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辺境のアラサー転生者は黒くて太いのがお好き  作者: 東野木
第一章 草原邂逅編
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1 ことの次第(1)

 ふわふわとした浮遊感の中、ぼんやりと意識が覚醒した。頬から冷たい地面の感覚が伝わる。どうやら俺はうつ伏せで横たわっているようだ。まだ頭に靄がかかったような感じがするものの、同時にすうっと澄んだような感覚もしていた。


 ああ、眠ってしまっていたのか。それも、かなり。


 ここ最近は忙しくて睡眠が十分に取れず、疲れが抜けていないことが当たり前だったのだが、今回は違った。頭の奥に感じる鈍い痛みのようなものは、眠りすぎてしまったからだろう。


 どうせなら、もっと眠っていたい――そう思って瞼を閉じたまま体勢を変え、もう一度眠れないものかと試みるが、意思に反して頭はどんどんクリアになっていく。


 ああ、これはもう目が冴えちゃうパターンだな、と思ったところではたと気がついた。待てよ、こんなにぐっすり眠っていたということは……?


「だああああああああ――ッ! ねっ、寝過ごしたあああああああああッ!!!」

「きゃあっ!?」


 やらかしたという焦燥感と共に飛び跳ねるように体を起こすと、すぐ近くから聞き覚えの無い女性の叫び声が上がった。「え、誰!?」と一瞬焦ったが、そういえば会社の仮眠室で眠ったはずなので、他の社員も仮眠中だったか、と思い至る。


 眠ってる中、こんなでっかい叫び声を聞いたらそりゃあビックリするよな。急いで謝ろうと、俺は女性の声がした方へ向き直って口を開いた。


「す、すみません! 他の方もいるとは気づか――」


 そこで言葉が一度途切れ、少し間が空いてから消え入るような声で「……なくて……」と続けた。言葉が途切れてしまったのは、向き直った先にいた女性が予想とあまりにも違っていたからだ。


 その女性は、少し離れたところでふわりと宙に浮いていたのだ。


 いや、宙に浮いているのも驚きなのだが、服装もスーツなどではなくギリシア人だかが着ていそうな、白い一枚布のゆったりとしたワンピースのような服を身に着けていた。髪は透き通るような真紅のロングヘアで、先の方を布で束ねてゆったりと体の正面側に回しており、目の色も髪と同じく綺麗なルビー色だ。宙に浮いているので正確には分からないが、背丈は百六十センチほどだろうか。


 女優のような整った顔立ちに困惑を浮かべ、あわあわと動揺しながら俺の方を見つめていた。絶叫しながら飛び起きたと思ったら、次の瞬間には俺が固まって黙り込んでしまったので戸惑っているのだろうか。


 と、とにかく何か言葉を続けなければ、と思ったところで更なる違和感に気付く。女性の背後が――いや、背後どころでなく、周囲全てが真っ暗闇に包まれているのだ。自分と女性のいる周辺だけが不思議とぼんやりと明るくなっている。


「え、あれっ!? か、仮眠室じゃない!? どこだここ!?」


 戸惑いの声を上げてキョロキョロとしていると、女性がハッとした表情になり「お、おっほん!」とわざとらしい大きな咳をした。そして、端正な顔をより一層きりりとさせつつ言葉を続けた。


「お前はもう、死んでいますッッ!!!」


 一発決めてやったぜ、というキメ顔で俺をビシッと指差し、高らかに死亡宣告をする女性。そして――


「……はあ!? しっ、死んだ!? は、え、いつどこで!? 何時何分何秒何曜日地球が何回回った時!?」


 突然の死の宣告でパニックを起こす俺。


 え、ということはここは天国なのか? それとも真っ暗だから地獄!? 今まであんなに真面目に生きてきたのに!?


