第八十五話 資金難にて候う
蝮の本気を見た事で俺はこの世界の怖さを改めて思い知らされる事になった。
しかし、今は目の前の難題をクリアしないとな?
実は織田家は金欠なんだよ。
これは前年の収穫で得た収入を褒賞と借銭支払いに当てた為だ。
そして今回の出兵は借銭せずに出せる兵を出した。
その為に費用は安くついたのだが、その後の費用を犬山で得た物資で補おうとしていたのだ。
その為の何に使うのかの予定表まで作った。
それも全てパーになった!
難民と化した犬山の人達に物資を振る舞ってしまったからだ。
信光様の許可を取った行為ではあるが、この行為によって少しは犬山の住民が織田家に感謝してくれれば良いのだが、なんせ世は戦国。
明日の命もしれない時代だ。恩や義理で縛られる事はないかもしれない。
だからあまり期待はしていない。
小一は『これで良かった』と言っているが俺は信じていない。
世の中そんなに甘くない。
さて、銭を手に入れないとな?
まずは津島の堀田道空に頼んでいた米の売買の利潤を受け取るか?
でも、借銭の支払いに変わるだけだよな。
熱田の加藤はどうだろうか?
これも変わらないな。
何とか銭を手に入れて兵を出せる状態を整えないと、蝮が兵を出して来た時にまともに戦えないかもしれない。
兵糧を恩賞に当てる事も考えたが、それだと連戦など有った時に戦えない。
やはり銭は必要なんだよ!
はぁ、どうか蝮が直ぐに動きませんように。
俺は天に向かって祈るしかなかった。
ちなみに俺は無信教者だ。しいて上げれば神道を信じていると言える。
南無阿弥陀仏と唱えると極楽に逝けるなんて信じちゃいないよ。
それを信じてる人達を悪く言うつもりもないけどね。
人はそれぞれ信じる物が違うからな。
価値観や宗教を押し付けるのは良くない事だよ。
それはさておき。
犬山はとりあえず織田家の直轄地になった。
押さえられる土地は押さえておく。
織田家本領を多く持って置けば税収を集中的に使えるからな。
ばら蒔き政策なんて必要ない。
必要な所に必要なだけ資金と労働力を宛がうのだ。
それが一番効率が良い。
今は清洲名古屋と津島清洲、それに名古屋熱田の三街道を拡げている。
人通りを良くして物の行き交いも良くする。
それだけでも以前よりは入ってくる税収が違うのだ。
今の尾張は桶狭間合戦の勝利で人と物が集まっている。
さながら桶狭間バブル景気だ。
しかし、入ってくる税収は右から左と無くなっている。
何故か?
それは美濃内乱による難民の受け入れを行っているからだ。
これが結構バカにならない出費なんだよ。
難民を受け入れて働き場を与える。
これだけでも大変な作業なんだよ。
一応名簿を作ってもいるからな。
何かの役に立つだろうと思っている。
その為に右筆衆は更に仕事が増えたが、これは想定内だ。
新たに雇った小者達を中心に名簿作りをやらせている。
大変だったのはチェック作業だけだけどね。
しかし難民受け入れも内乱が終わった事で無くなるだろう。
美濃内乱が終わった事で織田家が得たのは多くの難民と犬山一帯の土地だ。
資金や兵糧は増えていない。逆に減ってしまった。
先々の投資だと思えば心が軽くなるが、同時に織田家の財布も軽くなった。
これから清洲に帰ると鬼のような顔をした平手のじい様が待っているかと思うと気が重い。
「はぁ、本当に気が重い」
「大丈夫かい、藤吉?」
「なあ小六。銭が空から降ってこないかなあ?」
「銭が空から? それは豪気だねえ」
「俺が降らせるんじゃないぞ」
「分かってるよ。でも、藤吉の心配も分かるけど成るように成るもんさ」
「そういうもんか?」
「そうだよ。私がそうだったんだから」
小六の自信に満ちた顔が眩しかった。
俺の事を一部も疑っていないその顔を俺は直視出来なかった。
とりあえずは清洲に戻る事にしよう。
ここ犬山で出来る仕事は終わった。
後は清洲での決済の仕事が待っている。
小六の言うとおり何とか成るもんだよな。
もっと気楽に考えよう。
よし、清洲に戻ればなんか思い付くかもしれないしな
後、平手のじい様の説教が待ってるけどな。逃げてー!
そう言えば小六との結婚も伸び伸びになっているな?
桶狭間が終わってから吉日を選んで結婚するはずだったのに、俺が城に缶詰にあってから市姫様に許可を貰うはずが中々話が出来ずにもう一年近く経っている。
さすがに待たせ過ぎだよな?
「なぁ小六」
「なんだい?」
「清洲に帰ったら市姫様に許可を貰おうと思うんだ」
「うん? 許可って何を?」
「え、あれだよ。あれ」
「あれ?」
「だから、その、あれだよ!」
「あれ?あれって…… ああ! あれね! 本当かい!」
小六が俺に抱きついて密着する。
うお、凶悪なあれの感触が感じられる。
「ああ、大分待たせてしまったしな。美濃も落ち着いたからしばらくは戦も起きないだろう。今のうちにって思ってさ?」
「ああ、うん。そうだね。そうしよう。ああ、嬉しいよ。藤吉!」
小六は俺の頬に口を付ける。
自然と顔がにやけてしまった。
よし、今夜こそは決めるぞ!
今日は誰も邪魔する奴はいない。
小六とめくるめく快楽を供にするのだ!
ふふ、ふはは。
俺がにやけている目の前に見慣れた人物が立っていた。
あれ、おかしいな? なんで利久と犬千代が居るんだよ?
「利久、犬千代? なんでここに?」
「いや~、昼間っからお熱いね~」
「と、藤吉様。これはどう言う事ですか!」
「ふん、負け犬ちゃんが何のようだい」
「私は藤吉様に尋ねているのです! それに私は負け犬ではありません」
「負け犬は負け犬だよ」 「撤回して下さい!」
俺は二人から静かに離れて利久の所に向かった。
「それで、何のようなんだ?」
「いや、お前が浮気してないか長姫様に頼まれてな」
「浮気も何も小六は俺の嫁になるんだぞ。それより本題はなんだ!」
こいつはいつも俺をからかいやがる。
そうだ! 勝三郎に頼んでこいつに嫁を見つけて貰おう。
普段俺をからかってるんだ。
今度は俺が、いや俺と勝三郎でからかってやろう。ふふ。
「なんだよ。急に笑顔になりやがって気持ち悪い」
「いいから、早く話せ」
「姫様から至急戻って来いとさ。それとこれをな」
利久は俺に文を渡した。これは市姫様の文だな。何だろ?
「戻れも何も明日から戻ろうとしてたんだよ」
「そうか。ならちょうど良かったな。それ、何が書いてあるんだ?」
「知らないのか?」
「伝令役を取っ捕まえて変わってもらったんだ。何の文かは知らん」
こいつ、さては何か問題を起こしやがったな?
「なんで犬千代も一緒なんだよ?」
「勝手に付いてきたんだ。良かったな愛されてて」
はぁ、犬千代はお前の監視役だろうに。
「で、何が書いてあるんだ」
「ちょっと待てよ。何々……」
文にはこう書いてあった。
『笠寺にて松平元康と会見す。至急戻られたし』
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