第七十話 決着致して候う
俺達は休憩もそこそこに今川の荷駄隊を襲った!
抵抗らしい抵抗を受ける事もなくあっさりと荷駄隊を撃破。
警護していた今川勢の数も多くなかったので助かった。
人足は抵抗しなければ逃がした。
彼らは銭で雇われた者や今川領に住む領民だ。
無理に殺す必要はない。
そして荷は一部を残して全て焼き払った。
いいぞ、いいぞ。運がこちらに向いてきた。
荷を派手に燃やしたので先行していた義元本隊にこの事は分かったはずだ。
後は今川勢の動き次第だ。
こちらに向かって来たら近くの間道を使って東海道に出る。
そして遠回りだが鎌倉道を使って熱田の近く笠寺に向かう。
そこで味方と合流して今川勢を迎え撃つ。
これが一番大変かもしれない。
とにかく笠寺まで逃げればいいのだが何とかなるだろうか?
逆に進軍の不利を覚って兵を退く場合は、何もせずに見送る。
下手に刺激して逆襲を受ける等考えたくもない。
こちらが無理せずとも兵を退いてくれるならそれに越した事はない。
それに俺は今川勢に懸念を持っていた。
今川勢は思っていたよりも強くなかった。
強いと言うより弱かった。
よく『織田の兵は弱兵だ』と小説で言われるが、俺は今川勢よりは織田勢が強いと肌で感じた。
実際に桶狭間でぶつかった時、今川勢の抵抗は弱かった。
これは相手が奇襲を受けていたから弱かったと思っていたが、殿をしていた時もたいして強くなかった。
これはおそらくは心の持ちようではないのかと俺は思う。
人間勝ち戦の時は命を惜しむものだ。
今回の戦いは今川が圧倒的に優勢で負ける要素が皆無だ。
だから無理して戦って命を落とすなんてバカな事はしない。
逆に俺達は後がなかった。
死中に活を求める。そんな感じで戦った。そして生き残った。
今回の今川侵攻では悉く裏目に、という訳ではないが上手くいかなかったがここに来て風向きが変わったようだ。
後はこの風に乗って事をなすだけだ。
そしてそれは起こった。
東海道方面の間道を見張っていた兵が報告して来る。
「今川勢がこちらにやって来ます!」
「数は?」
「千以上です」
「どう思う。勝三郎?」
「千以上なら退却の兵じゃないな。荷駄隊を襲った俺達の排除か?」
「う~ん、それならもっと数が有ってもいいはずだ」
「確かにそうだな。教吉殿はどう思われます?」
「大物見では?」
「大物見にしては数が多すぎるような?」
「そうでもないぞ藤吉。こっちの数が分からないので」
「報告します!」
俺達の会話に別の兵が報告をしてきた。
「さらに別の今川勢約二千がこちらに向かってきます!」
「これはどういう事だ。なぜ兵を分ける?」
「兵を分けて俺達を見つける為。にしてはやはり数が多いな?」
勝三郎と俺は考え込む。そして教吉殿が何か気づいたのか兵に尋ねる。
「おい! 今川勢は旗を持っていたか?」
「あ~、いえ、確か旗は見えませんでした」
「お前は見たのか?」
「いえ、見ていません」
「教吉殿? 旗がどうかされましたか?」
俺は不思議に思い教吉殿に尋ねる。
「藤吉殿! 我らの勝ちです!」
「は? 何でですか?」
「そうか! そういう事か!」
「え、勝三郎。何? どうしたの?」
「「援軍だ!」」
「は~?」
勝三郎と教吉殿の説明ではこうだ。
こちらに来る今川勢が別々の道を通ってくるのは味方の兵と戦って敗走しているからだと。
その証拠に今川勢は旗指物を持っていない。
さらに報告には今川勢は無秩序に隊列を組むことなく向かって来ているそうだ。
なら『最初からそう言えよ!』とツッコミたかったが、報告に来た兵も内心慌てていたので詳細を省いたようだ。
それにしてもよく気づいたな教吉殿は?
さすがに戦い慣れているからか。
俺と勝三郎では気付かなかったかも知れない。
しかし、これで俺達の仕事はほぼ終わりだ。
今川勢が敗走しているならそのまま通してやればいい。
下手に通せんぼして逆襲を食らっては堪らない。
俺達は直ぐに撤収準備を始めた。
と言っても奪った荷駄を持って帰るだけだ。
それほど手間ではない。
念のために大高道から少し離れた所に移動する。
今川勢とかち合うのを防ぐ為だ。
ほどなくして今川勢がやって来た。
数は報告よりも少なかった。
見張りの奴らよほど慌てたようだ。
今川勢は先を争うように走っている。
こうやって端で見ていると敗残兵の姿は惨めだなと思う。
それに彼らからは義元討ち死にの声が上がっていた。
そうか、義元は死んだのか。
少し残念な気分だ。
まだ若い女性が死んだのだ。
悼む気持ちを持ってもバチは当たるまい。
「義元は死んだようだな」
「ああ、そうみたいだな」
「少しは嬉しそうな顔をしたらどうですか。二人とも」
俺と勝三郎は義元が死んで嬉しいとは思わなかったようだ。
「義元は女だっただろう。それが討ち取られた聞いたら、市姫様の事を思ってしまった」
勝三郎の言葉に俺も同意した。
もしこれが逆になっていたらと思うと………
そして気が付くと今川勢は既に見えなくなっていた。
そこに長康がやって来た。
「大将! ちょっと来てくれ!」
「なんだ。長康?」
「むこうで乱取りをやっている奴らがいるんだ」
「あまり長居したくない。止めさせろ!」
「それが俺らじゃないんだ。今川同士でやってんだ」
「仲間割れか? ほっとくか?」
「そうだな。俺達には関係ない。教吉殿。移動しましょう」
「大将。襲われてるのは女みたいなんだが」
「勝三郎! 直ぐに向かおう!」
「おい! 藤吉!」
「案内しろ! 長康」
「分かったぜ。大将!」
そして、俺達が向かった先に大勢に取り囲まれる者がいた。
「わ、わたくしを、今川治部と知っての狼藉ですの!」
そこに居たのは長い黒髪を靡かせた女性がいた。
自らを『今川治部』と名乗り。
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