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1話 心奪われた王子様

 十七才のローエングリン王子は、婚約者がまだ居ない。

 過去五年間、お見合いをしまくって、気に入る相手がおらず、断り続けることで有名な王子だから。


 見かねた親友の紹介で、久しぶりにお見合いをすることが決まる。

 お見合い相手は、北地方の男爵、改め、伯爵家の十三才の次女。

 平民出身の母を持つがゆえに、王子の見合い相手として、ずっと名前が上がらなかった貴族令嬢である。


 オデットの家族である、第五位の男爵から、第三位の伯爵になる予定の四代目当主。

 たいへん、王家の覚えがめでたく、王宮で重用(ちょうよう)されている人物だった。

 五十年に一度しか行われないとされる、「陞爵(しょうしゃく)の儀」を実現させた、若手の切れ者。

 陞爵とは、貴族の爵位が上がることで、なかなか実現しない。

 そんな夢物語を、宰相の推薦で実現した当主は、現在の立身出世の代表格として、有名人になっていた。


 オデットの一家は、この陞爵の儀に出席するため、北地方の田舎から上京してきた。冬支度で忙しい、秋の季節に。

 五人兄弟のうち、幼い弟や妹は使用人と宿でお留守番。

 これから伯爵夫人となる母親や、五代目当主になる予定の兄と共に、オデットは王宮を訪れ、儀式に臨んだ。


 陞爵の儀の後の宴で、オデットは、五年前から思い描いていた将来の夢を、何気なく語る。


「私は、将来、医者になりたいです。病気にかかった人を、一人でも助けたいから」


 思い出すのは、はやり(やまい)で亡くなった人々。大切な家族や親戚たち。

 夢見るような口調で、叶えられないと知っている夢を語った。



 その夢が、オデットの運命を、ガラリと変えると知らずに。



 陞爵の儀の二日後、国王陛下に謁見した後、帰宅するはずだったオデット一家。

 宿屋を引き払った一家は、しばらく王宮に滞在することになる。

 謁見の後、すぐにローエングリン王子とのお見合いが、組まれたためだ。



*****



 見合いの席で、ローエングリン王子は自己紹介をする。 

 お見合い慣れしている王子は、王家の微笑みを浮かべた。感情を隠すための仮面を。

 仮面の下で相手を観察しながら、軽やかに舌を動かす。

 緊張しているはずの相手を、しゃべらせるために。わざと軽く首を傾げると、一つに結んだ銀の髪が背中で踊る。


自分(ぼく)は、ローエングリンだよ。知ってるよね?」

「はい、先日の儀式のときに、お会いいたしました。医学を学んでいる王子様だと、お伺いしております」

「うん、有名だもんね。じゃあ、君のこと教えてくれるかな?」

「私は北の新興伯爵家のニの姫、オデットと申します。将来、医者を志しております。

ですから、私が医者になるために利用していると感じたのなら、この場ですぐに断ってください。

王家の力を借りなくても、自分で師匠を見つけて、弟子入りして医者になりますから」


 オデットは、(きも)の座った美少女だった。微笑みを浮かべて、さらりと言ってのける。

 横で聞いていた伯爵家の当主は、目を丸くした。落ち着いているようだが、内心、穏やかではないだろう。

 母親のほうは、微笑みを浮かべて、フォローする。


「意志が固くて、口達者な子ですから」

「……そうみたいだね。こんな風に言われたのは、さすがに初めてだよ」


 見合いの達人と化している、ローエングリン王子も、わずかに驚いたようだ。

 感情を隠す、王家の微笑みをやや崩しながら、受け答えした。


 両家は、しばらく儀礼的なやり取りを交わす。

 そして、二人っきりで話なさいと、主役の二人は王宮の中庭に追い出された。


「オデット?」

「はい、なんでしょうか?」

「なんで、自分(ぼく)の手を握ってくれないのかな?」

「どうして、握る必要があるのですか?」


 (しょ)っぱなから、これだった。

 エスコートしようとローエングリン王子が差し出した左手を、オデットは取らない。王子が催促すると、きょとんとしていた。


「えっとね、自分はエスコートして、中庭を案内するつもりなんだけど。

オデットは、ここに来たこと無いから、一人で歩いて転んだら困るでしょう?」

「ああ、気付かなくて申し訳ありません。王子様がエスコートするのは、舞踏会で踊る相手だけかと思っておりました」

「いや、舞踏会だけじゃなくて、色々な場面でエスコートするよ?」

「……それも、そうですね。『雪の恋歌』や『王家物語』でも、王子様がヒロインの手を取っておりましたから」


 納得したのか、オデットはローエングリン王子の左手をとった。 

 いつものようにエスコートし始めた王子は、王家の微笑みの下で考える。


『なに、この子。不思議ちゃん? それとも、世間知らず?

