第七十二話 弘治過ぎ去りて候う
どう見ても『今川 義元』にしか見えない彼女は、自らを『今川 長得』と名乗った。
さっき自分で今川治部って言ってたよね!
そしてそれを問い質すと彼女は自分は義元の影武者だと言い張った。
影武者ねえ?
龍千代の話と外見上は合ってるんだよねぇ。
背は百五十五から百六十で、少し痩せて見える。
着ている鎧が少し大きく、髪は長く膝まで届くくらい。
目元はちょっとつり上がり強気な性格を伺わせる。
肌は白く日に焼けていない。
おそらく外に出る事が少ないのだろう。
歳は二十歳前に見える。
龍千代の言っていた『弱そう』な生粋のお姫様のイメージではある。
一応彼女は捕虜として扱う事に決まった。
彼女は影武者とは言え今川方の重要人物だ。
囲っていて損はない。
そして俺達は今川残党を相手にする事なく援軍と合流を果たした。
なんと援軍を率いていたのは市姫様ご本人であり会って直ぐに抱き締められた。
周りは顔見知りの近習と侍女達ではあったがこれは良くないと思い直ぐに離れた。
市姫様は俺の顔を見て涙ぐんでいたのだが俺の隣を見て顔色を変えた。
「藤吉。その者はなんだ」
底冷えのする声での詰問に先ほどの歓迎ムードは一変していた。
「え~と彼女はですね」 「彼女だと!」
いや、そこツッコミ入れないで犬千代。
「私達が必死になって急いで駆けつけたのに貴様は私の知らぬおなごと」
「ストーップ。待ってください。俺の話を聞いてください!」
「言い訳は清洲でゆっくりと聞こうではないか」
市姫様の冷たい視線が有無を言わせない。
駄目だ。今は何を言っても聞いてくれない。
しかし、長得もとい長姫は何も言わないな?
不思議に思い隣を見ると勝ち誇った顔をした長姫がそこにいた。
俺は何も言えずそこに立っていた。
結局、清洲に着いても俺は市姫様と話をする事が出来なかった。
何でも犬山城の一件が平手のじい様の耳に入ったらしく俺を市姫様に会わせないようにしたのだ。
そして俺が大量の紙の山に囲まれいる間に、市姫様と長姫は対面していた。
その時の話を俺は聞かされていない。
だが、結果だけは教えられた。
「今川長得は預り処分になった」
「預り処分? 誰が預かるんだ?」
「お前」 「お前? て俺かよ! なんで?」
「知らん。とりあえずお前の屋敷で預りになったから」
「はぁ~。なんでこんな事に」
「良かったな! 藤吉」
「なんでそんなに嬉しそうなんだ利久?」
「さあ、なんでだろうな?」
こいつ。また何かやらかしたな?
そうなんだよ。
俺の屋敷(以前貰った屋敷)には、蜂須賀郷から帰って来た俺の家族と犬千代、寧々におまけの利久、それに長姫がいる。
あ、忘れてた小六も居たな。
だから今は屋敷に帰るのが恐ろしい!
家で何が起きているのか、想像したくない。
そんなこんなで城に缶詰になっている俺だが、仕事はきっちりやっている。
まずは『信行の葬儀』だ。
世間では『織田騒動』と言われている信行の、と言うより林達の謀叛騒ぎ。
表向きは謀叛の責任者として死亡と発表しているが、裏では織田家の一員としてちゃんと葬儀を行った。
もちろん参加しているのは織田家一門のみではあるが。
信行の残した妻子に関しては一門として面倒をみる事が決まった。
そして『林佐渡』と『柴田勝家』は正式に謀叛人として発表されて領地没収とされて遺族は各々の親戚筋に預けられた。
遺族の登用は様子を見て行われる予定だ。
登用と言えば。
『滝川 一益』と『森 可成』の二人を登用する事が出来た。
滝川一益は市姫様襲撃犯人の下手人だが、彼はただ命令されただけの下っぱだ。
罪に問うよりその行動力を買う事になった。
本人も林達よりも織田家に直接仕える事が出来て大喜びしている。
それにこの男、勝三郎とは親戚筋にあたるらしい?
勝三郎も一益を推薦したので登用する事になった。
当分は勝三郎の元で働く事になる。
森可成は鳴海城の戦で大いに働き、その働きを認めて登用が決まった。
その槍働きは期待したい!
そして、林美作はまだ生きている。
奴にはたっぷりと時間をかけて洗いざらい吐いてもらわないといけない。
そう時間をかけて………
こうして忙しい時間は過ぎ去って行く。
そして田植えを終えた頃に都から改元の知らせがもたらされた。
『弘治』から『永禄』に。
そして津島に居た山科卿から『奇妙丸』様に正式に『尾張守』が与えられた。
これで織田家は名実共に尾張の大名となったのだ!
俺がこっちに来てから瞬く間に一年が過ぎ去った。
訳も分からずに戦場に迷い込み、なし崩し的に仕官して、尾張の統一の手助けをし、上洛に付き合わされて危うく長尾家に拉致されそうになり。
尾張に帰って来たらクーデターが発生して、それを沈めたら斎藤と今川が攻めて来るし、まあ斎藤は攻めて来させたんだけどな。
とにかく物凄く濃い一年だった。
願わくば来年以降はもう少し緩やかな一年である事を願いたい。
永禄元年 六月某日
織田家 右筆 足軽大将 木下 藤吉 書す
これにて第三章は終了です。
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