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プロローグ

女学生の間では、エスという関係が密やかに結ばれている。

上級生が下級生に声をかけて、秘密の姉妹の関係を結ぶというものだ。

二人は他にエスの相手を作ってはいけない。常に相手を想い、文をしたため、お揃いのものを持ち、互いを恋い慕う。

それは、結婚相手を自らの意思で選べない少女たちの唯一の抵抗。秘密のロマンス。


そしてそれ故に、結婚が決められた時にそれを嘆き悲しみ、心中を図るエスの姉妹が出始め、それは静かな社会問題になりつつあった。




 それは、夏も終わりを告げて秋茜が飛び回り始めた夕刻だった。

 そこは、湖と言うには大きく、海さえ思わせる程の水を湛えていた。周囲は山で囲まれ、水際はまるで砂浜のようにさざ波を寄せている。

 「いいところですね」

 思わず、そう口にしていた。とても美しい。赤みを帯びた空が湖に映り込んで、えも言えぬ情景を織り成している。

 「ええ……私、ここが好きなの。最期はここが良いと決めていたわ」

 そう言って彼女は笑いかけた。彼女は靴を脱いでその場に揃えると、砂の感触を楽しむように足元を見て歩き回る。

「……ごめんなさいね。あなたをこんな事に巻き込んでしまって」

 ふと、足を止めて彼女はそう呟いた。その声に自分も靴を脱ぐと、彼女の方に歩み寄った。

「私が決めた事です。今生を貴女と共に生きられないなら、私の人生にも意味はありません。……せめて黄泉路を共に行きましょう」

 そう言って彼女に接吻し、微笑みかけた。彼女の頬を一筋の涙が伝い落ちる。ふいに、彼女に抱き締められた。

 彼女は自分の胸で、しばらくの間泣きじゃくっていた。

「……ごめんなさい。ありがとう……」

「私の方こそ……ありがとうございます。こんな私を……愛して下さって……」

 二人は手を取り合うと、互いに微笑みあった。そして、水際まで歩いていって濡れるのも厭わずに座り込むと、ポケットから澄んだ紅い結晶をふたつ取り出した。

「……準備してくれてありがとう」

「私から貴女に差し上げるものが、まさかこんなものになるなんて…」

「ううん、素敵ね……綺麗な紅だわ。こんなに綺麗な石に導いてもらえるなんて、素敵だわ」

「……本当に、いいんですか。もう、未練は無いのですか」

「あなたはあるの?」

「……いえ」

 自分の言葉に、彼女はにこりと微笑みかけた。そして、その紅い結晶を唇に咥えると、自分にその唇を重ね合わせた。

「……私もよ。さあ、二人で龍になりましょう。この湖で、ずっと二人一緒にいましょう。」

 そう言って、懐から赤く美しいびいどろのような煙管を取り出す。唇から赤い結晶をつまみ出すと、それを火皿に入れて見せた。

「たとえそこが 奈落タルタロスの底でも、あなたとなら怖くないわ」




後日、湖の辺で二人の女学生が心中を図っているのが発見された。

一人は既に亡くなっていたが、一人は辛うじて意識を取り戻した。

だがその事件は、娘たちの不貞が世間に広まるのを恐れた家族や、在学生の評判が落ちるのを恐れた学校によって表沙汰になることはなかった。


亡くなった少女の名前は、月宮雫と言った。

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