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辺境のアラサー転生者は黒くて太いのがお好き  作者: 東野木
第一章 草原邂逅編
3/59

2 ことの次第(2)

「え? え? で、でも羊羹ばかり食べてましたよね?」


 調子を挫かれたエルカさんは戸惑いながら手元を見て、指をスイスイと空中で動かしながら「ほら、データにもそうありますし……」と呟いた。こちらからは何も無いように見えるが、どうやらタブレット端末的な物がそこにあるらしい。


「ええ、羊羹は好きですよ」

「え、やっぱり、じゃあ甘いものが好きってことで――」

「違います! 羊羹が好きだからって甘い物が好きだと一方的に決めつけないでくださいッ!」

「ひいぃッ!?」


 思わず語気を荒げてしまい、エルカさんが小さく悲鳴を上げる。あっ、いかん、またやってしまった。後輩の吉田にも『先輩って羊羹のことになると人変わりますよね~(笑) 正直、周りはドン引きっすよ~(笑笑) 直で言うと怖いし面倒なんでメールで失礼しま~す(爆笑)』という具合に再三注意されていたというのに。


「す、すみません。昔から『牧野君って確か甘い物好きだったよね?』と好きでもない甘いスイーツを送られ、その都度『お返しどうしよう……』と悩まされた記憶があるもので……送ってくださるご厚意はありがたいことなんですけどね……」

「は、はぁ……い、いや、私の方こそ申し訳ありません! 神でありながら偏見を持って勝手に決めつけてしまうとは……今後はこのようなことは無いよう、細心の注意を払います!」


 へこたれずにふんふんとまた張り切っているエルカさん。さっきまでからかってちょっと楽しくなっていた自分が恥ずかしくなってくる。あんた、ほんまええ神様やで……。


「……あっ、そうだ、転生の特典を何にしたいか思いつきましたよ!」

「おおっ! なんですかっ? なんですかっ?」


 ずいっ、と期待に目を輝かせながら身を乗り出すエルカさん。そんなエルカさんに対し、俺は爽やかな笑みを浮かべつつ、胸を張って要望を告げた。


法久須堂ほうくすどうの羊羹をポンと生み出せるようにしてください!」

「えっ」


 ぴたりとエルカさんが固まったような気がするが、俺はあふれ出るパッションを止める事が出来ず、そのまま話し続けた。


「いやあ~、休みの日は勿論のこと、普段から出来る限り時間を作って、寝る間も惜しんで羊羹の食べ歩きに費やしてたんですけどね、比較的近所にある『法久須堂』っていう店の羊羹がこれまた素晴らしく絶品でしてね! 食べ歩き出来ない時は買い溜めしてあるそこの羊羹ばかり食べてたんですよ! あっ、聞きたい事は分かりますよ? 『それだけ羊羹が好きなら自分で作ったりはしないの?』と思ったでしょう? いやね、たま~に聞かれるんですけどね、なんていうか、それは冒涜っていうか、自分は羊羹を作る事を生業にしていないのに、本業の人を差し置いて作るっていうのはなんか違うというか……あ、でも老後になったら貯めたお金で田舎に移住して、畑でも耕しながら気が向いたら羊羹を作るのも良いかもな~、上手く作れるようになったら売りに出してもいいかもな~、なんて思ったことはありますよ! まぁその前に死んじゃったんですけどね! て、あっ、すみません、転生先でそういう生活を送れるかもしれないと思うとつい興奮しちゃって――」

「……せん」


 身じろぎ一つせず俺の羊羹トークを聞き入っていたエルカさんがぼそぼそと何かを喋ったが、あまりに小さい声で聞き取ることが出来ず、俺は咄嗟に「えっ、何ですか?」と聞き返した。


「……つ……ません」

「はい?」

「……つくれません」


 耳から入った「つくれません」という言葉が、俺の脳内で「ツクレマセン」と変換され、少し間を置いてから「作れません」という言葉と合致する。


 え――作れない? 何が?


 間の抜けた顔をしていると、エルカさんが伏し目がちにまたぼそりと呟いた。


「……羊羹は、作れません」


 ヨウカンハ、ツクレマセン。


 ……『羊羹は、作れません』?


