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15話 春の国の王子様・前編

 オデットとの正式婚約が承認された、翌日。

 王宮の医務室へ向かっていたローエングリン王子は、西の公爵や公爵分家の人々とばったり出会う。

 ……出会うと言うより、待ち伏せされていた。


 新興分家王族の王子は、最も古き分家王族たちに頭を下げて挨拶する。

 西の公爵当主は、挨拶に答えず、冷酷な視線を送ってきた。


『……睨んでるつもりなのかな?

あんまり怖くないけど。アンジェの視線の方が、もっと威圧感があるし』


 ローエングリン王子は、平然と受け止めた。

 はっきり言って、軍事王国の王女としての態度を取るときの、アンジェリークの視線の方が恐怖感をあおる。

 西の公爵当主の視線は、王女に比べると子供のようだ。

 規格外の相手と接し続けた結果、ローエングリン王子は知らないうちに肝が据わったらしい。


「ローエングリンは、政治に興味が無いと思っていたが、なかなか考えていた様子。

わが娘との見合いを断ってまで、男爵の妃を迎えるつもりだったのだから」


 オデットと出会う前のローエングリン王子なら、冷や汗をかきながら対応しただろう。

 今は違う。悠然と王家の微笑みを浮かべて、感情を隠した。

 萎縮せずに、西の公爵当主に言い返す。


「王妃になる王女を花嫁に迎えるなど、できません。

それよりも、西の公爵家に塩の採掘権をお贈りする方が、よほど価値があります。

亡くなりし兄の意志を、弟である自分(ぼく)が継ぐのは当然ですからね」

「……ほう、兄の意志とは?」

「兄の婚約者は、山の塩の採掘権を持つ侯爵令嬢。そして、自分の婚約者には、湖の塩の採掘権を持つ伯爵令嬢を選ぶつもりでした。

医者伯爵家に娘が生まれれば、西の公爵家に輿入れする約束があります。

ですが、西の公爵の一人娘は、王妃確定でしたからね。医者伯爵家は、塩の採掘権を持つ王女を、王太子の伴侶として、送り出せるはずでした」

「……ずいぶんと気長い計画を立てたものだ。その計画は、破綻したが」

「いいえ。副宰相様が公爵分家の子供と養子縁組をされれば、計画は続行できますよ」


 公爵当主の視線に負けず、落ち着いて言い放つ、ローエングリン王子。

 意味ありげに、西の公爵の分家たちに視線を送った。


「六年前のはやり(やまい)で兄も、侯爵令嬢も、伯爵令嬢も亡くなって、少々予定は狂いましたが……好機は巡ってきました。

二つの塩の採掘権は、四年前に男爵家に集約したのです。自分の婚約者のオデットは、その男爵家の娘。

将来、医者伯爵家に生まれる子供は、二つの塩の採掘権を持つことになりますよね?」


 今度は、西の公爵当主を見た。鋭い眼差しに、政治にうとい王子の面影は無い。

 西の公爵当主は沈黙して、いつもと様子の違うローエングリン王子の発言を待つ。


「娘だったら、西の公爵家に嫁ぐ約束です。

副宰相様は養子縁組して、二つの塩の採掘権を持つ王女を、花嫁に迎える準備をしてくだされば良いだけ」

「……本家王族を裏切る覚悟があると?」

「裏切っていませんよ。うちは、中立の王族ですからね。

いずれ、西の公爵家と医者伯爵家の血を持つ花嫁を、本家に提供することになるでしょう。

塩の採掘権を、本家より先に西の公爵家へ、もたらす事になるだけの話です」


 淀みなく、スラスラと述べる、ローエングリン王子。

 王家の微笑みには、本家を出し抜こうとする野心が溢れている。権力を得るために、西の公爵家を利用すると、言外に告げていた。


「……よかろう。今回は、見逃してやる。

ただし、王女が生まれれば、即刻、我が家にもらうからな」

「ありがとうございます」


 西の公爵当主は、ローエングリン王子を一瞥すると、踵を返す。ひとまず手を組むと意思表示をした。

