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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第三章 蝮と海道一の弓取り

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第六十三話 乾坤一擲

 さて、予定通りに大高城を使い物にならないようにした。


 そして今川勢は沓掛城からこの鳴海城に直接やって来る事になる。

 しかし沓掛から鳴海城の道は道幅が狭く大軍で進むには適していない。

 多少遠回りだが大高城を経由した方が大軍で通るには適している。

 しかし大高城は使えない。

 兵をろくに休ませる事も出来ない。

 この鳴海城につく頃にはある程度疲労しているはずだ。

 これで少しは時間を稼げるはずだ。


 斥候の報告で大高城の兵は沓掛城まで戻ったそうだ。

 戦って亡くなった人数よりも怪我をした人数が圧倒的に多い。

 一旦戻って態勢を立て直すのかもしれない。


 先の大高城攻めで負傷者は三百人近い、死傷者は百人未満ほど出た。

 戦に死者は付き物だ。

 しかし、戦の最中に亡くなる人は少ない。


 死者は戦の後が多いのだ。


 現代と違ってこの時代の医療は外科よりも内科の方が優れている。

 その為兵の死の原因は外傷、及びその後の破傷風による物が多い。

 俺は医療に詳しい訳ではないが、取り敢えず傷口を綺麗に洗って清潔な布を巻き付ける。

 これぐらいの事しか知らない。

 俺はこの簡単な治療法を指導してまわった。

 今は右筆の仕事は後回しだ。

 一人でも多くの兵を助けないといけない。

 この後の策には一人でも多く戦える人数が必要だ。


 そしてとにかく時間だ!


 時間を稼いで少しでも今川勢をこの鳴海城に釘付けにしないといけない。

 そして、俺達は援軍が来るのを待つのだ。


 だが、援軍が間に合わないその時は……



「勝三郎。どのくらいで今川は来ると思う?」


「そうだな。沓掛からはここまで半日ほど、岡崎に居る本隊は二日ほどだろうか」


「遅くなる事はあっても早くなる事はないよな?」


「それは向こう次第だろう。犬山はどうなったかな?」


「まだ、動きはないだろう。多分。最悪、俺達だけでやらないとな」


「それは勘弁して欲しいな」


「まったくだ」


 二人して笑った。

 少しでも明るく振る舞う。

 兵達を不安にさせる訳にはいかない。

 こういう不利な時、アニメや漫画、小説にドラマの主人公達は明るかった。

 それを真似したのだがその意味を今なら分かる。


 怖さを紛らわしていたのだ。


 もう少ししたら今川勢三万がこの鳴海城を取り囲む。

 それを思うと震えて来る。

 先の大高の時はそこまで怖くなかった。

 楽勝だと思っていたからだ。

 しかし実際は、下手したら死んでもおかしくなかった。

 鳴海に着いた時は思わずへたりこんだほどだ。

 勝三郎から叱られたが勝三郎の足元を見れば小刻みに震えていた。

 勝三郎でも怖かったのだと思うと自分だけではない。

 皆が怖かったのだと知った。


 そして今度はこの鳴海城での籠城戦だ。


 正直籠城戦では勝ち目はない。

 これははっきりしている。

 勝ち目のない戦いだが、やらないといけない。

 途中で降参するという考えもあったが、それは周りが許してくれないだろう。

 何より降参した場合の命の保証を誰がしてくれるのだろうか?

 織田と今川は西三河で激しく殺り合った。

 部下はともかく市姫様や織田家一門はその命を散らすかもしれない。

 それを俺は座して見ている訳にはいかない。


 俺ってこんなに熱い男じゃなかったのにな?


 どうも寧々に言ったあの言葉から、なんかスイッチが入ったみたいで胸の中が熱いのだ。


『俺に任せろ!』


 なんて魔法の掛かったセリフなんだろうな。

 でも、気分は悪くない。

 悪くないどころかすこぶる調子がいい。

 今ならなんでも、……なんでもは出来ないな。


 とにかくだ! やるだけやるしかない。




 大高城の戦いから三日経った。


 俺達の目の前には今川勢がいた。

 見た限りでは二万ほどの軍勢だ。

 全軍ではないようだ。

 その今川勢は遠巻きに鳴海城を半包囲している。


「どうだ藤吉。絶景だな!」


「余裕あるな勝三郎。あれを見てそんな事言えるなんて?」


「そうだな。それに私も一度でいいからあれぐらいの軍勢を指揮してみたいよ」


「ああ、そうだな。俺もそう思う」


 俺達が櫓で雑談を交わしていると山口親子がやって来た。


「いよいよですな」


「ええ。でも援軍は間に合いそうもないようです」


「そうですか。では我らで手柄の立て放題ですな! ははは」


 息子の教吉は大きな声で笑った。

 無理してんじゃないのか?


「そうですな。この勝三郎。必ず大将首を上げて見せますぞ!」


「それは俺も同じですよ。負けませんよ!」


 勝三郎と教吉は張り合っている。

 そして教継が私に近づいて囁く。


「藤吉殿。どうしてもやりますか?」


「ここまで来たらやるしかないでしょう。援軍が間に合えば俺達がやらなくてもよかったんですけどね」


「そうですな。座して死すより出でて生を掴む、ですな?」


「誰の言葉ですか?」


「私の言葉です」


 俺と教継は大きな声で笑った。


「何だよ親父、それに藤吉殿も。俺もまぜてくださいよ」


「そうだぞ藤吉。私も混ぜてくれ」


 そして四人で笑った。


「では、手筈通りに」


「うむ」


 先に教継殿が去っていく。


「では俺も」


 そして教吉も去った。


 残ったのは俺と勝三郎のみ。


「で、藤吉。義元の本隊はどの道を通ると思う?」


「そうだな。今俺達を包囲している今川勢は大高城からやって来た。なら本隊は別の道を通るはずだ」


「なぜ、そう思う」


「本来なら全軍で包囲するつもりだったんだろう。でも大高から来た兵が速くやって来た。だから他の隊は大高以外の道を通って来ていると思う。だから全軍が揃っていない」


「確かにな」


「おそらく東海道を通るはずだ」


「熱田に向かうとは考えないのか?」


「確かに熱田に向かうかもしれないが、今川はそれほど兵糧に余裕があるとは思えない。熱田に向かう前にこの鳴海を落としてその兵糧を奪うはずだ」


「ふむ、そうだな。大高に入れた兵糧は俺達が焼いたからな。なら……」


「ああ、全軍揃ったら総攻撃を仕掛けるだろうな」


「なら俺達は」


「東海道を通る本隊を奇襲する!」


「ふぅ、もう少し兵が有ればな」


「それはしょうがない。でも道幅が狭いからそんなに多くの兵はいないと思うよ」


「もし、本隊じゃなかったら?」


「その時はその時。適当に殺り合って退くさ」


「まさに賭けだな。乾坤一擲」


「ああ乾坤一擲だ!」



 その日の夜、俺と勝三郎、教吉が率いる兵三千は夜の闇に紛れて鳴海城を出た。


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。

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