「ああああアアアア――ッ! 話の順番間違えましたああああああああッ!!」


 女性はキメていた顔が瞬く間に崩れ、あわわわと情けない表情になり、腕をぶんぶんと振り回しながらも「え、えっとですね!」と話を続けようとしていた。


「死因は疲労と偏食と睡眠不足で仲の良い上司は杉下さんで、お酒が飲めなくて心臓がビクンビクンッて感じですね!? したがって漫画と甘い物が好きで仲の良い後輩は吉田さんで杉下さんは臭いがキツいですよね!? 名前は牧野新太郎まきのしんたろうさんで、特典が抽選で寝付きが悪く転生出来ますッ!!」


 女性はもはや動揺すら通り越し、血走った目をしてゼェゼェと息を切らしながら必死に言葉を続けていたが、その努力も虚しく喋っている内容は滅茶苦茶だった。その女性はまだ諦めずに言葉を続けるそぶりを見せたが、俺は黙って見ていられず言葉を遮って「お、落ち着いてください! とりあえず深呼吸しましょう深呼吸!」となだめた。


「しっ、深呼吸ですか? すーっ! すーっ! すーっ! すうげへぇッ!? ごッ、ごほオッ! オッ、オエエッ!!」

「いや吸いすぎでしょ!? 吸ったら吐いて! グゥーッと構えて腰をガッとして、後はバァッといってガシャーンと出すイメージで!」

「すーっ! はーっ! すーっ! はーっ!」

「そう! いいよいいよそのシャープが鋭い感じ! 君、センスあるね!」

「そ、そうですか? そんなに?」

「こりゃ百年に一度の逸材かもしんないよ!」


 互いに混乱しているせいか訳の分からないテンションになりつつも、女性は「え、えへへ!」と笑顔を浮かべて「すぅー……はぁー……」とゆっくり深呼吸を続けていた。


 うんうん、これが心と心の交流、コミュニケーションというものだ。出会ったばかりだが、この女性との間に確かな絆が芽生え始めているのを感じた。


 それからしばし女性が深呼吸する様を生暖かく見守っていたが、落ち着いたであろう頃合いを見計らって、俺は再び女性に声をかけた。


「……そろそろ落ち着きましたか?」

「は、はい、おかげ様で……みっともないところをお見せして申し訳ないです……びっくりするとすぐ混乱しちゃうタチでして……両親にも昔から『どうにかした方がいい』って言われてるんですけど、言われてもすぐに治るようなものでもないですしね……」

「まぁ確かに、さっきの取り乱しっぷりは見ていて『どうにかした方がいい』とは感じましたね……」

「うう、て、手厳しい……」


 たはは……と苦笑いする女性は先ほどよりも緊張が取れているようだった。そして「そ、それでは改めまして」と背筋をぴんと伸ばして再び話し始めた。


「ええと、初めまして、牧野新太郎さん。私の名前はエルカ・リリカ。エルカと呼んでください。この空間で、転生する方の案内を担当している神です」

「……転生、ということは……やっぱり俺は死んだ、んですね……」


 語気の弱くなる俺を見て、女性の神様――エルカさんは少し悲しげな顔をしたものの、先ほどとは違って大きく動揺することはなく言葉を続けた。


「はい……死因は心臓発作です。疲労や睡眠不足によるストレスに、偏食や運動不足が合わさって、という感じです」

「あ、仮眠室なんかで死んじゃったということは騒ぎになってるんじゃ……」

「その辺は適切にさくっと事後処理しましたのでご安心を!」

「そ、そうですか? それなら良いんですが……」


 う~ん、「さくっと事後処理」って言い方がなんか妙に軽くて気にはなるが、ひとまずは安心だな。死んでるのを誰かに発見されて「牧野、仮眠室で永眠してるってよ」なんて言われたら困るし。


「ご両親にも異世界で新たな生を受ける旨、及び『転生者遺族給付金』を継続して支給させていただく旨をお伝えした所、大変お喜びになられてましたよ! 特にお父様は『宝くじにでも当たった気分だ!』と小躍りまでなされて……」

「あ、あの糞親父ッ!」


 いかにも親父が言いそうな事なので思わず語気が荒くなる。いくら俺が完全に死んでるわけじゃないとはいっても「宝くじ」はねぇだろ「宝くじ」は!


