第七十九話 斎藤山城倒れる
『墨俣にて城が出来た。蝮が病に倒れた』
蝮こと斎藤山城が倒れた事も驚いたが、それより何よりも『墨俣築城』という秀吉の一大出世イベントが無くなった事にショックを受けた。
報告を受けた俺は文を持ったまま固まってしまった。
側にいた貞勝殿や信定殿の声に反応すらせず微動だにしない私を見て一大事と思ったのか。
勝三郎や平手のじい様を呼び出しての騒ぎになってしまった。
俺が正気を取り戻したのは勝三郎に殴られた後だった。
「いてえー! 何をするか!」
「何をするか。じゃない! しっかりしろ藤吉!」
「あ、勝三郎?」
「大丈夫か。そんなに斎藤山城が倒れたのが心にきたのか?」
「へ? あ、ああ」
曖昧に返事をした事で更なる誤解を受ける事になった。
曰く『藤吉は斎藤山城をその手で討ち取りたかったらしい』
曰く『自分の女を手込めにした斎藤山城を恨んでいた』(手込めに有ったのは小六の事)
曰く『実は斎藤山城と通じていたのでは』
手込め云々は小六の耳に入ったらしく大層怒り狂っていたらしい。私は※※※だ!と小一達に言った後に赤面して部屋に籠ったのはちょっとした笑い話であったが、最後の内通疑惑は弁明する気も起きなかった。
そもそも会った事もない人物に内通するなんて事俺には出来ない。
それにもうすぐ死んでしまう人物に仕えてどんな得が有るのやら?
しかし、俺をやっかむ連中にとっては攻撃する為の格好の材料だ!
「は! それ見たことか。あんな筆書きふぜいがデカイ面しやがって。いつか織田家を裏切ると俺は思ってたんだよ」
そんな流言を言いまくったのは『佐々 内蔵助 成政』だ。
内蔵助は桶狭間合戦において身内を亡くしており家を継いだ。
一家を背負って立つ男とは思えない迂闊な男だ。
案の定内蔵助は俺と一緒に桶狭間で戦った連中を敵に回した。
「木下殿は我らと供に今川の大軍と戦った戦友ぞ!それを侮辱するとは!」
「藤吉殿は危険な殿を買って出た豪勇の持ち主だ!その御仁になんたる無礼な!」
彼らのお蔭で俺の疑いは次第に薄れる事になる。
あの戦いで俺にも多くの仲間が出来た事が嬉しかった。
ちなみに内蔵助は利久にぶん殴られて大人しくなった。
一応謝罪もしてくれたので恨みに思う事もない。
しかし、あれが謝る態度かね?
「あー、なんだ。すまなかった」
頭は下げず謝罪の言葉を口にするが目が謝ってなかった。
やっぱこいつは俺の敵だわ!
いつかやり合うかもしれないと思った。
「内蔵助殿。謝罪はお済みですか」
「こ、これは村井様。はい、この通り。私達は友ですから!」
貞勝殿が現れると俺の肩を抱いて仲良しアピールをしてきた。
なんだこいつ?
後で利久に聞いた所。内蔵助は貞勝殿の娘さんに惚れたらしく何度も貞勝殿の御屋敷に通って口説いているそうだ。
内蔵助って犬千代が好きだったんじゃないのか?
利久曰く一目惚れだそうだ。
そして俺が貞勝殿と親しいと分かると掌を返した様に俺に接近してきた。
「やぁ、藤吉。お仕事ご苦労さん。疲れたろう。茶等一服どうだい?」
気持ち悪いよ内蔵助。
内蔵助が派手に騒いで、そして俺と和解した事で他の家臣達が騒ぐ事はなかった。
はた迷惑な奴ではあるが役には立ったな。
市姫様達は当然俺の事を疑うことはなかった。
それどころか大層心配されて俺に休みをくれるほどだった。
疑われる事で心身を疲労したであろうとの優しい配慮であった。
………配慮であったのだが。
「では、詳しく聞こうではないか?」
俺の屋敷には市姫様と信光様がやって来て俺を詰問する事になった。勿論勝三郎と利久も一緒だ。
あー、俺って全然信用されてなかった。
なんか悲しくなってきた。
俺の目から水が流れていた。
それを見た市姫様がぎょっとして俺に手を差しのべる。
「藤吉。どうしたのだ。どこか痛むのか?」
「心が痛いです」
「仕方あるまい。城で詰問するればそなたを我々が疑っていると思われるからな?」
「疑っているのでしょう?」
「ばかをもうせ! 我らは斎藤山城が倒れた経緯を知りたいのだ!そなたを疑っているわけないではないか」
「そうだぞ藤吉。私はその方を疑って等いない。別の事で疑っているがな?」
「別の事?」
「はぁ、そんな事はどうでもいい!それよりも斎藤山城だ。詳しく話せ!」
信光様に詰め寄られて俺は話し出した。
俺も小六から話を聞いただけなので詳しい訳ではない。
小六に説明させたかったが小六は情報の裏取りの為に美濃に行っている。
その為に追加情報を書き綴った文をこの場にいる者にも見せる。
小六の文によると義龍の軍勢が墨俣にて築城を始めた事から始まる。
墨俣築城は以前から行われていたらしくあの地に城が出来る事で尾張と美濃井ノ口に対して睨みを効かせる事が出来る。
これに対して斎藤山城は軍勢を派遣した。
義龍自ら軍を率いていた事もあり斎藤山城も自ら出て来たのだ。
両者睨み合う中で斎藤山城に一つの伝令がやって来る。
その伝令の報告が……
『井ノ口城落城。龍重様討死』
その報を受けた斎藤山城は血を吐いて倒れた。
これが文の内容だ。
「なんと、墨俣築城だけでなく井ノ口が落ち龍重が死んだと!」
「にわかに信じられない話です。これは本当なのですか?」
「小六が俺に嘘をつく理由は有りません。本当だと思います」
「だがおかしい。これほどの内容を我ら近隣に気づかせぬとは」
「以前、美濃で両者に小競り合いが有った報告がありました。直ぐに収まったので気にも止めなかったやつです。おそらくこれがそうでしょう」
「確かにそんな報告が有ったな。まさかそれがこんな大事だとは」
その後あれこれと話をして市姫様と信光様はお帰りになられた。
市姫様は母様に挨拶をして帰られたが俺は一緒ではなかった。
市姫様が二人で話たいと言われたからだ。
少ししてから市姫様が出て来た時大層機嫌が良かった。
何を話されたのか母様に聞いても教えてもらえなかった。
そして、二人が帰った後に俺は小六の文に書かれているある人物がいた事を発見する。
その人物は井ノ口襲撃時の者達の中の一人で四人にとっては気にも止めない人物の名前だ。何故ならこの時はまだ無名の人物だ。
だが俺にとっては特別だ。
その人物は……『竹中 重治』
俺にとって最も大事な人物の名前だ。
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