第九十四話 国人衆を調略にて候う
少し遅れました。申し訳ありません。
織田家は斎藤家に宣戦布告をした。
きっかけは斎藤家の無礼な同盟依頼からであった。
陣代市姫様を斎藤家当主斎藤龍重の嫁にと言う、とても釣り合いの取れる要求ではなかった。
これが織田家の他の姫君であったなら、多少交渉の余地はあっただろう。
いや、おそらくはこの婚姻話は纏まっただろう。
しかし、斎藤家が要求したのは市姫様だ。
この要求を飲むと言う事は斎藤家が織田家を数段下に見ていると言う事であり、嘗められていると言う事でもある。
他家に侮られると言う事は武士の面子が許さない。
ましてや、先頃まで内乱を起こした上に織田家に助力を乞うた相手に対してである。
当初、織田弾正忠家は尾張半国も満たない弱小大名であった。
そして勢力が弱まった時に斎藤家から嫁を貰った。濃姫である。
その後は清洲を征した織田弾正忠家は当主信長を亡くし、陣代市姫様が後を継いだ。
逆境に次ぐ逆境であったが、本人と家臣達の奮闘を持って遂に尾張を平定した。
その時斎藤家は何をしたのか?
信長亡き織田家に対して火事場泥棒宜しく尾張に攻め入り犬山を奪ったのだ。
先の犬山返還にしても恩に感じる事も無かった。
それも有っての今回の無礼である。
織田家の家臣達の憤りは激しいものがあった。
市姫様の判断に対して織田家家臣達が反対する事は無かった。
そして、俺は織田家と斎藤家が大規模な戦を起こす前に斎藤家家臣及び美濃国人衆に調略を仕掛ける事にした。
これは信光様と平手のじい様の許可を取っての行動である。
なんせ俺の本業は右筆である。
最近は右筆の仕事よりも奉行としての仕事が主ではあるのだが、これでは手柄を立てる事等出来ない。
だから、二人に直訴して行動の自由を得たのだ。
貞勝殿や信定殿には留守番を頼んだ。
何、大丈夫だよ。俺が居なくてもしっかりやれるさ!
ちゃんと台帳記入マニュアル?を渡している。
これが有れば小者達でも書類仕事が出来る。
城を出る前に小者達には俺がちゃんと教育してきた。
帰って来たら仕事の山なんて事にはならないさ。
ならない様にちゃんと脅しておいたしな。
それに平手のじい様にも釘を刺しておいた。
しっかりと指導してくれる。
それでは皆、俺が居ない間頑張ってくれたまえ。ははは。
とご機嫌で家に帰っての作戦会議だったのだ。
まさか、長姫が付いてくる事になろうとは?予想していなかった。
それに断っても必ず付いてくると言って聞かない。
遂には根負けして同行を許可する事になった。
そして、俺達は美濃国人衆の調略の為に美濃国境に来ていた。
目指す目標は川並衆を率いる『坪内 利定』だ。
実は彼は前野長康の実弟にあたる。
坪内の嫡男であった長康が前野家に養子に出されて、利定が坪内家を継いだのだ。
当然、小六とも面識があるので今回は楽勝だ。
彼に会ってまずは西美濃国人衆に楔を打ち込むのだ!
ちなみに小六と長康は義姉弟である。
そして着いたのは尾張と美濃国境『松倉城』だ。
厳密にはここ松倉城は尾張にあたるが、勢力的には美濃側に位置する。
早速城主である坪内利定に会った。
利定は兄長康に少し似ていたが、上座に座る姿は実にだらしない。
両足をだらりと伸ばして客を迎える態度とは思えない。
「御初に御目見え致します。織田家家臣木下藤吉にございます。坪内利定様に御逢いできて恐悦至極にございます」
俺は両手を前に突いて深々と頭を下げる。
最初の挨拶はしっかりと行う。営業の基本だよ。
そして、最初はご機嫌伺いから始めるのだが、こいつ人の話を聞きやがられねえ。
こちらが挨拶をした後に「ああ、そうか」と答えた後は、俺を見ていない。
見ているのは俺の後ろに居る長姫だ。
今の長姫は男装姿をしている。
しかし、その美貌は男装姿で隠しきれる物ではなかった。
男装する事で反って怪しい魅力を醸し出している。
利定はだらしない格好をしつつ、目は長姫に釘付けになっている。
しかも、かなり下卑た目をしている。
しかし、当の長姫は全く気にしていないのか。
周りをキョロキョロと見ている。
そんなに珍しい物が有るわけでは無いのにだ。
何を見ているか?
「おい、そこの奴!」
あ、ヤバい。こいつ長姫にちょっかいをかけるつもりだな?
しかし、長姫は聞いていないのか、返事をしない。
「おい、お前!」
続けて利定が長姫に声をかけるが無視している。
「おい、貴様!聞いているのか!」
無視されている事に気付いた利定は怒って立ち上がった。
「うるさい蝿ですわね。ブンブンと煩くてしょうがないですわ」
やめてー、煽らないで!
「おのれー。それがそっちの態度か!」
これは不味い。俺が間に入らないと!
俺が長姫に近付いてくる利定を抑えようと立ち上がろうとした時、ピタッと利定の動きが止まった。
そして、何故か震え始める。
「久しぶりだねえ。利定」
「あ、姉御。お、お久しぶりです」
小六の姿を見た利定は直立不動で動かなくなった。
どうやら小六が居たことに気付かなかったようだ。
長姫にばかり目が行っていたようだ。
「ちょっと見ない間に随分と偉そうじゃないかい? ええ!」
「す、すみません」
小六の凄んだ声に利定はその場で土下座した。
「それに私の姿が目に見えなかったのかい。どうなんだい?」
「は、はい。え、いえ。そのような事は」
「それに私の藤吉の話を全然聞いてなかったみたいじゃないか」
「は? 私のって、こいつが姉御の?」
利定は土下座の体制から顔だけを上げて小六を見ている。
その顔はきょとんととしている。
「おい、お前。私の藤吉をこいつ呼ばわりかい。いい度胸してるじゃないのさ?」
「も、申し訳ありません!」
利定が額を床に打ち付ける様に土下座する。
しかし、小六の怒りは収まらないのか。
つかつかと利定に近寄るとその足で利定の頭を踏みつける。
「あんたにはみっちりと礼儀を叩き込もうじゃないか。いいね」
「は、はいー!」
小六の声には殺気が感じられた。
そしてその場にいた坪内の人達全員が土下座していた。
俺、要らなくない?
こうして坪内利定は織田家(俺に?)に味方する事になった。
「ふあ~。少し疲れましたわ。藤吉。早く休みましょう?」
そしてマイペースな長姫であった。
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