「ええ――――――――――――――――――――――――――ッ!? なんでですか! なんでですか!? 嘘ですよね!? あっそうか『法久須堂』のがダメってことですか?! じゃあ一般的な羊羹でも構わないですよ!!」

「一般的な羊羹も、作れませんッ!!!」


 俺の追及を払いのけるかのように、エルカさんは半ば自棄やけ気味な感じに叫び返した。俺は先ほどまでの滝だって登っちゃえそうな気分から一転して、ガラガラと足元が崩れ落ちるような感覚になる。


 一般的な羊羹も作れない? 嘘だろ? そんな理不尽なことが許されるのか?


「エルカさん神様なんですよね!? なのになんで羊羹作れないんですか!? 神様なんですよね!? あ、羊羹職人が神様に劣ってるって意味じゃなくてですね」

「それは分かってます! ただ! 転生先の世界には! 羊羹が無いんです!!」


 ……羊羹が無い?


 そりゃ別の世界に行くわけだから、そういうこともあるだろう。しかし羊羹の材料は割とシンプルだし、神様ともなればそれくらいなんとかなるのではないか、と疑問が浮かび、口に出そうとした瞬間、それをエルカさんが手で制して言葉を続けた。


「物を無から作り出す『創造魔法』ってのはあるんですよ? でも通常は複数人で行う、かなり高等な魔法でして……ましてや向こうの世界に無い『羊羹』をピンポイントで作り出す『羊羹創造魔法』なんてのが……あると思いますか?」

「そ、それは……神様のスーパーウルトラハイパーゴッドパワーでこうなんとかミラクルマジックを……」

「残念ながら、私に出来るのは既存の魔法を授けることまでです……存在しない『羊羹創造魔法』を授けることは出来ないんです……」


 非情な宣告を突き付けられ、俺は体中からさあっと血の気が引いていくのを感じた。目の焦点がぶれ、視界がぐにゃりと揺らぐ。


「お、終わった……何もかも……俺の老後の夢……農場……田舎で一人暮らし……羊羹販売……」


 俺は余りのショックに涙を流す事すら忘れ、その場にがっくりと膝をついて茫然とうな垂れた。その様子を見ていたエルカさんは、アワアワとしながらも必死に話を続ける。


「あっ、で、でもほらレシピなら持ち込めるかもしれません! 小豆や天草といった羊羹の材料を異世界に持ち込む事は今回の転生では許可されてないんですが……転生先にも羊羹の材料に比較的近い物はありますから、それらを育てるのに役立つ魔法を覚えるなんてどうですか? 天候を操る魔法とか、水や土の魔法とか――」

「似た物じゃダメなんです……それは羊羹じゃないんです……もどきなんです……それに出来れば法久須堂のがいい……」

「うぐぐぐっ!」


 頑張って俺を慰めようとしてくれているのは分かるのだが、羊羹のことになると妥協出来ない俺はうな垂れたまま、ぽつりぽつりと言葉を続ける。


「すみません、俺の我儘ですよね……いくら神様とは言え、崇高で高貴な黒いダイヤである『羊羹』をどうにかしようって考えがそもそも間違ってるってことなのかも……」

「う、うう……」

「無理言ってすみません……神様にだって、無理なことくらいありますよね……」

「……む……り……」

「諦めて平和な国の貴族にでもしてもらって、のんびり領地経営しながら小さな畑でも作って暮らすってのも悪くないのかもしれませんね……ハハッ……」

「…………………………」


 と、そこでエルカさんの反応が全く無いことに気づき、しまった、言い過ぎたか、と慌てて謝罪しようと顔を上げようとすると――


「無理じゃなァアアア――――――――――――――――――――イッッ!!!」


 突然、エルカさんが大声で吠えた。


 驚いた俺は「どわぁっ!」ともんどり打って倒れ、尻を強く打ち付けてしまう。ずきずきと鈍い痛みを感じ、手でさすろうかと思ったところで、空間がびしびしと震え、肌が焦げるような感覚がし始めたことに気が付いた。


 慌ててエルカさんを見上げると、体の周りからは赤黒いもやのようなものが立ち込め、双眸はギラリと赤い光を発しながらこちらを見据えており、地獄の王がいたならこんな感じだろうかと思わせるような恐ろしい形相であった。その余りの豹変具合に呆気に取られる。


「え、エルカ、さん……?」

「なんでパパやママはすぐ『エルカには無理』っていうんですか!? 私は出来るって言ってるのに! 言ってるのにっ!!」

「ひいいっ!」


 エルカさんが叫ぶのに連動して、赤黒い靄がぼうっと炎のように勢い良く立ち上がった。その赤黒い靄が更にメラメラと大きくなってこちらに迫ると、熱さというよりも底の知れない寒気を感じる。つい先ほどまで俺とにこやかに談笑していたエルカさんが、実際の所は「神」という自分より遥か高みの存在であるということを嫌でも実感させられた。


 てかこの人、今、パパママって言った? もしかして地雷踏み抜いちゃった?