手を握るだけなのに、歌劇を引き合いに出すなんて、変わってるよ』


 心の中で、身近にいない人種に、大きく戸惑っていた。



 ローエングリン王子は、今日の天気や、庭の植物の説明など、当たり(さわ)りの無い会話を交わす。

 オデットは表情豊かに、相づちを打っていた。

 小さな花に目を輝かせ、庭の飾りに感動する。オモチャ箱を前にした、小さな子供のように。


 ローエングリン王子は、王家の微笑みの下で、見合い相手を観察していた。


『……この子。立ち振舞いが、高位貴族並みだ。

男爵家出身で、母親は平民のはず。下位貴族の娘とは、とても思えない』


 他人に見られることを前提とした、魅せる仕草。高位貴族の公爵や侯爵、王族の子供が、幼い頃から練習して身に付けるもの。

 それを、田舎育ちのオデットは、すでに身に付けていた。ごく自然に行っている。


 王子の前だから、無理して行っている……ようには、全然見えない。

 無理してる場合、ローエングリン王子は簡単に見抜ける。五年間、お見合いしまくったのは、伊達(だて)ではない。


『……オデットの姉君も、洗練された動作だったっけ。不思議な家族だな』


 ローエングリン王子は、新興伯爵家の長女を思い浮かべる。

 オデットそっくりで、絶世の美女である母譲りの容姿を持つ、美少女を。


 思考が反れつつあった、ローエングリン王子を、オデットは見上げていた。

 瞳を輝かせて、生き生きした表情で、ローエングリン王子の服を引っ張る。


「王子様? 王子様!」

「なに?」

「今度は、どこに連れて行ってくれるのですか? ここは、見たことが無いものばかりで、楽しいです♪」

「あ……ごめんね、そろそろ戻ろうか。あまり遅くなると困るでしょう」


 いつものようにお見合いして、いつもくらいの時間に切り上げようとした、ローエングリン王子。

 周囲の近衛兵に目配せする。そろそろ茶番劇を終わらせると。


 オデットに対する感想は、いつものお見合い相手くらいの薄い印象。花嫁にするには、これといった決め手が無い。

 最初の「医者になりたい」宣言も、いつものお見合い相手が使う、美辞麗句(びじれいく)と判断していた。


 オデットは、聞き分けが良かった。軽く頷くと、エスコートしようとするローエングリン王子に、大人しくついていく。

 他愛ない世間話をするかのように、オデットは王子に話しかけていた。


「……そうですね、帰ります。もう王都をたたねば、今日中に宿場町(しゅくばまち)に、たどり着けませんから」

「え? もう領地に帰るの? 今日、自分とお見合いした自覚ある?」

「はい、王子様とお見合しました」

「普通、結果が出るまで、王都に滞在するよね?」

「それは、普通の場合ですよね?

私の場合は、役目を果たしたので、滞在する理由がありません。領地に帰ります」


 ローエングリン王子は足を止めた。あっけに取られて、小柄な相手を見下ろす。

 オデットからの返事が、予想の斜め上だったから。


 返事の内容を理解した王子は、不機嫌になった。オデットの手を強く握ると、ずんずん歩きだす。

 長椅子を見つけると、強引にオデットを座らせ、自分も隣に座った。

 驚いた顔でついてくる近衛兵に、片手を挙げると、もう少しここで過ごすと伝える。


 王子はきょとんとしているオデットを見下ろすと、顔を近づける。

 小さくはっきりした声だが、低くて、ひどく荒れた口調だった。


「あのさ、役目を果たしたって、どういう意味? 答えて!」

「どうして、怖い顔をなさるのですか? このお見合いは、王家の皆様が仕組まれたものでしょうに」

「仕組んだ? 意味わかんない。きちんと説明して!」

「お姉さまが、言っておりました。『雪の天使の私たちが、春の国の王家に嫁ぐ可能性は、無きに等しい』と。

私は、いずれ、この国の未来のために、北の雪の国の王家へ嫁がねばなりません」

「北国の王家へ……嫁ぐ……?」

「はい。このお見合いは、ハクをつけるために行われたものと、思っております

王子様は、お見合い相手を断ることで有名ですもの。私も断られて当然です。

ですが、平民の母を持つ私が、王子様とお見合いできるほどの価値があると、北国の王家に示すことになりましょう」


 衝撃的な言葉に、ローエングリン王子は息を飲む。なんとかつむぎだす声は、震えていた。


「……オデット。まさか……君が……君が、人柱の花……嫁?」

「はい。私は白き宝を守る、雪の天使ですから」


 太陽の光を集めたかのような、まぶしい金の髪。澄んだ青空色の瞳。

 それから、真っ白な雪を思わす、色白の肌。


 雪の天使の特徴を、すべて兼ね備えた美しい少女は、静かに微笑みを浮かべる。


 ローエングリン王子は悟った。自己紹介でのオデットの発言の真意を。


『私が医者になるために利用していると感じたのなら、この場ですぐに断ってください。

王家の力を借りなくても、自分で師匠を見つけて、弟子入りして医者になりますから』


 王子に、気を使ってくれたのだ。国の人柱になる花嫁のことなど、なにも気にするなと。

 オデットは、医者になれない未来を。この国のために、政略結婚しなければならない未来を、もう知っているから。


 オデットは、何も話せなくなったローエングリン王子の隣から、立ち上がった。目の前に移動する。

 全身真っ白な衣装は、白い肌を持つオデットに、とても似合っていて。王子は目を奪われる。


 オデットはスカートの裾を持つと、洗練された動作で、淑女の礼をした。

 

「王子様。今日は、お付き合いいただき、ありがとうございました。

私のことはすべてお忘れになり、よき伴侶を見つけてくださることを、心よりお願い申し上げます」


 頭を上げたオデットは、ゆっくりと笑顔を作る。

 あどけない雪の天使の微笑みは、悲しいほどに美しかった。

・ローエングリン王子

名前の元ネタは、オペラ「ローエングリン」に登場する、白鳥の騎士ローエングリンより。

ちなみにこのオペラの曲、ワーグナー作曲の「婚礼の合唱」は、日本では結婚式に使われることも多い。


・オデット

名前の元ネタは、バレエ「白鳥の湖」の白鳥にされた、オデット姫より。

バレエのオデット姫は、夜にのみ白鳥から人間の姿に戻れる呪いがかかっている。

この呪いを解く方法は、まだ誰も愛したことのない男性に愛を誓ってもらうこと。



えーと……オペラも、バレエも、元ネタの方は悲劇の結末ですが、この小説の二人は幸福になります。

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