第九十七話 甘い月夜にて候う
安藤守就の考えは俺には分からない。
考えても答えはきっと出てこない。
だったら考えないようにしよう。
今は氏家直元の要請に従うだけだ。
そう、稲葉良通の説得だ!
稲葉良通は西美濃国人衆のまとめ役だ。
さらに良通は義龍の叔父にあたる。
そして温厚な人柄と真っ直ぐな性格で知られている。
しかし、一度怒りに火が付くと誰にも止められないほど暴れまわるそうだ。
俺がその事を直元殿に聞いてみると、さすがに今はそれほど酷くはないそうだ。
だが、甥の義龍とその息子の龍興を亡くしているのだ。
きっと腸が煮えくり返るほど怒っているはずだ。
謹慎中の曽根城で物に当たっているのかも知れない。
良通は墨俣合戦の時は義龍の側に居たのだがその時に義龍を逃がすために殿を請け負いその時に怪我を負ってしまった。
家臣らに背負われながら曽根城に帰還すると義龍戦死の報告を受ける。
仇討ちの為に再度兵を出そうとした良通に更なる訃報が舞い降りる。龍興の死だ。
その報告を聞いて良通は倒れてしまった。
その後は龍重から使者が来てその軍門に下ったのだ。
使者の対応をしたのは『稲葉 重通』だ。
彼は良通の長庶子(側室の産んだ長男)で倒れた良通に代わって稲葉家の差配をしていた。
重通は父良通に似て若いながら優秀な人物で家を残す為に龍重に降伏し自ら人質として井ノ口に向かった。
その事を知った良通は出来た息子を誉めると共に自らも内乱を起こした責任を取って謹慎している。
本来なら腹を切る所ではあるのだが、龍重は良通に腹を切らせると他の国人衆がどう動くのか分からない為、人質を取ったと言うことで満足した。
龍重は良通の事を分かっていない。
良通は真っ直ぐな性格をしていると聞いた。
彼の頭の中は仇を討つ事でいっぱいのはずだ。
おそらく良通は息子重通を見殺しにして兵を上げるはずだ。
今は大人しくしているが、それは時を待っているのだ。
兵を上げる時を!
それにしても重通は親孝行な息子だよ。
こんな所で死なせるのはもったいない。
何とか彼も助け出す策も考えよう。
そこで直元にさらに詳しい話を聞いてみると?
なんと直元と良通は既に連絡を取り交わしていた。
直元の体制が整えば直ぐにでも挙兵する話をしていたのだ。
俺がやって来た時にはほぼ話が済んでいたのだ。
なんてタイミングだよ?
しかし、直元は俺の説得を受けて織田家と協力して兵を上げる事を約束してくれた。
後は謹慎している良通と直接話をして説得するだけだ。
その為に曽根城侵入の為の手筈を小六と蜂須賀党、そして直元が整えてくれている。
しかし、その手筈に時間が掛かるので俺と長姫は護衛を連れて不破光治に会いに行く事にした。
なるべく早く味方を増やして道三達に不利になるように持っていかないといけない。
不破光治の居る西保城までは何事もなくたどり着いた。
そして、不破光治との会談は呆気ないほど簡単に話がすんだ。
光治は領地の安堵を約束に味方してくれる事になった。
しかし、兵を出す事は出来ないと言われた。
不破家は対浅井、六角を相手にしている。
内乱中も外敵を美濃に入れない為に兵を出していない。
それについてはこちらも了承している。
中立でありながらややこちら寄りで有れば文句はない。
話自体は直ぐに終わったので一泊してから帰る事になった。
俺は宛がわれた部屋の戸を開けて月を眺めながら一杯やっていた。
「無用心ですね。藤吉」
「これは長得殿。眠れませぬか?」
ここでも長姫は男装している。
それに名前呼びしている。姫様なんて呼べないからな。
今川長得の名前は有名ではないから長姫が義元だとばれる心配がない。
それに用心の為の名前呼びだからな。
「何を見ていたのです?」
「月を見ていました。今宵の月は綺麗ですよ」
最近は曇りがちの天気だったが今夜は雲が晴れて久しぶりに月と星が見えた。
たまにはこんな月見酒も良いもんだ。
なんせ忙しくて月を愛でるなんて出来なかったものな。
昔は祖父母と一緒に月と星を見ていた。
祖父は月にまつわる話を聞かせくれて、祖母は白玉や手作りの饅頭、葛餅を出して三人で食べた。
あの頃はまさかこんな世界に来てしまうなんて思いもしなかった。
世界や時代が変わっても空と月と星に太陽は何も変わっていない。
少しだけ感傷的になっていた。
「そうですね。今宵の月は美しいですね」
そう言うと長姫が俺の隣に座った。
彼女と俺の距離が近い。
触れるか触れないかギリギリの距離を保っている。
俺は彼女の横顔を見る。
本当に美しい。
その艶やかな髪が月の光に照らされてキラキラしている。
不意に長姫が俺を見る。
目線が合った瞬間、俺は顔を背けた。
何とも恥ずかしい。
「藤吉はわたくしの事をどう思っておりますの?」
長姫が俺の耳元で囁く。
その声はあまりにも甘い囁き。それに良い匂いがする。
俺は少しだけしか飲んでいなかったが、急に顔が赤くなったような気がした。
「どう思ってますの?」
再度尋ねる長姫。
駄目だ。我慢出来ない!
俺は長姫を抱き寄せる。
「あっ」
その声は俺の理性を吹き飛ばすのに十分だった!
俺は抱き締めた長姫に口付けした。
どのくらい時間が経っただろうか?
数秒か? 数分か? 時間の感覚が分からないが俺から口付けを離した。
「これが答えですよ」
「ああ、嬉しい!」
再度口付けを交わす。
ああ、人生最良の日だ! 今日はこのまま……
と思っていた俺の目の前に小六が居た。
俺は固まったまま唇を離せないでいた。
「藤吉のバカー!」
およそ小六らしくないセリフを吐いて彼女は走り去っていった。
それを俺は全速力で追いかけた。
「バカ」
長姫の呟きが聞こえた気がした。
城を出る前に小六を捕まえる事が出来た。
小六は涙を流していた。
その顔を見て俺は小六にすまない気持ちでいっぱいになってしまった。
そして俺は泣いて俺の手を振りほどこうとする小六を抱き寄せて口付けした。
小六は驚いたのは一瞬で直ぐに俺の体を抱き締め返す。
その後は二人無言で部屋に戻った。
だが、当然部屋には長姫が居た。
その夜は三人で寝ました。
もちろん何も無かったよ。ヘタレなんて言わないでくれよ。
この状況で二人に手出しなんて出来ないよ。
そして翌朝。
小六の報告を聞いた。
その内容は…… 『斎藤 道三が俺に会いたいらしい』という話を持ってきた。
これは道三の俺に対する調略を意味している。
いよいよ年貢の納め時!
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