 すると俺の苛立ちを感じ取ったのか、エルカさんはまた少し慌てていたが、


「しっ、しかしっ! 牧野さんは運が良いですよ!!」


 と、再びビシッと俺の方を指差し、顔を「キリッ!」とキメ直していた。


「まぁ運が良いって言っても死んじゃってますけどね、俺! ハッハッハ!」

「うぐぅっ!」


 エルカさんは俺の鋭い突っ込みでまた喋るのを止め、顔を赤らめながらプルプルと空中で震え始めてしまった。あらま、神様なのに打たれ弱いのな、この人。これは俺がしっかりとフォローしてあげなきゃな。


「ああっ、すみません! 話の腰を折っちゃって……どうぞどうぞ、俺に構わず話を続けてください」

「は、はい……ええっと、運が良いってのはなんていうか、相対的にって話であって、厳正なる審査の結果、これもまぁ恣意的なものといえばそうなんですけど、とにかく、牧野さんは特典つきで異世界に転生できることになったんですよ!」

「あれっ、さっきはなんか抽選って……あっ、何でもないので続けて続けて! まだいけますよ!」

「……抽選もしましたけど、ちゃんと私が審査もしたんですよ? 邪悪な魂の人が紛れ込んだらいけませんからね。牧野さんは審査を通過しましたから、清く正しい魂をお持ちってことなんですよ!」

「ああ~、なるほど。もしかしてストレスが溜まっちゃったのも、清く正しい魂を持ってたから頼み事を断り切れず、引き受けすぎてってことなんですかね……?」

「うぐぐぐっ!」


 エルカさんがまたまた言葉を詰まらせる。やばいぞ、フォローしてあげるつもりがなんだか反応が素直だから楽しくなってきちゃった。いじり甲斐があるっていうか。


 エルカさんはプルプル震えながら沈黙していたが、無理矢理に引きつった笑顔を作ると「そ、それで、ですね!」と話を再開した。おおっ、今度は一人で持ち直したぞ。短い時間ながら成長が見て取れるな。


「て、転生先は剣と魔法と冒険と素敵な何かが入り乱れた、奇妙奇天烈ハイカラな一大スペクタクルミラクルファンタジーの世界です! ドラゴンだとか妖精だとかヴァンパイアみたいな西洋のモンスターだけじゃなく、日本の鬼とか河童みたいな妖怪っぽいのもいるんですよ! ねっ、ねっ、男の方ってこういうの好きでしょう? 盛り上がってきましたか!?」


 エルカさんがぐいっと身を乗り出しつつ俺の同意を求める。「奇妙奇天烈ハイカラ」だの「スペクタクルミラクル」だのという修飾語のセンスはどうかと思うが、確かに剣や魔法やドラゴンという言葉には興味を惹かれる。昔はその手のゲームもやっていたなぁ。


「ほほう、ファンタジー世界ですか……あ、でもドラゴンやらがいるんじゃ、もし襲われたらまたコロッと死んでしまうんじゃ? それと、獣人みたいな人間以外の種族もいるんですか? その世界での言語は? 日本語以外だと英語と中国語をちょっとかじってるくらいなんですけど……あ、その辺は『特典』ってのでなんとかしてくれるってことなんですかね?」

「いやいや大丈夫ですよ、獣人とかもいますが翻訳機能は基本セットに含まれてますし、転生先の世界でさっくり死んじゃわないくらいには強靭な肉体も込み込みです。特典というのはそれらとは別に、転生するにあたって牧野さんの要望を出来る範囲で叶えてあげようということなんです! いえーいっ!!」

「お、おおっ!?」


 半ば無理やりテンションを上げているようにも見えるが、「いえーいっ!」の部分でハイタッチを求めてきたので、つい釣られてパチンと軽快にハイタッチを交わしてしまった。


 エルカさんは「出来る範囲で」というが、そもそも転生まで出来ちゃうということは、その「出来る範囲」とやらはかなり期待できるのではないだろうか? これは胸が高まって来たぞ!


 俺がにわかにテンションが高くなってきているのを感じ取ったのか、エルカさんもすっかり元気を取り戻し、ふんふんと興奮しながら話を続けた。


「さぁ、お望みをどうぞ! 甘い物がお好きなようですから、王侯貴族や大商人として転生して甘い物に囲まれて暮らすとか、大果樹園の所有者とかいうのはどうです? 転生先の世界だと甘い物は結構貴重ですけど、こういう立場なら手に入りやすいでしょう。あ、でもそうなると糖尿病が心配ですから、病気と無縁の体もセットで――」

「いや、甘い物は別に好きじゃないですよ」


 俺は、調子良く喋っていたエルカさんの言葉をすぱりと分断した。

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