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9話 雪の天使の秘密・前編

 ローエングリン王子が、親友のライ少年とレオ少年を訪ねてから、二日後。

 春の国の王室が、大きく揺れる。


 王立学園から帰宅して、医学の勉強をしていた王子は、国王の元に呼び出された。

 謁見室には、親戚を含めて、王族が勢揃いしている。それから、騎士団長や内務大臣など、王家の腹心と呼べる貴族も。


 何か起こったのだ。急を要する事態が。

 ローエングリン王子の背筋が伸びた。母親の隣に並び立ち、室内を見渡す。

 ざわめきは小さいが、貴族たちは緊張していた。反対に、王族たちは落ち着いている。

 大人の王族は、前もって知っており、子供のローエングリン王子は知らないことが発表されるようである。


 呼び出された全員が集まったらしい。確認した西地方の公爵領地を治める当主が、中央に進み出る。

 西地方の貴族の総元締めであり、西の分家王族である公爵当主が。

 公爵当主は一枚の紙を広げると、国王に向かって内容を読み上げた。


「本日の午前、わが娘が西の戦の国へと、無期限の語学留学に旅立った。

旅立つにあたり、先日の王家の品位を著しく落とした責任をとる為、わが春の国の王位継承権を放棄させた旨、国王に報告する」


 西の公爵令嬢は、高嶺(たかね)の花として、春の国の貴族の息子たちを夢中にさせた娘だ。

 代々、選民意識の強い公爵家に生まれ、一人娘として大切にされた結果、頭がお花畑に育った王女。


 五年前にお見合いしたローエングリン王子は、一生許せないと思った。

 約一か月前に婚約寸前で、逆ハーレムを作られたレオ少年は、軽い女性不信になり、心に傷を負った。

 高嶺の花ともてはやされた王女は、現在、王家に厄災を振りまいている。


「王位継承権放棄は、未来永劫か?」


 公爵当主の報告を聞いていた国王は、そう切り出した。国を治める長は、冷酷に問いただす。

 公爵当主は、長い沈黙の後、ぽつりと答えるた。


「未来永劫なり」

「その言葉に、偽りはあらぬな。一族の前で誓うな?」

「わが言葉に偽りなし。王族としての責務を全うする」


 宰相の地位を父親から受け継げず、副宰相に甘んじている公爵当主は、噛みつくように宣言する。


 家を守るために、娘を切り捨てた。

 日向にいた王女を、影へとおいやることで、公爵家の王族としての誇りを守ることに。


 国王は、満足そうに王家の微笑みを浮かべる。


「良かろう。そなたの宣言は、我が一族すべて、および主要な家臣の前で行われた。

未来永劫、そなたの娘、及び子孫には、王位継承を認められぬ」

「……はて? 娘は、さりとて、子孫も持てぬとは。道理から外れておらぬかな?」

「外れておらぬよ。そなたの祖先は、兄弟たる二方の侯爵家に、王位継承権を放棄させたのだから。

侯爵家は、今も約束を守り続けている。……まあ、北は滅んだゆえ、東しか残っておらぬがな」


 王族の本家と分家は、政権争いをしていた。

 操り人形の国王を作りたい分家の公爵と、政治から切り離したい本家の国王。

 骨肉の争いは、「春の国のため」という、大義名分のもと行われていた。


『……なに、この空気? なんか面倒くさいことになっていそう。

まあ、西の公爵の姫君が王位継承権を放棄したってことは、今の当主で終わりなんだよね。

次は、先代当主の兄弟が、新たな公爵になって、分家を引き継ぐ感じかな』


 政治にうとい、ローエングリン王子は、のんきにそんなことを考える。

 自分自身が政権争いの真っ只中に居るなんて、かけらも思っていなかった。



*****



 謁見室から退室した、直後。人払いしたローエングリン王子の部屋で、レオ少年とライ少年がくつろいでいた。


「ふっふっふっ。あいつら、ついにバチがあたったぞ!」

「……レオ、ソファーが壊れるから暴れないでね」


 レオ少年は、この上なく、上機嫌でソファーにふんぞり返っていた。

