第八十一話 人を増やして候う
秋の刈り入れを迎える前に俺は城に戻っていた。
休暇はまぁ、それなりに休めたと思う。
城に戻るとやはり大量の書の山があった。
両隣で作業をしている二人は俺の顔を見ない。
うん、分かっているよ。
てめえら、俺に押し付けやがったな!
よし、俺の権限で残業を増やしてやろう!
泣いて喜びたまえ。ふははは。
さて、同僚への軽い挨拶は終わったが仕事をしない上司には文句の一つも言わないといけない。
という訳で。
「人を増やして貰えませんか?」
上司である市姫様に掛け合っている。
もうね。何なのよ。あの量は?
刈り入れ前にあれだけ有るのよ。
山と積まれているのよ。
あんなの処理できる訳ないでしょう。
しかも刈り入れ終わったら更に増えるのよ。
また城に缶詰にされるのよ。
家族にもろくに会えない生活なんですよ。
ブラック過ぎる。ブラック過ぎる。ブラック嫌だー!
「だって、そなたが家に帰ったら。その……」
その…… 何ですか?
私は家に帰ったら行けないんですか?
このまま城で生活しろと!
「このまま城で生活しろと!」
あ、また声が出てた。
「そ、その、ような事は言っていない。だがの。そなたのように使える者もいないし……」
何顔を赤くしてモジモジやってるですか?
「なら、せめて小者を増員して下さい。書の写しだけでもさせてもらえると助かりますから」
「そ、そうか。それぐらいなら許可しよう」
「本当ですね?」
「小者の増員であろう。近習や右筆の増員は出来ぬ。それはそなたも分かっておろう?」
「ええ、近習や右筆を増やすのは今の織田家の財政上は厳しいでしょう。ですが小者なら増やせます」
「うむ、ならば小者増員は許可しよう」
「は、ありがとうございます」
よし、上司の許可を取った。後はうるさい方の上司を言いくるめないとな。
「許可出来ん」
「何でですか!? 姫様の許可は頂いてますよ」
「そなたも知っておろう。今の織田家に人を入れる余裕はない。それに今年は作物の出来が良くない。無理じゃ」
く、実質織田家の財布を握っている平手のじい様は手強い。
だが、来年の春までには今の状況を打開しないといけない。
でないとこのままズルズルと行ってしまいそうな予感がする。
ここは多少無茶しても人を入れないといけない。
「近習や右筆を増員する訳ではないんですよ!小者を増やすだけです!」
「駄目じゃ! 小者はお主自身が減らしたではないか。それを今になってじゃな」
「昔は、昔。今は今でしょ」
「ふん。言いよるわい」
それはお互い様だ。
それに昔と今では織田家が治める土地が倍以上違うのだ。
確かに右筆の数も増えたし、勘定方も増員されているがそれでも人が足りないのだ。
今の織田家は入れ物が大きくなったが入ってくる税収と出ていく銭の数が合わないのだ。
税は土地を得たら直ぐに手に入る訳ではない。
少なくとも今年の収穫から税を得ないといけないのだが、今年の税収はそれほど見込めない。
なんせ今年は凶作だからな。
それなら土地を家臣に与えれば良いと思うだろうが、そうはいかない。
織田家の直轄地は結構少ないのだ。
今までは少ない土地に津島や熱田の税収で賄っていたが、少しずつ借銭の額が増えていたのだ。
その借銭の返済の為には土地からの税収が必要だ。
土地の税収を担保にまた借銭が出来る。
その為、せっかく手に入れた土地をおいそれと家臣に与える事は出来ない。
山口親子に与えた土地と知多半島くらいは与えてもいいが、それ以外は確保しないといけない。
結構シビアなのよ。本当にね。
せめて二年くらいかけてじっくりと内政に力を割きたいのが本音だ。
その為の人員確保がしたいのだ。
俺自身もいい加減城勤めばかりしていられない。
少しは外に出てのんびり……
とにかくだ。ここは引けない!
「だから姫様の許可……」 「駄目じゃ。駄目じゃ。駄目じゃ!」
言い争うこと二刻あまり。ようやく許可を勝ち取った!
よっしゃー!
これで少しは楽が出来る。
さてようやく増員の許可を得たのでさっそく人を増やしました。
これからは雑務に追われる事なく仕事が出来る。
良かった!無理やりでも人を入れて。
今回入れた小者達は俺自ら面接して入れた奴らだ。
こいつらはいずれ織田家の官僚として働いてもらう。
まずは書の整理や管理等の雑務一般をこなしてもらい、その後は簡単な処理もやってもらう。
数年すればいっぱしの役人だ。
その時は俺も右筆ではなくて何処かの城の主にはなっているだろう。
ふふふ、夢が膨らむぜ!
そして、刈り入れが終わり秋の収穫を得る事が出来た。
しかしこの収穫から得た税収は先の戦いの補償に充てられる。
まだまだ織田家の財政は良くならない。
しかし、他の国に比べれば尾張は遥かに豊かな国なのだ。
それを証明するように国境沿いの国人、土豪が尾張に顔を出していた。
やだね~。ハイエナみたいな連中だよ、まったく。
どこも凶作で食べる物がないからしょうがないとは思うけど、一冬越すことも出来ないほど逼迫している訳でもないのにな。
隣に食べ物があると思うと直ぐにちょっかいを掛けてたくなるのが戦国の世の常なのかね?
このハイエナ連中は即座に討伐されて身ぐるみ剥がされて国境沿いに磔にされたり、首を晒されたりしている。
尾張における織田家の支配は磐石なりと見せ付けるためだ。
この行為は近隣諸国に大いに喧伝してもらった。
主に津島商人と熱田商人に。
その為尾張国境は静けさを取り戻す事が出来た。
その静かになった尾張に犬山城の織田信清から使者がやって来たのだ。
正確には斎藤山城守道三の使者だ。
その使者は俺も見たことのある人物だった。
『明智 十兵衛 光秀』が使者としてやって来たのだ。
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