第八十二話 道三の策謀
「それは本当なのか?」
年が明けて永禄二年三月某日。
大垣城に居た義龍はある報告を受けていた。
「は、織田信光率いる兵五千が犬山城を攻めたてているもようにて」
「信じられん。尾張は戦続きで兵を出せなかったのではないのか?」
稲葉良道はその報告を信じられずにいた。
「これはもしやあの噂は真であったのでは?」
「山城道三が亡くなったとの話か?それこそ信じられんぞ」
「しかし、こうして織田が動いておるのだ。真ではないのか?」
他の家臣達の話を黙って聞いていた義龍の脳裡に年明けの事を思い出していた。
永禄二年一月。
美濃にてある噂が流れていた。
『斎藤山城守道三死す』
この噂は年明けそうそうに美濃各地に真しやかに流されていた。
義龍はこの噂を聞かされて真っ向から否定した。
「あの蝮と恐れられた男が死んだなどと。馬鹿を申すな!」
それは父道三に認められなかった息子の慟哭でもあった。
蝮を父を殺すのは己であると固く心に誓った義龍にとって、この噂は激怒するには十分であった。
「この噂は蝮が流したに違いない。決して踊らされるでないぞ」
父道三を身近に見て育った義龍だからこそ、これが蝮と呼ばれた男の罠であると感じていた。
しかし、道三が病に倒れた話は有名であった事もあり、次第に噂は現実味を帯びてきた。
上がってくる報告は斎藤龍重が先頭に立ち指示を出す姿であった。
道三の姿は見えずその死を隠していると言われていた。
一月も経つと道三が亡くなったのは本当であると家臣達は義龍に迫った。
この千載一遇の機会を逃すのかと詰め寄る。
しかし、一方ではやはりこの噂は罠ではないのかと疑っている者達もいた。
義龍は悩んだ。
噂が本当で有れば美濃をその手にする好機である。
大垣から兵を出し龍重が出てくれば井ノ口の安藤がその背後を突く。これで勝てる。
龍重が出て来なければ城を囲んでおしまいでもある。
何れにせよ勝てる。
しかし、もし道三が生きていればどうか?
義龍が城から出て来た所を奇策を持って襲ってくるのではないか?あの蝮が手ぐすね引いて待っているのではないか?
せめて証拠が欲しい。証拠さえ有れば。
義龍は悩みに悩んだ。そして精神を磨り減らしていた。
そしてこの報告である。
織田が道三に味方した犬山城の信清を攻めている。
これは加納城にいる道三が亡くなって後詰め(援軍)が来ない事を知っているからではないのかと。
「義龍様。どうなされますか?」
重臣である稲葉良道は義龍に返答を迫る。
義龍は閉じていた目をかっと開く。
「加納城を攻める。馬引けい!」
「「「おお!」」」
こうして義龍は加納城に向けて兵を出した。
それが義龍の最後の戦になった。
※※※※※※
「龍重様。大垣より兵が出ました」
「おお。まさしく父上が予見した通りよ!」
「如何されますか?」
「知れたことよ。我らも兵を出す。行くぞ!」
「はは!」
「光秀よ。頼むぞ」
加納城の龍重は義龍を迎え撃つべく出陣する。
両者は再び墨俣にて睨み合う。
そして道三の秘策がこの戦を決定づける。
※※※※※※
「光秀様。用意が整いました」
「よろしい。では行きましょう」
「光秀殿。本当によろしいのですかな?」
「ええ、ここまで大丈夫です。ご助力かたじけない」
「いやいや、この程度の事で良ければ。では御武運を」
「ありがとうございます。では」
光秀率いる兵がある城に向かう。
それは墨俣で睨み合う両軍の運命を決定付ける行軍であった。
※※※※※※
「手伝い戦は楽で良いねえ~。そう思わないか小六?」
「私は藤吉と一緒なら文句ないさねえ」
うん、お前に聞いた俺がバカだった。
「兄者。城に入城出来そうだよ」
「そうか。なら、信光様に報告してくれ」
「分かった。伝令を走らせるよ」
小一も初めて戦なのにしっかり働いてくれる。
もっとも戦ですらないけどね。
俺達織田家は犬山城を包囲していた。
あの日光秀が使者としてやって来てから話はトントン拍子に進み。
こうして犬山城を無血開城させる事が出来た。
まぁ、城は無人なんだけどね。
城を包囲してる兵も千人足らず。
五千なんて数、出せるわけないよ。
はぁ、これで犬山に物資が何もなかったら、光秀の奴め絶対に許さないぞ!
この貸しはデカイからな。み、つ、ひ、で、君。
永禄二年三月某日 織田家は犬山城を取り返した。
これで織田家は尾張全土を制圧。
正真正銘、これで尾張統一は達成された。
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