 逆ハーレムを作って裏切った、元婚約者候補たちの家族が、相次いで国王に報告してきたのを聞いたから。

 王位継承権を失った王女は、無期限で西国へ留学。ほぼ国外追放と同じ意味。

 子爵令嬢は、領地内にある女だけの修道院で、精神修行を行うらしい。


 ローエングリン王子は、あきれた顔で親友を見つめた。

 二股かけようとしたレオ少年にバチがあたったから、二人から逆ハーレムを作られたのだと思っている。

 軽い女性不信になったのは、自業自得の結果だと。


 レオ少年を無視して、お茶を飲んでいたライ少年。権力争いをしている敵、公爵家のことをふっと思い出した。


「そう言えば、彼女。西国の王家に、見初められるつもりのようですね。身の程知らずって、本当に幸せですよ」

「ライの親戚に、警告の手紙でも送ったの?」

「ええ。私が死んでも妻にしたくない娘だとね」

「王都一の色男の言葉では無いね?」


 お茶を飲んでいたライ少年は、レオ少年の様子に気を配りながら、声をひそめる。肩をすくめながら。


「いとこたちは、レオの悲劇を知っているはずですからね。いくらなんでも、浮気性が原因で王位継承を無くした王女には、手を出さないと思いますよ。

そんなことをすれば、私の母が黙っていません。手を出した王子の王位継承権剥奪を、堂々と訴えると思います」

「……いくらライの母君の言葉でも、西国の王族が、素直に聞くと思えないけど?」

「聞きますよ。西国は、独立国とは言え、戦争に負けてからは、この国の植民地状態ですからね。

逆らうなんてしないと思いますよ。逆らえば、我が国と再び戦争になります。

その際には、三年前に我が国と軍事同盟を結び直した北国が、西国の敵に回る未来が見えていますからね」


 西国の人柱として、春の国に嫁いできた母を持つ、ライ少年。(ひょう)々としているが、政治については、ローエングリン王子よりも見通しが立つ。

 王子は、顔をくもらせた。声の高さを元に戻しつつ、ライ少年に質問する。


「……ライも、北国を怖かってるんだね?」

「ええ、あれほど味方にすれば頼もしく、敵にすれば恐ろしい国は、ありません。

三年前だって、南の公爵家の内乱を武力鎮圧して、甚大な被害が出たはずなのですよ? それでも、我が国の北地方の半分を制圧する軍事力を、まだ持っていましたからね」

「ロー。雪の国を甘く見るな。東国だって、昔、戦争をして負けた結果、国土の半分を北国に取られたんだぞ。

いつ、矛先が我が国に向けられるか、わからん。わが国を守るためには、雪の国とは友好関係を結ぶ必要がある」


 途中から、レオ少年も会話に割り混んできた。行儀悪い格好で、二人を見ている。

 心を許している親友だから、見せる仕草だ。


「……友好関係なんて、終わりなんじゃ。僕がオデットを花嫁にしたいって言うのは、北国を怒らせたよね?」


 二人の言葉を聞いていたローエングリン王子は、ふっと恐怖を感じる。

 人柱の花嫁を奪われた北国は、どんな報復をしてくるか、想像がつかない。


「ロー、心配するな! オデットが居なくても、人柱の花嫁候補は、二人も残っているんだ」

「何も問題ありません。北国は、まだ花嫁の指定をしてきていませんからね。父上たちが上手く、言い逃れしますよ」


 励ますように、明るいレオ少年の声が響く。宰相の息子のライ少年も笑顔を浮かべた。


「早く両親を説得して、国民に婚約発表しろよ?」

「春になれば、北国の定期の使者が来ますからね。それまでに正式婚約すれば、ローの勝ちです」


 大胆不敵に笑って、発破をかける獅子と、飄々と言ってのける豹。


「春!? 冬の間に、何とかしないといけないんだね」


 親友たちに言われたローエングリン王子は、大きく息をはく。

 春までに「雪の天使」を見つけなければ、オデットとの仮婚約は撤回されてしまうかもしれない。

 この国を危険にさらしてまで、親友たちは応援してくれている。

 期待に応えることが、王子にできる唯一のことだった。



