第九話 月夜に語りて候う
「ま、一献」
「頂こう」
杯を傾け利久から酒を頂く。
うん、苦い。
やっぱり酒は苦手だ。
何でこんもん皆平気で飲めるんだ。
帰ってから寧々も加えてお祝いされた。
酒は駄目だと犬千代が言っていたが利久が何処からか知らないが持って来ていたのだ。
今は縁側で二人、月を見ながら味噌を肴に飲んでいる。
犬千代と寧々は俺が明日から着ていく服の手直しをしている。
明日から近習になるのだが俺の着る服がない。
そこで利久の服を借りる事にした。
本人は出世祝いでくれるというが良いのだろうか?
犬千代も貰って欲しいというのでありがたく頂こう。
しかしサイズが違うので寸法を合わせて直しているのだ。
後ろから楽しそうな二人の声が聞こえる。
あの二人本当に仲が良いな。
姉妹に見えなくもない。
それに若い二人の美少女に自分の服を直してもらう等なんとも嬉しいものだ。
「ほれ、返杯だ」
「おう」
俺が利久の杯に酒を注ぐ。
利久はそれを一気に飲み干す。
こいつ酒強いなあ~。
さっきから俺が一杯飲んだら三杯は飲んでるよ。
ペース速いよ。
「さて、真面目な話をしようか」
「真面目な話?」
「藤吉。お前さん織田家でどうしたい?」
「いきなりだな利久」
いきなり真顔でぶっこんで来やがった!
「勝三郎や平手のじじい、それに市姫様はお前を疑ってもいるし信用したいとも思っている。何せ味方が少ないからな。慎重にもなる」
「疑うのはわかる。三日やそこらで信用してもらおうとも思わない。俺はただ、今を生きたいだけだ」
自分で言ってすっと胸に入ってくる。
右も左もわからない世界で何をするにも、まず生きる基盤がいる。
今、織田家から捨てられるのは良くない。
せめて周りの状況を知ってから判断したい。
そう判断材料がないのだ。
何をするにも圧倒的に情報量が少ないのだ。
「織田家でどうするも何も、俺は今の織田家を何も知らない。だいたい、織田信長が死んでる事すら知らなかったんだぞ。こっちこそ聞きたいよ。今の織田家の事を?」
すると利久はキョトンとした顔で俺を見たあと、大声で笑い始める。
「笑い事じゃないぞ」
「いや、すまん。そうか、何も知らんのか。そうだな、信長様の事も知らんのだからそうだな。うん。そうだ」
一人で納得する利久。
こっちは何も分からん。
「おい利久」
「あー、わかった。どうやら本当に知らんのか?」
「だから何を?」
まるで答えのない禅問答だ。
「犬千代も俺もお前が信行様の手の者なのか、探りを入れろと言われていたのだ」
「信行?」
信行って、信長の弟の信行か?
二度も謀叛を起こして失敗。
挙げ句信長に殺されたあの信行?
「まさか信行様も知らんのか?」
「いや、名前は知ってる。信長様の弟だろ」
「知っているなら分かるだろう?」
いや、だから全然分からんよ?
でもこっちでは信長が死んで信行は生きてるのか。
逆になってるな。
「分からん。信長様が死んでて、信行、様は生きてるのか?」
「本当に何も知らんのか?」
「だから、何を?」
あー、もう、じれったい。
利久はしばらく思案した後で爆弾を投げる。
「信長様は、信行様に殺されたのだ」
「はぁ~、嘘だろ。逆ならともかくそんな事信じられるか?」
「………本当の事だ。知っているのは城でも奥方と平手のじじいに、近習の一部だ」
なんて事を教えやがる!
これは最重要機密じゃないか?
今から俺を殺しますと言っているようなもんだ。
「おま、お前。なんて事を言いやがる!俺を殺す気か?」
利久が嫌らしい笑顔で答える。
「ああ、返答次第では殺す気だった。これでな」
袴から短刀を取り出す。
また取り出した時の笑顔がムカつく。
「はぁ。お前な~」
「いや、俺も友を殺さずにすんで良かった」
また笑いだす利久。
俺は、笑えんよ。
きっと昨日から俺を殺す機会を伺ってたんだと思う。
下手なやり取りをしなくて良かった。
「まぁ多分。大丈夫だったろう。市姫様と犬千代はお前は違うと言い張っていたし。でも、じじいはお前を放逐しろと言うし、勝三郎はお前を游がして情報を引き出せと言うし、俺も大変だったんだぞ」
「お前は、殺す気だったんだろ?」
ぶっちゃけた話をする利久に俺も毒を吐く。
「まぁ、そうだな。どんな奴かと思ってたんだが。全然緊張感がないし動きから武術の嗜みを感じないしこれは違うなあ~と思ってたよ」
こいつ遠慮の欠片もねぇ。
しかし利久は密偵が本職か?
そういえば前田慶次郎は甲賀の忍びの流れだったんだよな?
本当か嘘か分からんけど。
やっぱりこいつ慶次郎だよ。
「話は終わりましたか兄上?」
「ああ、終わった。お前の勝ちだ犬千代」
犬千代が優しい笑顔を俺に向ける。
「良かったです。本当に」
うっすらと目に涙が見えた。
本当に心配してくれたらしい。
思えばこの子は何かと俺を助けてくれたように思う。
何かお礼をすべきだろうな。
「という訳だ藤吉。犬千代を頼むぞ」
「は、な、何を?」
何を言っているんだこのバカ兄は。
見ろ。犬千代が顔を赤らめてるじゃないか。
「楽しそうですね。寧々も交ぜてください」
はう。天使の微笑み。
美少女寧々降臨。
「おう。寧々も面倒を見てもらえ。将来有望だぞこいつは」
「はう、う、う」
またかこいつ。
場をかき回しやがって、寧々ちゃんが困ってるじゃないか。
「兄上。いい加減にしてください」
利久と犬千代の追いかけっ子が始まった。
おろおろする寧々。
それを見て笑う俺。
月が俺達を優しく照らしている。
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