3話 不釣り合いな相手・後編
ローエングリン王子の親友たちは、王子の部屋で沈黙のお茶会を続けていた。
出された茶菓子に手を伸ばし、優雅に味わい始める宰相の息子。
ライ少年は、思考を働かせる。先ほど入室したときの様子を思いだしながら。
ローエングリン王子の部屋に入ってきたとき、二人組に続いて入室した侍女と近衛兵。王家の分家である、西の公爵の息がかかった者たち。
本人たちは気を回して入室したようだが、宰相の息子としては、二人組の動向を監視するつもりだろうと勘ぐってしまう。
権力争いをしている相手の部下の前で、うかつなことは言えなかった。言葉を選びつつ、王子に話しかける。
「ロー。なぜ、五年前に、西の公爵家の一人娘を妻に決めなかったんですか?
あのとき決断しておけば、現在のようなことには、ならなかったと思いますよ」
「そうだ、そうだ。お前が断るから、僕はとんでもない目にあったんだぞ!」
「……それ、今、関係ある? レオの場合は、自業自得だしさ」
悪友とも言える親友二人組は、ローエングリン王子をじいっと眺めてきた。獅子のような少年は、恨み節を言う。
ローエングリン王子も、負けじとジト目になり、一人っ子の親友たちを見返した。
後継ぎに決まった直後のローエングリン王子は、兄を失った悲しみに押し潰されていた。
悲しみの淵から救いだしてくれたのは、この二人。今も昔も、変わらず親身になってくれる、親友だった。
一人っ子の親友たちは、幼いころから自分が後継ぎだという自覚がある。
突然、後継ぎに成り上がったローエングリン王子に、後継ぎの心得やらを教えたりして支えてくれた。
親友たちの助けを借りつつ、ようやく立ち直った王子。次に起こした行動は、将来の花嫁を見つけること。
……悪友の吹き込んだ、後継ぎの心得の一つらしい。
父に願い出て、花嫁探しのお見合いの日々が始まった。
ローエングリン王子の理想は、兄の婚約者のような人。博愛の精神を持ち、民衆から慕われる花嫁。
最初のお見合い相手は、西の公爵家の一人娘だった。
気品と美貌を持ち、貴族の息子たちにとっては、高嶺の花である王族の姫君。
「無理。彼女と自分は、性格が合わないから。一人っ子って、自己主張が激しいし、ワガママだし。君たち以上に、手におえないよ」
「私は自己主張なんて、激しくありませんよ」
「僕も、ワガママじゃない」
「……相変わらず、自覚ないよね、君たちって」
そんな、ローエングリン王子のつぶやきは、二人に届かない。
昔から、一つ年下の親友たちに振り回されている王子は、諦めのため息を吐く。
「自分は、花嫁にしなくて良かったと思ってるよ。
お見合いの席での、あの言葉は、いまだに忘れられないから」
「その『忘れられない言葉』って、なんだ? お前、ずっと胸に秘めて、僕らにもしゃべってくれないだろう」
「……ごめん、それだけは言えない。彼女は親戚だから。
自分は王族として、品位を保たねばならないから」
ローエングリン王子は、獅子のような少年を見やる。少年は、仏頂面だった。
言えなかった。絶対に言えなかった。
忘れられない言葉、一生許せない言葉。
お見合いで二人っきりにされたとき、逃げ出したほど衝撃を受けた。
帰宅後、両親に泣きながら訴えたら父親が激昂し、言葉巧みに縁談を断った。
母親は、西の公爵家とは、心の中で一線を引いて、親戚付き合いをするようになる。
西の公爵家とは、反りが合わない。
ローエングリン王子が、子供ながらに感じた、思想の違いである。
「……自分よりも、レオの方がよく知ってるんじゃない? 婚約寸前まで行ったもんね」
「あんな女だとは、思わなかった。僕と言う存在がありながら、あいつは!」
高嶺の花の被害者は、腕組みすると、低い声になる。
獅子の声には、地獄から響くかのような、怨念が込められていた。
二人の会話を聞きながら、宰相の息子は、優雅にお茶を飲む。もくろみ通りに進んでいる会話に、内心ほくそ笑んだ。
宰相にとって、西の公爵は邪魔な存在。政治にうといローエングリン王子は、水面下の権力争いなんて、知らないだろうけれど。
「そうですね。婚約目前なのに、他の男と自室で二人っきりになるなんて、私も信じられませんよ。
私ですら節度を持って、大勢の前で二人の世界を作ることにしています」
「僕の見てきた限り、毎回違う相手だったぞ。公爵当主も娘に甘いとは言え、二人っきりにするのを許すなんて……何を考えているんだ!」
「美人好きのレオが、子爵家の娘にも、心奪われたからでしょう?
運命の恋人を探しているのに、二人の女の子を追いかけたのが悪いよ」
……宰相の息子のもくろみは、察していないローエングリン王子によって、打ち砕かれる。
「うるさいな! 公爵家が正室で、子爵家を側室にすれば、問題なかっただろうが!
