第七十一話 戦後処理にて候う
今川との戦は終わった。
『今川 治部大輔 義元』討死の報に、侵攻してきた今川勢は我先にと撤退して行った。
鳴海城を占拠していた一部の兵が居たが、義元の兜を与えるとそれを持って撤退して行った。
それだけではない。
沓掛城の兵まで撤退して行ったのだ。
そして無血で沓掛城を手に入れる事が出来た。
これで鳴海、大高、沓掛を手に入れて尾張南部を平定した事になる。
今回は防衛戦であったにもかかわらず領土を増やす事が出来た。
大変目出度い!
しかし、目出度い事ばかりではない。
美濃の『斎藤山城守』は息子の『斎藤義龍』に謀叛されたのだがこれを撃破した。
返す刀で犬山城に密使を放ち、犬山城主『織田信清』が寝返り尾張北部の一部を失う事になった。
さすが蝮。転んでも只では起きない!
しかし、蝮も無傷では無かった。
謀叛に失敗した義龍は西美濃に逃れて、ここで独立。
さらに東美濃の『遠山家』が半独立。
武田に従属する事になった。
これで美濃は三分割された。
西は義龍、東は遠山、中央を蝮。
美濃は混沌とした雰囲気を醸し出している。
そして三河では史実通りに『松平 元康』が岡崎城で挙兵。
これに西三河の国人衆が呼応して独立する。
まるで今川が敗れて義元が死ぬのを知っていたかのように、手際が良かった。
そして元康は織田に使者を送って来て『当分は両者、領土不可侵を約さん』と言ってきた。
『ぶっちゃけ今織田さんと喧嘩なんてしてる暇ないんだよね。お宅らも斎藤と今川と戦って大変でしょ。俺達と喧嘩するよりも家の後始末を優先したいでしょ。俺達も独立したばっかだから織田と今川両方敵にしたくないのよ。だからここは国境線を決めてとりあえず手出ししないようにしようよ。ねえ、良いでしよ。市さん。あなたの元康より』(現代語訳)
と言うふざけた文も持ってきていた。
これを見た市姫様は頭を抱えるもこれを了承した。
確かに今は敵が減るなら大歓迎だ。
無理に戦うよりはいい。
限定的ではあるが松平家とは同盟を結ぶ事になった。
俺は戦から帰ると直ぐに平手のじい様に捕まり、清洲と名古屋に鳴海に大高、沓掛の戦後処理を一任されてしまった!
ブラックだ、ブラックだと思っていたがさらに酷くなってしまった!
ふざけるなー!と叫びたい。
お蔭で俺は清洲城から一歩も外に出る事なく後処理に追われる事になった。
しかし、今回は俺一人ではない!
城に帰って来ると『村井 貞勝』と『太田 信定』の二人が待っていた。
正確には待っていたのは貞勝殿一人で、俺と信定殿の二人は戦場帰りだ。
貞勝殿の『待っていたよ』と取れる笑顔が印象的だった。
そして俺はここでようやく太田信定が誰か分かった!
彼は『信長公記』の作者『太田 牛一』だったのだ。
気づいた理由は利久から彼が馬廻りの一員として戦に参加している時に、素晴らしい弓の腕を見せていたそうだ。
織田家で弓の得意な太田さんは俺の知っている中では太田牛一しかいない。
書が書けて弓が得意とくればこれはもう間違いない。
しかし名前はいつ牛一になったんだろうか?
まあ、そんな事は些細な事だ。
久しぶりに揃った右筆衆の力を見せてやるぜ!
それに俺は今、自分の屋敷に戻りたくない。
その理由は………
※※※※※※※
何故だ! どうしてこのような事になる!
わたくしは松井を介して兵達に指示を送っていた。
わたくしの言う通りに動けば負けるはずない!
なのに兵達はわたくしの命令通りに動かなかった?
それどころか、一部が勝手に動いた為にそこを織田勢に突かれてしまった。
まだ大丈夫! それぐらいならいくらでも取り返しがつく。
そう思っていたのに織田勢の勢いに圧されたのか。
一部の兵が逃走し始めたのだ!
松井に兵を鼓舞させるも全く意味をなさなかった。
そればかりか、兵達から兵を率いる将達が次々に討ち死にする報告がされてきた。
そんなはずはない。
そんなはずはないのに!
既にわたくしの命令は伝わる事はなく、兵は敗走していた。
松井に言われるがままに馬に乗り撤退する。
松井は殿を務めると残った。
こんなはずでは? こんなはずではないのに!
どこで間違ったの? わたくしの選択に間違いはなかったのに?
そして気づけばわたくしを護衛していた兵が居なくなっていた。
さらにわたくしの周りには見たことのない兵達がいて、わたくしを囲っていた。
その兵達は刀を抜き、わたくしに斬りかかってきました。
わたくしはそれを避ける事が出来ましたけど、乗っていた馬を斬られてしまい落馬してしまいましたの。
日頃の鍛練の成果なのか。
上手く受け身が取れた為に怪我らしい怪我はしなかったものの、兜がずれ落ちてしまい髪の毛で視界が思うように取れません。
そこに先ほどの兵達がわたくしに襲い掛かってきました。
けれどわたくしを只のおなごと侮られては困りますわ!
一人一人襲い掛かってもわたくしを斬る事等出来ません。
襲い来る兵を一人、また一人と斬っていきます。
しかし、多勢に無勢。
わたくしは囲まれてしまいました。
「わ、わたくしを今川治部と知っての狼藉か!」
「知ってますよ。治部様。お命頂戴!」
この数に同時に襲い掛かられてはいかにわたくしでも捌ききれません。
わたくしが覚悟を決めようとしたその時。
「待て、お前ら!」
そう言ってわたくしの前に飛び出した一人の男が現れました。
後ろ姿故に顔は見えませぬがわたくしを守るように前に立っていました。
わたくしはこの者がわたくしを助けてくれる者と判断しました。
「そなた。名は?」
その者は振り返る事なく答えました。
「木下 藤吉! 義によりお助け致します!」
そう言うとわたくしを囲んでいた兵達に向かって行きました。
その時、わたくしの胸の鼓動が激しく鳴っていたのです。
このような事は今まで無かった事です。
「木下 藤吉」
わたくしは両手で胸を押さえるとその名を呟いていました。
は、と気づくとわたくしを囲んでいた兵達は斬られるか、あるいは逃げるかしたのでしょう。
その姿は見えませんでした。
その代わり、わたくしの目の前にわたくしを助けてくれた男がいました。
その者はわたくしを見ると尋ねました。
「その、あなたは、今川治部大輔義元で間違い御座いませんか?」
「いいえ、違います! わたくしは今川 長得。長とも得ともお呼びください!」
お父上様。わたくしは見つけたかもしれません。
わたくしの夫となる方を!
チョロイン2号爆誕!
ちなみに周りには藤吉だけではなく勝三郎と長康達織田兵が居ますが、どうやら彼女には藤吉しか見えていないようです。
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