*****



 枯葉舞う秋は過ぎ、白い季節の冬がやってくる。あっという間に新年を迎えて、春の国の住人は揃って一つ年齢が上がった。

 ローエングリン王子は十八才に、レオ少年やライ少年は十七才になった。


 王立学園から帰宅したローエングリン王子は防寒装備をして、王家の図書館へ足を運んだ。

 燃え移りを警戒して、石壁に囲まれている図書館は、寒くてたまらない。

 本の管理を任せられている司書(ししょ)の貴族は、いつものように鍵を渡してくれる。この冬の間、ほぼ毎日、王子が入り浸っていたから。

 司書は定時がくると、王子に退出の礼をして、自宅に帰っていく。最近では、鍵をしめるのは、居残りする王子の役目になっていた。


 最近の王子は、祖先の歴史について調べることがマイブームらしい。王宮の使用人たちは、そう噂する。

 長い歴史を誇る「春の国」では、過去に大勢の偉大な国王が居る。王子でなくても、興味が尽きない。


 国王に重用(ちょうよう)されている者は、たいてい、ローエングリン王子と同じ道を歩んでいる。

 歴史に興味を持ち、国と王族について、深く深く学んだ。

 学びはいずれ、雪の天使にたどり着き、白き宝の秘密を知ることになる。

 そして、国王に密かに試され、知識があると判断されたものだけが王族の腹心となっていく。

 一般には明かされていない、王家の秘密の一つであった。



 それはさておき、現在、ローエングリン王子は、硬直していた。

 机の上には、分厚い戸籍の束。最初の方の文字は、知識がなければ読み解けないほど、古い。

 叩けば埃が出そうな年代物を見下ろして、生唾を飲み込む。

 後ろで退屈そうな近衛兵が一人控えているから、心の中で呟いた。


『オデットの母君って、とんでもない血筋だ!』


 そして、同時に深く納得する。


『本当に歌劇みたいだよ、信じられない……』


 医学を勉強しているローエングリン王子は、医者特有の観察眼を持っている。

 雪の天使にたどり着く方法が、他人とは少し違っていた。

 普通は、王族の歴史を学ぶうちに興味を持ち、脇道にそれてから知ることになる。時間がかかる方法で、数年を要する場合もあった。


 けれども、ローエングリン王子は、オデットの母親の容姿に着目した。

 それは、四ヶ月という短期間で、白き宝の秘密を解き明かすことに、繋がる。


 白き宝の秘密を推理した王子は、胸に手を当てると、わざと大きく深呼吸を繰り返す。

 吸っては、背中をそらし、吐いては、前にかがんだ。背中で一つに結んだ銀の髪が、動きに合わせて上下する。

 驚きで、心臓がドキドキしており、落ち着けようと思ったのだ。

 王子の異変を感じた近衛兵が、声をかけてきた。


「ローエングリン様、いかがなさいました?」

「えっとね、五代目の国王の悪行に、目眩(めまい)がしたんだ。東と北の侯爵に打ち取られても、仕方ないよね」

「そうでございますな。かの残虐王は、極悪非道の代表格として、今日(こんにち)も語り継がれるほどですから。雪の天使が、よほど嫌いだったご様子」


 王子が今見ていたページに、視線をやった近衛兵。何気なく返事したようだ。


『……この近衛兵は、雪の天使を知っている!』


 ローエングリン王子は、電撃を打たれたような衝撃を受けた。

 少し沈黙し、考え、カマをかけてみることにする。


「……ねぇ、白き宝って、北国に返さないといけないかな? 自分(ぼく)としては、一生手元に置いておきたいんだけど。オデットは、手放したくないからね」

「王子のお心のままに。ですが、他の宝を返さねばならぬでしょう。

アンジェリーク嬢が、最有力候補かと。個人的な見解でございますが」


 カマかけは成功した。近衛兵は、ポロリともらしてくれる。


『やっぱり! 白き宝は、オデットたちなんだ』


 王子は心の中で、歓喜の声を上げた。カマかけを悟られないように、言葉をつむぐけれど。


「白き大地の白き宝を制するものは、国を制する。雪の天使は、白き宝を守る……か。ご先祖様も、うまく隠したね。

