第六十六話 背後を突かれし候う
俺達の背後に今川勢が現れた。
数は千五百から二千だろうか?
パッと見た感じなので実際はもっと少ないのかもしれない。
しかし、後ろを取られたのは事実だ。
さあ、どうする藤吉!
「どうするよ? 大将」
俺に問いかけているのは蜂須賀党の面々を取りまとめる『前野 長康』。
小六が俺に付けた護衛だ。
史実の長康は、小六とほぼ同じ頃に秀吉の与力になって各地を転戦。
最後は秀次事件の被害者になって亡くなっている。
こいつも秀吉の犠牲者の一人だ。
長康は俺と同じくらいの背丈をしている。
俺の想像していた長康は顔に傷のある山賊顔だが、こいつは中々に男らしい顔をしているが傷は無いし髭も無い。
一見すると厳つい顔だがそれほど怖くない。
「上を目指すしかない!」
「まあ、それしかないな」
そう上を、義元を討ち取るしかこの窮地を脱する事は出来ない。
そして上を目指そうとした俺達に伝令がやって来る。
「教吉様からの伝言です! 『後ろは任されよ』との事です」
「あい分かった!」
教吉殿は死ぬ気か?
だが、ここで死なす訳には行かない。
「伝言を頼む。『半刻、いや四半刻耐えられよ』と」
「は、伝えまする!」
伝令が去って行くのを見ながら蜂須賀党の面々に号令を掛ける。
「狙うは今川治部だ! 行くぞ!」
「「「おう!」」」
俺達は上に向かって駆け出す。
既に勝三郎の部隊は上に有った今川陣に突撃を掛けている。
負けじと俺達も敵陣地になだれ込む。
この時の俺達の編成は
勝三郎 千五百 藤吉 五百 教吉 千
勝三郎の兵は馬廻衆が中心、俺の兵は蜂須賀党と熱田衆の混成部隊。
そして教吉の兵は鳴海の兵だ。
俺の率いる兵蜂須賀党は五十と少ないので熱田衆が合流したのだ。
実質俺の隊は熱田衆だがこれまでよく俺の命令を聞いてくれている。
本当に有難い。
だが、真っ先に敵陣に飛び込むのは蜂須賀党だ。
実に戦い慣れている。
俺も負けじと敵兵を叩いたり取っ払ったりしているが彼らには負けているような気がする。
そして、その蜂須賀党の勇猛な戦いに引っ張られるように熱田衆も奮戦している。
あらかた周りの兵を追い散らし上を見ると輿が見えた。
下に居た時は全然分からなかったがここまで来ると俺にもはっきりと見えた。
後少しだ!
「輿が見えるぞ! 義元はあそこだ! 掛かれ、掛かれ!」
俺は輿が見えた方角を指してありったけの声を張り上げた!
「大将首を上げろ! 行くぞ!」
前野長康が負けじと大声を出す。
俺としては生け捕りにしたい所だ。
まだ二十歳前の女性だ。
その首なんて見たくない。
しかし、状況がそれを許さない。
それほど切羽詰まっているのだ。
勝三郎の隊も敵を蹴散らしてこっちに向かっている。
後ろでは怒号と悲鳴が聞こえている。
急げ、急げ、急げ!
疲れている体に鞭打つように声を出しながら走る。
一見すると無駄に体力を使っているように見えるがそうではない。
声を出すことで恐怖をまぎらわせているのだ。
本当は直ぐにでも逃げ出したいのだ。
それを声を出すことで打ち消している。
「うおー、掛かれ! 掛かれ!」
「「「おう!」」」
そして遂に頂上にたどり着く。
しかし、今川の陣は静まり返っていた。
訝しく思いながらも俺は兵を動かす。
蜂須賀党が真っ先に輿が見える陣幕に突入する。
「大将! 敵がいねえぞ!」
「誰もいねえ。逃げたのか?」
「探せ、探せ! まだ近くにいるはずだ!」
陣幕にいる蜂須賀党の面々の声を聞いて俺は一辺に血の気が引いた。
罠に掛けられた!
間違いない。俺達は罠に掛かったのだ。
「藤吉! 義元は? 義元はどこだ!」
勝三郎の声が聞こえるが俺は返事をしなかった。いや、出来なかった。自分達の置かれた状況を直ぐに理解したからだ。
「おい、藤吉! 聞いているのか? 返事をしろ!」
勝三郎が俺の肩を掴み揺さぶる。
「勝三郎」
「藤吉。義元は?」
「おしまいだ」
「藤吉?」
「俺達は嵌められた。義元は居ない。最初から居なかった!」
「何だと?」
俺と勝三郎が話していると蜂須賀党の面々がやって来て報告する。
「駄目だ。大将。今川の奴ら何処にもいねえ!」
「陣には武器も何もねえ! どうなってんだ?」
俺は背後を振り返り山裾を見る。
そこには次々と今川の兵が現れていた。
最初に見た兵よりも遥かに多い。おそらく五千は居るだろう。
そしてその五千の兵達の後方には朱塗りの輿が見えた。
俺はそれを指差した。
「義元はあそこだ。俺達は義元の策に嵌まったんだ」
「な!」
俺の周囲に居た連中は声を出すことも出来なかった。
そして俺と同じで覚ったのだろう。
自分達が義元を討つことが出来ない事を。
俺達は義元が山頂に居ると思い、がむしゃらに上を目指した。
その為この山頂に着くまでに相当体力を減らしている。
途中で今川勢とも戦っている。
疲労していない訳がない。
しかし、義元を討ち取ればその疲れも吹っ飛ぶ。
だから遮二無二に山を登ったのだ。
だが、義元は居なかった。
目立つ輿を山頂に置いて最初から居なかったのだ。輿を囮に使い俺達を誘き寄せた。
そして肝心の義元は下に居る。俺達は山の頂上に追い詰めらたのだ。
その事を理解した時、体は一気に疲労感を爆発させた。
俺と勝三郎は立っているが周囲の兵達は一人また一人と腰を落とす。
その顔は絶望を感じさせていた。
まさに俺達は絶体絶命の状況に追い込まれていた!
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