第九十六話 氏家直元の調略にて候う
『安藤守就の首を』
氏家直元の要求だ。
安藤守就は現在北方城にはいない。
井ノ口の龍重の所に居る。
直元の要求を飲むと必然的に井ノ口に向かわなくてはならない。
そして、警備が厳重になっている所に忍び込み。一気に殺害する。
言うほど簡単じゃないぞ?
それにこれを成功させる事が出来るなら、龍重も一緒に殺せるんじゃあないの。
そっちの方が織田家的には良いよな!
無理だっての。
こんな出来もしない話を持ち出すと言うことは?
端から味方する気が無いのでは?
「端から味方する気が無いのでは?」
また、やってしまった!
でもそうだろう。
「ふ、やっと気付きおったか?」
やっぱり。
直元は不適に笑って見せた。
「要は試したのですわ」 「人が悪いねえ。直元殿」
あれ? 後ろの二人は分かってたの。分かって無かったの俺だけ。
「いや、すまん、すまん。味方する気が無いわけではない。少し意地悪をしてみたくての」
なんだよ。意地悪って?
「なんだよ。意地悪って?」
あ、しまった。
「ふむ。美しきおなごを二人も侍らせたそなたを見て、ちと嫉妬してしまったのよ。藤吉殿」
「まあ、世辞が言えましたの?」 「いや、美しいなんて。そんな」
二人がどんな顔をしてるのか。振り向かなくても分かる。
「では、本当の要求は何です?」
相手のペースで話が進んでいるのは良くない。
無理やりでも話を戻さないとな。
「儂ら西美濃衆は主を亡くした。安藤守就の裏切りでの。それは乱世ならばしょうがない事よ。しかし、譲れぬものもある!」
直元は俺を見据えて言い放つ。
「裏切り者の守就の首は確かに欲しい。しかし、守就の首を欲しているのは儂だけではない」
「稲葉良通ですわね?」「あの御仁も相当腹に据えかねているみたいだねえ」
ちょっと二人とも俺が話してるのよ?
「儂と良通は守就の首が欲しいのよ。つまりは……」
「稲葉良通を連れ出せと?」
「そうじゃ」
ふぅ、これはこれで難題だよな?
稲葉良通は曽根城で謹慎中。
その謹慎中の人物を連れてこいなんて。内乱を起こすつもりなのか?
いや、起こすんだな!
その手伝いをしろと。
「あなた死ぬ気ですの?」
俺が聞きたかった事を聞かないで下さいませんか姫様!
「儂らは亡き義龍公と喜太郎様(龍興)の無念を晴らしたいのだ!」
義龍ってけっこう慕われていたんだな。でもさ?
「ならばなおのこと織田家と共に龍重を、道三を討つべきでは?」
そうだろう。討つべきは龍重と道三だ。
守就なんてそのついでだろ。
そう思っていた俺に直元は怒気をもって返した。
「お主は分かっておらん!あやつこそがこの乱の元凶なのだ!」
お、おお。こんなに怒られたのは平手のじい様と母様以来だ。
「それが安藤守就ですの?」「おかしいねえ。私はそんな話聞いた事ないよ」
だから、俺に話させてくれよ。
直元は俺達の知らない義龍謀叛の真相を話してくれた。
義龍が謀叛を起こしたのは織田家が道三と長姫に攻められた時だ。
あの時、義龍が謀叛を起こしてくれたお蔭で俺達はからくも生き残ったのだ。
本当にあれは神タイミングだったよ!
だが、あのタイミングで謀叛を起こしたのは訳がある。
義龍に謀叛を唆したのは小六だけではなかったのだ。
義龍の謀叛を決意させた人物が安藤守就なのだ!
守就は同じ西美濃国人衆を説得し義龍側に付かせた。
稲葉良通も氏家直元も不破光治も全て守就が説得したのだ。
その後は守就は国人衆のまとめ役を良通に任せると次々と策を献策する。
墨俣築城を餌に道三を誘き出す策も守就が考えた物だ。
そして、井ノ口城を落とすとその城に立て籠った。
考えてみたらその後一気に攻めれば良かったんじゃないのかな?
しかし、この時は井ノ口を抑えた事と道三が健在で在る事で進撃を止めたそうだ。
これも守就の献策だ。
そして蝮の死亡の噂を伝えたのも守就だ。
義龍に龍重を攻めるように詰め寄り、さらに家臣達を煽ったのだ。
その後は義龍が出陣し、守就は井ノ口から討ってでる予定だった。
しかし、守就は井ノ口から出る事もなく大垣は攻め落とされ、義龍と龍興は死んだ。
守就はその後道三に降伏している。
もしかして光秀が六角と連絡が取れたのは守就が渡りを付けたのか?
それに大垣城を落とした時も何かしら手を打ったのかもしれない。
だが、おかしい?
守就の立場なら義龍が当主の方が良かったのではないのか。
実質クーデターの首謀者だ。
成功すれば最大の利益を受けるのは彼だ。
なのに裏切った?
なんだこれは。何かおかしい。辻褄が合わない!
「分かったであろう。今の美濃を作り出した男が守就なのだ!本当に討つべきではあやつなのだ!」
「その後は織田家に味方すると?」
「織田家としては美濃が荒れている方が統治しやすかろうて」
駄目だなこの人。なんか自棄になっている。
「それでは直元殿は美濃を荒らした責任を取るおつもりがないと?」
直元には味方になって貰わないと困る。
好きに暴れられてはその後が計算しずらい。
「む? 言うか小わっぱが!」
ここは煽りの一手だ。
「守就が荒らした美濃をあなたはさらに荒らすのですか?」
「ぐ、そうではない。儂は……」
畳み掛けるぞ!
「それではあなたは守就よりも美濃を荒らした人物として名を残しますぞ!」
この手の人物は物では動かない。
利で動かないなら情と名で訴えないとな。
「儂は、儂は……」
直元は顔を俯かせている。後一息。
「美濃の為にその身を役立てればこそ。義龍公の、喜太郎殿の供養になるのではないですか!」
直元が顔を上げて俺を見る。その目に生気が宿っている。
そう言えば会った時から元気なかったけど、今はそうじゃないな。
「……美濃の為か?」
「美濃の為です。その為に守就を討つ手助けを致しましょう」
直元は顔を天に向ける。その顔から涙が溢れて見えた。
「……約束違えるでないぞ」
そう言った直元は俺を直視している。
その目に決意を感じられる。
「私は約束を違えた事は一度も有りませぬ」
俺は両手を付いて頭を下げる。
「言うわ。小わっぱが」
直元の笑い声が部屋に木霊する。
これにて氏家直元の調略は終了せり。
だが、俺には納得の行かない物が残った。
守就は何がしたかったのだ?
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