 とにかく塩の採掘権を持つ王女が必要だ。待望の子供が生まれるまでは、医者伯爵家は暗殺されない。

 ローエングリン王子は頭を下げて、西の公爵たちをやり過ごした。


 しばらくして顔をあげ、無表情になる。


『……レオたち、凄いや。言うとおりになっちゃったよ』


 心の中で呟く、ローエングリン王子。

 将来生まれる可愛い娘を、人の皮をかぶった化け物の家に、輿入れさせたくない。

 他力本願な側面のある王子は、頼りになる親友たちに相談した。

 西の公爵家と権力争いをしているレオ少年とライ少年は、喜んで手助けしてくれる。

 変わりに、別の約束を押し付けられたけれど。


 さっきのローエングリン王子の言葉を受けて、西の公爵の分家たちは争うはずだ。

 本家と養子縁組をして塩の採掘権を持つ子孫を得れば、公爵分家の中で頂点に立てることになる。

 西の公爵一派が内部分裂してる間に、レオ少年たちが何とかする作戦だ。

 ……後始末を親友に丸投げするあたり、ローエングリン王子が政治に強くなるのは、もう少し大人になってからのようである。



『……うん、持つべきは親友だね♪

兄上は、そう思ってたから、レオたちと仲良くするように言い聞かせてくれてたんだ』


 亡くなった兄は、ローエングリン王子がレオ少年やライ少年と一緒に王宮を抜け出して遊んでも、あまり怒らなかった。

 今思えば、大切な弟が本家王族と友情を育むように、誘導していたのだろう。


 雪の天使と婚約した兄は、塩の採掘権と雪の国への影響力を切り札に、王族として生き抜こうとしていた。

 ローエングリン王子は、雪の天使のオデットに恋をしたあとに、兄の計画を知る。

 医者伯爵の未来の当主として、計画を引き継ごうと決めた。内容は少し変更になりそうだけれど。

 ローエングリン王子とオデットの子供は、レオ少年やライ少年の子供と結婚式を挙げるはずだ。




*****




 春の国は、一年の中で最も美しい季節を迎えた。

 北にある雪の国も、雪解けの季節。もうすぐ、使節団がやってくる。

 春の国の王宮では、出迎えの準備がすすめられていた。

 そんな中、医者伯爵親子は国王に呼び出される。


「北の新興伯爵家に?」

「オデットを正室にすると決定したのだ、そろそろ家族に挨拶に行くべきであろう。

本来ならば、相手方を王宮に呼び出すべきだが、今は使節団の出迎え準備で忙しい。

使節団の通る北地方の視察も兼ねて、医者伯爵家に行ってきてもらいたいのだ」

「分かりました、国王様のお心のままに」


 医者伯爵親子は、頭を下げて承知する。

 ローエングリン王子とオデットの正式婚約が承認された王国会議の後から、貴族たちの医者伯爵家への態度が変化してきた。

 雪の国へ影響力を持つ、貴重な分家王族と見なされつつある。

 医者伯爵家は国王派になり、新たな人柱の花嫁について話し合う密命を帯びたと、謁見を見守っていた大臣たちは判断した。




 医者伯爵家の親子三人が乗った馬車は、街道を進む。

 ローエングリン王子は、浮かない顔で外を眺めていた。

 北地方は、王子にとって、恐ろしい場所だった。憧れの兄が亡くなった場所。

 医学に精通する兄が、はやり(やまい)の「(ねむ)(びょう)」負けてしまった場所。

 息子の弱点を知る父親は、ぼそりと尋ねる。


「北は怖いか?」

「……うん。でも、姫君の生まれ育った場所だから、きっと好きになれると思うよ」


 北に近付くにつれ、街道の脇には、雪をかぶった場所が増えてきた。

 南や東西地方と違って、町と町の間に何もない。


「北地方への道って、さみしいね。母上の故郷へ行くときと違うよ」

「これでも、一応、侯爵領地に通じている。今は新興伯爵家の領地だが。

侯爵領は、残虐王が自分の王位を守るために、弟を侯爵に封じて追放した土地。雪深い北地方は、流刑地に適していた」

「知ってる。山の塩が見つかったから、残虐王は焦ったんだよね?