「この仕事だって頑張って勉強して、頑張って頑張って試験に合格していざ面接ってなって、パパやママに『絶対に口利きしないでよ? 絶対だからねっ?』って念押ししても『どうせコネコネ言われるんだし口利きしてもいいんじゃないの?』って無神経なこと言うし、受かったら受かったで結局周りはコネだコネだって言うし……」


 赤黒い靄を体から放ち続けたまま、ブツブツとコネコネ呟いているエルカさん。あんたも結構苦労してたんだね……と親近感を覚えつつも、体のピリピリがちょっと洒落にならないことになってきているので、赤黒い靄を鎮めてもらおうと俺は立ち上がりながら恐る恐る話しかけた。


「あ、あのう……ちょっと考えたんですけど、さっきの天候とか水とか土の魔法でも良いかなぁって……いや、妥協とか諦めっていうんじゃなくて、なんていうか、俺が『羊羹だ~』って思えばそれが羊羹なんだ~っていう感じというかですね……」

「うるさいッ! 気が散るからちょっと黙っててくださいッ!!」

「はひぃっ!」


 取り付く島もないまま、エルカさんが叫ぶのと同時にゴオッと激しく燃え上がった赤黒い靄に押されるようにして俺は再び尻もちをついた。空間を占める圧力は更に強くなっており、もはや立つことすら難しいだろう。


 首筋につうっと冷汗が流れる。やっぱり全然運良く無いと思うんですけど……。


 どうしたものかと必死に考えていると、俯いて黙っていたエルカさんが「……ります」と何かを呟くのが聞こえた。尻もちの体勢のまま、なんとか「えっ、な、なんですか?」と聞き返す。


「……『羊羹創造魔法』、作りますッ!!」

「え、ええ!? でもさっき魔法を作るのは」


 無理だって――と言いかけ、慌てて口をつぐんだ。この状況から更に地雷を踏み抜こうもんなら、本当に跡形もなく消し飛んじゃうかもしれない。ひょっとしたら髪の毛はもう赤黒い靄にやられてチリチリになっちゃってるかも。自分では見れないし、靄の圧で身動きが取れないから確認の仕様が無いが。


 急に押し黙った形になったが、エルカさんは気にせずにそのまま言葉を続けた。


「正確には作るんじゃなく既存の魔法を組み合わせるって感じです。生み出すんじゃなくて、くっ付けるだけ。応用ですね。うふ、実はこういうの得意なんですよ。手持ちの札でなんとかするっていうんですか、抜け道を探すっていうんですか、うふふ、燃えてくるんですよね、うふふふうふうふふふふふふふ」


 うふふふふふふふふ、と不気味な笑い声が空間にこだまするにつれ、赤黒い靄はしゅうしゅうと縮んでいった。よ、良かった……機嫌が直ったようだ。空間の圧が引いて体の自由が戻ってくると同時に、すかさず手を髪の毛にやる。うむ、髪の毛も無事だ。


 そしてエルカさんは手元を見つめ、すいすいっと指を動かしたかと思うと、


「私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る私は出来る」


 と、俯いたまま呪文のように出来る出来ると呟き始めた。正直かなりドン引く光景ではあったが、俺のために魔法を組み合わせてなんとかしてくれるというのだから目を逸らすのもなんだか悪いような気がして、チラリと見てはまたすぐに視線を外す、とこちらもこちらで挙動不審になってしまっていた。


 と、不意にエルカさんが顔を上げ、俺をじっと見据えたかと思うと、「『エルカさんは出来る』って言ってください」と真顔で要求してきた。やだこの神様怖い。


「え、エルカさんは、出来る……」

「声が小さあいッ!!」

「ひぃっ! 『エルカさんは出来る』!」

「もう一声!」

「『エルカさんは出来る』! 『出来る』! 『超出来る』ッ!!!」

「よっしゃいいぞオラァッッ!!!」


 俺はブラック企業の掛け声みたいなのを強制的に叫ばされ、びくびくしながらそっとエルカさんの表情を窺うと、当人は「ふん!」と満足げに鼻を鳴らし、一心不乱に手元をスイスイし始めていた。


 と、とりあえずはなんとかなった、のだろうか……。

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