はコートを脱ぐのも忘れ、扉を跳ね除けて伝えた。
「何!」
「よりによって今かッ!」
ブルア役人どもは衝撃を受けた。今日改めて、祖国を支えんとする方針を決めようと言っていたのに、それが裏切られたのである。ブルア派の煌国貴族も当然驚き、心ここにあらずといった虚ろな目をした輩もいた。
「やはり、株の暴落から戦争まで、回復できなかったようです」
「そんなことはわかっておる! ほかに何かないのか!」
カッツェ卿の怒号が飛ぶ。目頭も目尻も引き裂かれるほどに憤怒しているようだった。
――カシャリ、カシャリ。
突然、外から金属音が聞こえる。一定のリズムで刻まれるそれは、人の足音のように思える。社交場内部は、外を警戒する者と祖国を憂う者の二つに分けられた。
突如として扉が開く。そこからはなんと、時代にそぐわぬ鎧を着こんだ騎士達が入ってきた。二列になって歩み、会場の半ばまで入る。その手には槍、腰には剣が吊るされており、ブルア役人どもは息をのんだ。
「将軍、こちらへ」
一人が誘導すると、ひときわ目立つ鎧の男が現れた。銀の兜から、深紅の目が覗く。彼はその兜を外すことなく、こう言った。
「私は、帝国騎士団第Ⅱ軍団指揮官・リヒター=スヴェーニアである。司法の命により、貴殿らを拘禁させて頂く」
大地を震わせる低い声だった。これに対し、不満を露わにしたのはカッツェ卿であった。
「何故か! これまで政府を担っていたのは我々、今から新たな政府を組織できるのか!」
ブルア役人らの多くが引退をした今でも、力のあるブルア人は未だに政府に存在している。ブルア株暴落によるブルア政権の崩壊というのは、宰相が煌国人となったことを示すのみであった。
「これまで横暴を極められたのは、勅令がなかったから――つい先ほど、司法は陛下との連名でこう指示した」
怒りを前にしても動じず、冷静に諭すスヴェーニア。カッツェ卿の怒りが勢いを増すと、彼はついに右手を剣の柄にかけた、こう言った。
「生憎だが、貴殿らを殺めなければ、どのような手段を用いて捕まえようと構わぬ、陛下はそうおっしゃった」
これを聞き、ブルア役人の背筋が凍った。うち一人の若く猛々しい男は、なんと端のほうから肩を怒らせて歩み、その眦は引き裂かれていた。そのまま彼は雄叫びを上げ、スヴェーニアへと殴り掛かろうとするではないか。
「全く……徒らなことだ」
スヴェーニアは右手をそのまま持ち上げ、男の拳を華麗にかわし、その首元に突き立てた。
トンッ。
猛々しい男の息が詰まった。仕方あるまい、スヴェーニアの呟く。彼が左手で指示を出すと、鎧の男らは一斉に、ブルア役人に手枷をはめ始める。例外はこの勇猛な男だけであった。
「どうだ、命が惜しいか」
彼はスヴェーニアに頷く。そうして拘束された。スヴェーニアの指示のもと全てのブルア役人は捕らえられ、ティティス牢獄へと連れられた。風は強まり寒さが厳しくなって、ブルア役人らは肩を震わせることとなる。