人類
玄関の前をホウキで掃除をしていると、お隣りさんが通り掛かった。ちょうど出勤時間らしく、時計を見ながら歩いている。こちらに気付いたらしく、軽く会釈をして挨拶をした。
「おはようございます。」
「どうもぉ〜、おはようございますぅ」
「朝から掃除なんて精がでますね。」
「いやぁ、うちは主人が朝早いので、子供が学校に行くと暇になってしまうので、掃除くらいしかやる事がないんですよぉ〜」
「それでも毎朝掃除していらっしゃるから蟻田さんの家の前はいつも綺麗だ。うちの家内にも見習ってもらいたいくらいですよ。」
「嫌だわぁ、蝉村さんちの奥さんも頻繁に掃除してますわよぅ〜。」
それを聞くと蝉村はそうなんですか?というような表情を作り、改めて自分の家の前を見渡したが、蟻田の家の前と見比べるとどうにも掃除をしている感じがないので、うーん、と低い声を出して首を捻った。
「そうなのかなぁ?」
「そうよぅ。今は確かに落ち葉が少しおちているけれど、ほら、この時期よく出てくる…」
そこまで聞くと、蝉村はあ〜そういえば、といった感じで目をパチパチしてみせた。
「そういえば家の周りではあまり見かけませんねぇ。この時期になると木の上や土の中から人間が沸いて来ては車に惹かれたり通行人に踏み潰されたりして散らかっているのに。」
蟻田はでしょ〜、と言いたそうな顔で続けた。
「蝉村さんちの奥さん、結構頑張ってるんですよ〜。人間て潰れて放置しておくと臭いがキツイじゃない?だからいつも潰れた人間をかき集めてすぐに燃やしてるんですから。結構体力使うんですよ〜、人間を処理するの。」
「そうなんですか、知らなかったです。」
「そうよぅ、子供が面白がって捕まえてきた人間同士を闘わせてバラバラになった人間だって片付けたり子供に消毒させたりしてくださってるんだから。うちの子供もよく蝉村さんちの奥さんに消毒して頂いてますし。」
「全然知りませんでした。いやぁ、お恥ずかしい。」
「んもう、男は皆鈍いんだから。『主人は人間の死骸とか臭いが嫌いなんで』って言ってそりゃもう一生懸命…、蝉村さん、たまには奥さんにプレゼントでもあげたらどうです?きっと喜びますよ〜。」
「そうですねぇ、少し考えてみます。」
「それがいいわ、うんうん、うちの主人にも何かおねだりしちゃおうかしら。」
ははは、と蝉村が笑い、時間を確認して、
「では私はこれで…」
「あらやだ、すいませんねぇ、つい話し込んでしまって。」
イエイエ、とがぶりを振り、
「それでは。」と言って駅に向かった。
「頑張ってくださいねぇ」と後ろから声がしたので、振り返り軽く頭を下げて前に向き直った。
いつも通勤の時は一日の仕事の事しか頭にないのだが、今日は妻の事しか頭になかった。
あいつ、がんばってくれてるんだなぁ、そんな事を思いながら、さっきの蟻田の言葉が頭をよぎった。
プレゼントか…なんて言って渡そうかな…。
そんな事を考えながら、潰れた人間の脇を通り抜けて今日もまた朝のラッシュに紛れていった。