プロローグ
口内は渇き切り、喉の奥には張り裂けそうな痛みが走っている。俺の喉は、もうとっくに限界を超えてしまっていた。けたたましい警報が脳内で鳴り響く。「もうこれ以上はやめろ」「早く土下座して許してもらうんだ」「妥協しろ」といった様々な思いが頭の中に浮かんでは、すぐに消えていく。
しかし俺の苦悩など一切お構いなしに、俺と向かい合う形で宙にふわりと浮いているギリシア人風の格好をした女性が、ふいに俺を見据えて大きく叫んだ。
「声ッ!!!」
それを聞いた俺は、喉が必死に脳へと訴えてくる警告を無視し、急いでまた声を張り上げる。
「『エルカさんは出来る』ッ!!」
周辺は真っ暗闇で何も無い空間に、通算155回目となる掠れ声が響き渡った。
真紅の長髪にルビー色の瞳をした女性はそれを聞いて満足したのか、「ふんっ!」と鼻を鳴らして再び視線を手元に落とした。そして何も無い空中へ向かって指でスイスイと指文字を書くような動きを再開する。
俺はその様子を見てほっと安堵した。この「安堵」も、やはり同じく155回目だ。口内に唾液を巡らせ、束の間の休息をじっくりと味わう。
ぼうっと意識のぼやける頭で「そもそもなんでこうなってるんだっけ」と考えてみるが、疲労のためか思考がまとまらず、その場で突っ立ったままぼんやりと虚空を見つめる事しか出来なかった。
そのまま何も無い真っ暗な空間を焦点の合わない目でぼけ~っと眺めていると、また目の前の女性が手の動きを止め、それと同時に「声ッ!!!」と叫び声を上げた。ふわふわと浮遊していた意識を慌てて引きずり戻し、ズキズキと痛む喉を無理やり働かせる。
「『エルカさんは出来りゅ』ッ!!」
あっやべえ! 焦って噛んじゃった!
全身から血の気が引くが、女性は特に気にしていなかったのか、やはり「ふんっ!」と鼻を鳴らして目線を下げ、手元を指でスイスイとする作業へと戻っていった。その様子を見て安心した俺は、「はああっ……」と大きな息を漏らす。
156回目の声出しと安堵が終わり、焼け石に水だなと思いながらも再び口を閉じて唾液を巡らせ、ぼけっと虚空を見つめながら喉を休ませる。そしてまた、「なんでこんなことになったんだっけ」という思いが頭にぷかぷかと浮かんで来る。
ああ、そうだ、こんなことになってしまったのは、俺が「あの言葉」をこの女神様にぶつけてしまったからだった――。