白き宝は『塩』だと思わせておいて、本当は『雪の天使そのものが、白き宝』なんてさ」


 王子がそこまで口走ったとき、近衛兵は本性を現した。


「ローエングリン様、誠におめでとうございます。

真実にたどり着いた者は、王太子になれる資格を得ることになります。わたくしめが、見届け人として、ご報告しますゆえ、ご安心を」

「自分が……王太子!?」

「はい。ニの姫とご婚約されたローエングリン様なら、国王陛下も、後継者の一人として認めてくださりましょう」

「……いつから、自分を見張っていたの?」

「図書館通いが顕著になられ、歴史に興味を持たれた、年末からです」

「あっそ。それで、近衛兵や使用人の中に、国王や先代国王付きの者が混ざっていたわけね。君みたいに」

「はい。ローエングリン様、そろそろ自室へお戻りください。冬は冷えますゆえ。

それから、そちらの紙は処分を」


 近衛兵に促され、机の上に散乱した紙に視線を向ける。


『……これ、捨てなきゃ』


 動揺を隠しきれない手で、ペンを握った。あちこちに書いた単語を、一つ一つ塗りつぶしていく。

 メモ書きした紙は、後で暖炉で焼いて灰にするつもりだ。けれども、燃え残りが使用人に見られるかもしれない。

 だからこそ、念入りに塗りつぶした。


「………ねぇ。レオやライは、もう知ってるんだよね?」

「知っておられるでしょうな。三年前に、あの男爵家に滞在されましたから。

そうでなければ、ローエングリン様に、わざわざ二の姫をお勧めしますまい」

「そっか。やっぱりそうだよね」


 ローエングリン王子も、近衛兵も、そう思い込んでいた。買いかぶりである。

 レオ少年も、ライ少年も、雪の天使の秘密をまだ知らない。

 知るのは、もう少し先。春が来て、北国の使者が訪れたころ。

 雪の天使本人からヒントをもらって、ようやく真実にたどり着くのである。



 ローエングリン王子は塗りつぶした書類をかかえ、図書館のカギをしめる。国王付きの近衛兵を従えて、王宮の廊下を歩き出した。


 冬の太陽は、すぐに暮れていく。変わりに昇るのは、控えめな月。

 王子の銀の髪は、 月明かりを反射した。夜の湖面を思わす輝きを伴い、末っ子の王子は足音を響かせる。

 ゆっくりと大地を踏みしめる姿は、揺るぎない覚悟を秘めていた。



*****



 月が、だいぶ天高くなったころ。

責任感の強い長女は、ローエングリン王子の自室に入ってきた。

 藍色の上着が、衣擦(きぬず)れの音を(かす)かにさせる。上着の下に見える衣装は、白色をまとっていた。

 世界でも高級品とされる、北国の綿をふんだんに使った、白いドレスを。


 王子は目配せすると、室内にいた近衛兵の一人が扉にカギをかけ、前に立つ。廊下でも、同じように近衛兵が扉を守っていた。

 全員が、国王や先代国王の腹心。すなわち、雪の天使の秘密にたどり着いた者である。


 王子は(こうべ)をたれると、王族の男として、最上級の礼をする。


「ようこそ、わが部屋に来て下さいました。本来ならば、自分(ぼく)が、足を運ばなくてはならない所を、申し訳ありません。

わが部屋は、防音がきいておりますので、あなたとの会話に最適と思った次第です」


 そこまで言うと、王子は顔を上げる。美少女の青い瞳を、一度見つめた。

 軽く唾を飲み込むと、しっかりとした口調でつむぎだす。


「ようやく、姫君(ひめぎみ)を見つけました。春の国の王族である自分と、話をしていただけますね? 

雪の国の正統なる、最古の分家王族。南の雪の天使、アンジェリーク王女」


 呼びかけに合わせて、藍色の上着の上で、太陽の光を集めたかのような金髪が動く。

 王家の血を持つ美少女は、雪のような白い肌に、肯定の微笑みを浮かべた。


 歴史の影に隠れていた王女が、ようやく日向に。ローエングリン王子の前へ、姿を表したのである。

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