塩の採掘権で争った結果、実の弟を殺して『山の塩の採掘権は、国王にある』と主張したって、歴史書に書いてたよ」

「もう一人の弟、東の侯爵は、次は自分が処刑されると怯えて、これが革命に繋がった。

残虐王は、先に見つかっていた湖の塩の産地を治める、三代目国王の息子家族を殺して、不動の国王位と湖の塩の採掘権を手に入れていたからな。

弟が兄を敵視しても仕方ない」


 北地方にある湖の塩の産地は、歌劇「雪の恋歌」の発祥地。

 雪の国の権力争いで春の国に避難していた、南の公爵家の王女と、春の国の三代目国王の末息子が出会い、結婚式を挙げて暮らしていた場所だ。

 残虐王は、影響力の強い王子一家を、まず殺した。そして、四代目国王の父親も暗殺する。

 弟たちは王位継承権を放棄させたうえで、痩せた土地の北や東地方に追い払い、五代目国王の王位を手に入れたのだ。


「南地方は、海を挟んで南国と交流があったゆえ、王国の拠点の一つとして、建国前から栄えている。街道が賑わっている理由だな。

革命の拠点になったことは、勉強したか?」

「うん、したよ。三代目国王の娘は、南の侯爵家に降嫁したんだ。

そして、侯爵家に生まれた娘は、人柱の花嫁として、海向こうの南国の王家へ行ってたはず」

「南の侯爵家の王位継承権を放棄させれば、怒った南国の王家が攻めてくる。

見逃された王位継承権のおかげで、南の侯爵家から六代目国王、善良王を即位させることができた」

「善良王は、すごい行動力だよね。

東と北の侯爵家を後見人にして、南国の王家を味方につけ、残虐王を倒すための革命を起こしたんだもん。さすがご先祖さまだよ!」


 医者伯爵夫人は、末の息子と夫の世間話を、懐かしく、そして、悲しく思いながら聞く。

 六年前に亡くした息子も、父親と同じような会話をしていた。


「革命を起こす上で、雪の国も関連している。こちらも勉強しているな?」

「えっと……全員処刑されたと思っていた湖の王子一家には、双子の王女が残されてたはずだよ。

昔の王国では、双子は不吉だって信じられてたから、一人は雪の国の南の公爵家へ、養女に出されてた。

もう一人の王女は、王子と仲の良かったいとこ、北の侯爵に預けられて、侯爵令嬢として育てられた。

それで、雪の国育ちの王女は、革命が起こったときに、春の国へ戻ってきたんだ。

妹と再会して、両親の敵を打つために、雪の国の軍を率いてね」

「ふむ……去年の暮れに、しっかり勉強したようだな。

雪の国の軍を率いた王女の情報を掴んだ善良王は、密かに北地方に訪れていた。

そして、雪の国の王女が、本当は春の国の王女だと知り、自分の伴侶にすることに決めたのだ」

「三代目国王の孫同士の結婚だからね。

雪の国が『善良王を春の国の正式な国王』として支援して、南国も認めてるのも当然だよ。

南北の国が動けば、東西の国も、残虐王との関係を遠ざけて、善良王に近付くよね」

「孤立した残虐王は、雪の国の軍事力に押されて、肥沃な西地方の離宮に立てこもった。

最後は善良王に敗れ、自害したと言われる」

「えっと……善良王は、子供に罪は無いとして、残虐王の一人娘だけは助け、血筋を残すことを許した。

これが西の公爵家の始まりだったよね」

「そうだ。わが祖先である善良王について、そこまで学んだとあれば、父親として嬉しい。ようやく兄に追い付いたな」

「ありがとうございます」

「偉大なる祖先に恥じぬように、これからも頑張るのだ。将来の医者伯爵当主として」

「はい、父上!」


 馬車から聞こえる親子の会話に、護衛の騎士たちは優しい笑みを浮かべる。

 おっとりしたローエングリン王子の努力を、気難しい医者伯爵当主が、兄に匹敵すると認めたのだ。

 幼い頃から兄が目標と言っていた王子にとって、これほど嬉しいことはあるまい。

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