刺繍は生活の手段です。
利き手が使えるようになり、家事が楽になった。
洗濯、食事の準備、家具の拭き上げ、花壇の手入れが今までの三分の一の時間で終わるのだ。
午後はレイラさんに刺しゅうを教えてもらっている。
「まあまあね、悪くないわよ」とレイラさんが言う。
子どもの頃から針と糸を扱う事は頻繁にあった。皮鎧の修復で。
でも、糸で模様を描く刺しゅうは初めてだ。
すぐそばではレイラさんのお母さんが、毛糸のセーターを編んでいる。
秋とはいえまだ暑い。毛糸を触る気になれないと思うのだけど、お母さんは寒くなるのはあっという間だから、早めにやっといて損はないと言う。
村の男の人は魔獣狩りに出かけている。
私がいた町も似たようなものだった。
剣士の家に生まれた私は子どもの頃から剣を握って、男の人達と一緒に魔獣狩りに出かけていた。
兄妹で一番の剣の腕を誇り、町一番の剣自慢で、王都の自衛団に入ってからも一番の剣使いともてはやされ、勇者の仲間に抜擢された。
しかし、このあたりの魔獣は強い。普通の剣では奴らはかすり傷ひとつ追わない。
自分の剣で太刀打ちできなかった時の衝撃は、いまだに夢に見てうなされる。
私の実力では村の外に出るのは無理だ。
レイラさんが作り上げた刺しゅうを見せてくれた。
繊細な布に、これまた繊細に施された刺しゅう…
触って傷をつけるのが怖くなるぐらいに。
「これを買うために商人達が村にやってくるのよ。王都では貴婦人達にすごい人気なんですって」とドヤ顔で教えてくれた。
勇者の仲間でも落ちこぼれ、女子力は村娘にはるかに及ばず、鍛えてきたのに村から一歩も出られない現状…泣きたい!
コースターを3日かけて作り上げた。
「スジは悪くないから、頑張れば売り物になるものを作れる様になるわ」とレイラさんとお母さんに励まされた。次はランチョンマットだという。