……子供は一人じゃ、ダメなんだ、最低二人。もしものときのため、兄弟が必要だ。ローの場合みたいに」
「一人の花嫁でも、良かったんじゃない? オデットの家みたいに、一人の母親から五人の子供が生まれることもあるしさ」
「公爵家は、一人娘だぞ? 子爵家の方は、三人兄弟の末姫だ。一人娘を嫁にして、子供が一人っ子じゃ困る!」
獅子のような少年の子供じみた言い分に、ローエングリン王子はあきれる。
続く少年の言葉には、本音が隠されていたけれど。
「僕の母上は、なかなか子宝に恵まれず、苦しい思いをしたって言ってた。
僕が産まれたあとも、『次は娘を』という、重圧に晒され続けたって……。
だから、嫁が二人いれば、息子も、娘も、生まれる確率が高くなるだろう?」
「ロマンチストな、レオらしくない発言だね。
それは君一人の考えであって、花嫁の考えじゃないでしょう?
一度、女性の本音を聞いてみた方が、良いんじゃない。平手打ちされると思うけど」
思い詰めたような顔になる、獅子のような少年。王子は困った顔で、親友を見る。
親友が思い詰めた原因は、たぶん、ローエングリン王子。
兄が亡くなり、弟が後継ぎになる過程を見てしまったから。
一人っ子のレオには、代わりになる弟や妹がいない。本人が後継ぎを残さずに死ねば、家が立ち行かなくなる。
だから、早めに後継ぎを残したいのだろう。
まだ十六才なのに、色々考えている。
考え過ぎて、本末転倒だ。
「あのさ。公爵家の姫君は、側室を蹴落としたいから、高位貴族の子息たちに相談してたんだってね。
子爵家の子も、同じ。レオの正室になりたいから、貴族の子息たちを部屋に招いて相談していたって、聞いたよ」
「だが、あいつら、おかしいぞ。嫁入り前なのに、他の男と二人っきりになるなんて!
父親だって、普通許すか!? 正式な婚約目前の僕が居るんだぞ!」
「二人っきりね……どちらも使用人が室内で控えてると言う、言い分だったよね。
まあ、会話内容は、年頃の貴族らしく、恋の駆け引きばかりだったらしいけど」
獅子のような少年は吠えた。不機嫌剥き出しで、ローエングリン王子に食ってかかる。
やんわりと受け流した王子は、宰相の息子に視線を移した。
恋の駆け引きを楽しむことで知られる、王都有数の色男へ。
「いやはや、手厳しい視線ですね。背徳的な秘密の恋は、燃え上がるそうですけど。
私の趣味では、ありませんよ。私は、健全な交遊を望みますからね」
「健全ね。あれだけ女の子に甘い言葉をかけているのに、誰にも嫌われない君が不思議でたまらないよ。
それにレオと同じ、一人っ子だよね。花嫁を決めようと思わないの?」
「私は、女性を平等に扱いますから。あなたたちと違って、今は青春を謳歌したいんですよ。
特定の一人に決めるなんて、まだできません」
にこにこと笑みを浮かべる、宰相の息子。
物腰柔らかな豹のような少年は、理想の白馬の王子として、娘たちを虜にしている。
飄々と本音をかたる親友に、ローエングリン王子は、両手を肩近くまで持ち上げて、身ぶりで答えた。
『バカにつける薬は無いね』
そんな態度を取られても、宰相の息子は笑みを崩さない。
本音を語れる、数少ない親友を大切に思っているから。
「レオの方はどうなの? 公爵家や子爵家の姫君の件は、そろそろ吹っ切れた?」
「アホ言え、まだ一か月だぞ! 傷口に塩をぶつけるな!」
あえて空気を読まなかったローエングリン王子は、獅子のような少年にも声をかける。
二人の娘を追いかけたあげく、二人ともに逆ハーレムを作られ、裏切られたレオ少年。氷の視線で王子を睨み付けてきた。
おっとりした王子は眉を寄せると、声を潜めた。
「でも、君の意思で、次の婚約者候補を探してくれって、父君に言ったんだよね? 良い勉強になったんじゃない?」
「……まあな。手痛い授業だったぞ。あんな浮気性の嫁は、いらん。
あいつらには、愛想が尽きた。人間として、軽蔑しか残っていない。
嫁にするなら、純情で、僕だけを見てくれる女にする」
「レオの新しい婚約者の最有力候補は、東の侯爵の姫君だったよね。
妥当じゃない? 父方の祖母の出里の姫君だもん。信頼度も高いし。
語学留学で、三年ぶりに東国から帰ってきたら、美人に育ってたよね」
「……ソバカスが目立つぞ」
「ソバカスなんて、大人になれば消えるって。心の整理がついたら、口説いたらいいと思うよ」
「う……うん。今すぐは無理だがな」
王家の微笑みを浮かべるローエングリン王子に、歯切れ悪く答える獅子のような少年。
ちらりと、いとこのライ少年を盗み見る。
宰相の息子は上機嫌だった。
権力争いの相手、西の公爵の手先の侍女や近衛兵の顔色が、とても悪くなっているのを見届けたから。
ご機嫌よろしく、近くの侍女たちを呼び寄せ、歯の浮くような台詞を投げ掛けている。こちらの会話には、全然気付いていない。
レオ少年は、ほっとした表情になると、ティーカップに手を伸ばす。
「……口説けるか、ライの初恋相手を。ローの鈍感め!」
獅子のような少年は、おっとりしている王子に悪態をつく。
お茶と共に、苦い本音を飲みこんだ。