第八十三話 犬山を貰いて候う
犬山城を無血占領した俺達は城の中の物資を確認していた。
約定には城の物資はそのままとしてあったからだ。
これで城の物資がなかったら今年の夏には美濃攻めを進言しよう。
約定破りには相応の罰をくれてやる。ふふふ。
「兄者! 有った、有ったよ」
弟小一が報告にやって来た。
小一も足軽頭が板に着いてきたなと思う。
まだまだ覚えて貰う事が沢山あるが、無理せずこのまま育って欲しい。
俺のようにブラックな生活は小一にはさせたくない。
史実より長生きして貰わないとな。
「藤吉。これが台帳だよ」
副将である小六から城の蔵の台帳を預かる。
ふむ、結構な量が有るな?
これなら田植えが終わってから軍事行動を起こせるな。
ふふふ。この物資で美濃を切り取ってやるぞ。
と俺が皮算用をしていると長康が現れた。
「大将。まずいぞ」
「どうした?」
「城下や近くの村から人が戻って来てるんだがな。食いもんが無いって騒いでやがるんだ」
「はぁ? 何を言ってるんだ。こっちは乱暴狼藉なんてやってないだろう。何で食べ物が無いんだ?」
「わかんねえけど。このままだと暴動になっちまうぞ?」
「く、何で。……まさか?」
俺は斎藤家の使者として光秀が来た時の事を思い出す。
※※※※※※
「つまり。織田家に兵を出して欲しいと? そう言うことか」
「左様です。市姫様」
市姫様の問いかけに頭を下げる光秀。
イケメン十兵衛が頭を下げる。
そしてそれを見ている市姫様。
なんか絵になるな。
ちょっと嫉妬してしまう。
俺だと名画じゃなくて迷画になってしまうだろうが?
「ただで出せとは言わないわよね?」
「無論です。こちらが用意するのはこれです」
おもむろに懐から地図を出した光秀。
そして地図を広げてから扇子の先である地点を指し示す。
「犬山か?」
「はい」
それを見て考え込む市姫様。
いつもなら即断即決をモットーにしている姫様だが、ここは流石に考えるよな。
なんせ、相手は美濃の蝮なんだから。
それにしても涼しい顔してるな。光秀の奴。
この提案を断られると思っていないのか?
「犬山一つで兵を出すには足りんな」
「何が必要ですか?」
「犬山一帯の全てだ!」
「それは……」
今度は光秀が考える番だ。
しかし、姫様も豪気だな。
犬山一帯となると尾張及び美濃の一部を寄越せと迫った事になる。
一使者でしかない光秀には即答なんて出来ないだろう。
そんな権限も持ってないだろうしな?
「分かりました」
周辺の織田家家臣達からどよめきが聞こえた。
即答しやがったよ、こいつ。
「ふむ、二言はあるまいな?」
「この明智十兵衛。嘘など申しません。兵をお出し頂けますか?」
「よかろう。話は終わりだ。詳細はそこの者と詰めよ」
ビシッと扇子の先で俺を指す姫様。
あ~なるほど。丸投げですか? そうですか。
「おや、貴方は?」
俺を見て声を掛ける光秀。
知ってる癖にわざとらしい。
「また、お会いしましたね。明智殿」
「ああ、貴方は確か木下殿、でしたかな?」
「ん、知り合いか。藤吉?」
「ええ、まあ」
「では、そなたに任せるぞ。いいな?」
「は、畏まりました」
なんだよ、この茶番は?
その後俺と光秀は兵を出す日時と場所、そして追加報酬を話し合った。
「追加ですか?」
「違う、違う。約定だ!」
「約定ですか? なら証文を書きますよ?」
「証文は勿論だがいざ城を貰ったら何も無かった。なんて事になったら困るんだよ」
「それは、まあ、そうですね」
「だから、証文とは別に約定を書いて貰う」
証文は大名同士だと誓詞を交わす事になるが、ぶっちゃけると信用出来ない。
誓詞を交わす相手が蝮では特にな!
誓詞なんて破って捨てる事も珍しくないんだ。ここでは。
約定を結んでおくのは誓詞の内容を違えたら協力関係を白紙にすると言う内容にしておいた。
まあ、誓詞を破ったり捨てたりしたら開戦理由にもなるしな。
でもそんなバカな事をする訳がない。
やるとしたら誓詞の約束の一部分を破る事くらいだ。
誓詞の一部分を破る事くらいなら幾らでも言い訳が出来る。
それを蝮がやるかもしれない。そうなれば?
他国と戦を起こすには大義名分が必要な時もある。
今川が攻めて来た時も、斎藤に攻めさせた時もそれなりに大義名分が有った。
今川の大義名分は長姫が言うには『市姫様の解放』だったらしい?
なんか違うと思うが、まぁ、間違ってはいないと思う。
斎藤の大義名分は義理の孫にあたる『奇妙丸様の救出』だったらしい?
まぁ、これも有りと言えば有りだな。
どちらも多少強引ではあるがな?
織田家が尾張を統一しても戦国の世は終わらない。
今は少しでも領土を広げて攻められる国から攻める国に変わらないといけない。
その為に周辺国に攻めこむ為の大義名分を得る必要がある。
大義名分が有ると色々と便利なのだ。
逆に大義名分もなく他国を攻め取っても統治が大変になる。
この時代のみんなの大好きな言葉が『大義名分』だ。特に大名はな。
この約定を交わす事で大義名分を得やすくする。
どうせ蝮の事だから誓詞に書かれた内容なんて守る訳ない。
それをこっちは利用するのだ。
犬山一帯を得た上に大義名分までくれる。
これは笑いが止まらん!
ふふ、ふはは、ははは!
※※※※※※※
まさか、まさか?
やりやがったな。光秀に蝮の野郎!
「どうした。大将?」
「やられた。蝮の奴。城の物はそのままにして城下や村の食べもんやら何やらを持って行きやがったんだ!」
「蝮らしいねぇ」
「感心してる場合かよ。くそ、城の物を出すしかないのか?」
「それしかないと思うよ。兄者」
「くっそー! 信光様になんて報告すればいいんだよ!」
信光様には今回の出兵に大将として出張って貰った。
俺だけでは角が立つからな。
それに今回は城を受け取るのが任務だった。
右筆である俺が行くのが色々と都合がいいんだ。
お蔭でこの数ヶ月は出兵の為の銭と糧食を用意するのに苦労したんだよ。
受け取った後の事も考えて色々と準備したのに、城の物資を吐き出す事になるなんて思わなかった。
チキショー! 蝮に光秀め! この借りは絶対に何倍にもして返してやる。
絶対に絶対だ!
こうして俺達が犬山城に関わっている間に、墨俣での戦いが終わっていた。
結果は、義龍の討死と大垣城落城の知らせだった。
事実上の美濃内乱はこれで終わった、らしい?
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