第六十八話 一息つきて候う
俺の部隊は桶狭間山の頂上からあるルートを通って下山した。
下山途中で今川勢を幾つか見かけたが既に倒されていた。
先に下りた勝三郎の部隊と戦った後だったようだ。
俺達は息が残っている者を見つけると止めを刺して遺留品である武器や兵糧を頂いて下りた。
逃げ出した時に手持ちの武器も投げつけてしまっている者もいたからだ。
しかし、数が少ない。
もっと多くの兵を伏兵に使っていると思ったのにな?
山を下りるまでに出会った敵兵は二百もいなかった。
それに固まっての伏兵ではなく十人、二十人ぐらいでの伏兵だったようで、これでは千人を率いる勝三郎の部隊と出くわせば結果は明らかだ。
だが、味方の兵の亡骸も少なくなかった。
おそらくは手傷を負った鳴海勢だろう。
教吉殿が兵を退くときに担いでいた負傷兵が動けなくなって介錯をしたのだろう。
亡くなった兵は苦しまないようにと深い傷が残っていた。
乱戦でこんな深い傷は出来ない。
それに武具や手持ちの兵糧も無くなっていた。
きっと同僚の兵達が持って行ったのだろう。
それらを見つけながら俺達は下山した。
不思議な事に山頂からの今川勢の追撃はなかった。
途中で小休止を取ったりして上からの襲撃に備えていたのだが、まったく無かった。
今川勢に何か有ったのか? それとも伏兵に自信が有ったのか?
考えても仕方ない事だ。
実際には襲撃もなく、伏兵は勝三郎達が蹴散らした。
結果として俺達は無事に下山する事が出来たのだ。
それでいいだろう。
「藤吉!」 「勝三郎!」
俺達は下山して直ぐに待っていた勝三郎と教吉殿と合流する事が出来た。
「そっちの被害はどれ程だ。こっちは五十ほど殺られた。脱落した奴はいなかったが」
俺達の部隊は殿を勤めた時の被害がひどかったが一割ほどの被害だった。
これはあの状況を考えると驚異的に少ないと思う。
これも蜂須賀党の頑張りのお陰だ。
しかし、蜂須賀党にも被害は出ていた。十人の死者とほとんどの兵が負傷していた。俺も例外じゃない。
「こっちは二百ほどが殺られた。後は三百ほど逃げ出した。残ったのは千もいない」
勝三郎の隊は元馬廻りで構成されている。
俺達混成部隊の中でも最精鋭だがそれでもと言うべきか、当たり前と言うべきか、五百の被害を出していた。三割の損失だ。
最も被害を出していたのは教吉殿の鳴海勢だ。
ほぼ半数の兵を失っていた。
そして、三隊の中で最も沈んでいた。
「教吉殿」
「藤吉殿。ご無事でなにより」
「そちらこそ、無事で良かった」
教吉自身は負傷していなかったが、元気がない。
当たり前か。
今まで苦楽を共にしてきた者達を大勢亡くしたのだから。
しかし、今は立ち止まっている訳にはいかない。
少し休息を取った後に、直ぐにでも行動しなくてはな。
状況は依然良くないのだ。
俺達は残った兵を確認した後、大休止を取ることにした。
一応周囲を警戒させての事ではあるが、少しは休息を取らないと倒れる兵が出るだろう。
それが証拠に大休止の宣言をした瞬間、兵達は一斉に腰を降ろした。
立っているのも辛かったのだろう。
しかし、俺と勝三郎、教吉殿はそうもいかない。
指揮官は弱音を吐くことは出来ない。
特に今は士気が低下している。
何かの拍子に兵が離散する事もあり得るからだ。
ふと見れば、兵達は思い思いに休息を取っている。
竹筒の水で喉を潤したり、干し飯をそのまま食べる者、ただ腰を降ろしてぼ~としている者、雑談に興じる者、様々だ。
俺達指揮官は雑談をする事はない。
策を練らないといけない。
俺は長康に頼んで比較的元気な奴らに斥候を任せた。
周辺の情報が欲しいからな。
ここは比較的安全だと思うが、過信はしない。
用心に越した事はない。
そして三人で車座に座り中央に地図を広げる。
俺は竹筒から水を飲み一息ついてから話し出す。
「まずはこの場所の確認だ。教吉殿?」
「ここはもう大高道に出ている。若干道を外れているが直ぐに道を確認できるはずだ」
そう、俺達は大高道を逃走に選んだのだ。
理由は東海道を選んでも足止めが出来るか分からなかったからだ。
それに俺なら伏兵を置くなら東海道方面に置いておく。
逃走するなら東海道に出て多少遠回りでも鎌倉道を使えば安全だ。
その安全に帰る心を詠むだろう。
それに今川勢は元々東海道に出ようとしていた。
伏兵にてこずって山を下りた時には本隊が居る可能性もある。
それならいっそ、大高道に出て物資を運ぶ荷駄隊を襲う事を考えた。
そもそも俺達の目標は荷駄隊だったのだ。
あくまでも義元はおまけだった。
それを勝三郎が先走ってしまったのだ。
しかしそれは結果的には良かったかも知れない。
もしあのまま進んでいたら俺達は義元本隊と桶狭間山の部隊とで挟撃されて全滅したかもしれない。
まあ、全滅前に逃げ出しただろうがな。
でもその場合は兵のほとんどを失っていただろう。
たらればの話はここまでにしよう。
ここからは現実の話だ。
「荷駄隊は既に間道を通っていると考えるが、どう思う?」
「勝三郎の考えはもっともだと思う」
「某も同じ考えに」
「今、長康に物見を頼んでいる。まずは間道に入った」
「大将! 見つけたぞ!」
「俺を見つけてどうするんだ長康? 見つけるなら荷駄隊を」
「その荷駄隊を見つけたんだ!」
「本当か? 何処だ!」
「目の前だ!」
「はぁ?」
「だから、目の前!」
俺は立ち上がり目の前の藪をかき分けながら目の前の大高道に向かう。
するとそこには大量の物資を運ぶ人足と荷物を乗せた馬が居た。
俺は歓喜した!
ようやくだ! ようやく勝利の糸口を掴んだ!
俺は絶対にこの好機を逃さない。
待っていろ義元。
俺達を逃した事を後悔させてやるぞ!
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