第六十二話 大高城の戦い
嘘だろ。
罠に嵌めたはずなのにこっちが罠に嵌まるなんて笑うに笑えない。
せっかく加藤家の印の入った酒壷まで持ってきたのに。
何だったんだよこの二日間は!
「藤吉、これは」
「ああ、勝三郎の案で行こう」
「よし、任せろ!」
こんな事もあろうかと、勝三郎と次前策を練っていた。
俺の策は言わば机上の空論だ。
実際に戦う者達の考えを知らず『こうなれば良いな』や『そうなるだろう』との予測でしかない。
だってしょうがないだろう。
俺は半年ほど前に首になったサラリーマンなんだよ!
それが城攻めやら夜戦やらの戦い方なんて分かるわけないんだ。
せいぜい予想、予測の範囲でしか考えきれないよ。
マンガやアニメじゃないんだから失敗するのが当たり前なんだ。
その失敗を最低限に抑えて修正するのは実戦経験者しかいない。
この場合は勝三郎に頼るしかない。
では、勝三郎の次前策は何か?
「直ぐに円陣を組め! そして合図を放て!」
「「「おう!」」」
勝三郎の号令の元、織田兵は半円形に広がり板塀を背にする。
そして兵の一人が近くの篝火を使って矢に火を付けて空に向かって何度も射る。
大高城に忍び込んだ俺達織田兵は三百あまりだ。
俺の策では三百で侵入して見張りを殺して門を開けて、外の本隊を呼び込んで城内を掌握する予定だった。
そして、勝三郎の策は万が一敵の数が多く、門を開ける事が出来ない状態の時は……
城を燃やす予定だ!
別に俺達織田勢にとってこの大高城は必要な城ではない。
なんせ目と鼻の先ほど近くに鳴海城があるのだ。
この城の役割は国境線を明確にする事と見張りの為だ。
これは俺の私見が入っているが大体合っていると思う。
そんな城は俺達には、というか俺は必要としていない。
拠点は必要最小限にする事で兵の集中運用が可能だ。
逆に拠点が多いとその拠点に置く兵や物資、そしてそれを管理する人達。それらを合わせた管理費はバカにならない。
戦力は一点集中で運用し他は必要に応じて兵の増減を行えばいい。
無駄は省かないといけない。
特にこの戦国の世では!
それはさておき、俺達の前には五百を超える兵が見える。
城の城門からと屋敷からだ。
まだまだ奥には沢山の兵が居るみたいだ。
遠巻きに矢を射かけられたら終わりなんだが、そうはならないようだ。
今川勢は数を頼りにこちらを押し潰すようだ。
これはこの大高城に必要以上の兵が居る為に弓を射るスペースの確保出来ない為だ。
それでも櫓から射かけているようで矢が降ってくる。
これを垣盾を用いて防ぐ。
垣盾は厚手の板を繋ぎ合わせて盾としている物だ。
梯子を登る時に背中に括り付けて持ってきたのだ。
そして持ってきているのは垣盾だけじゃない。
大きな木槌も持ってきている。
これは俺達が背にしている板塀を壊す為だ。
俺が木槌を使って塀を壊し、勝三郎は前から襲って来る今川勢を相手にする。
適材適所だ。
俺はバットスイングの要領で木槌を塀に叩きつける!
この木製の塀の耐久力はそんなに高くない。
三、四回叩いただけで亀裂が走る。
良し! 行けそうだ!
「勝三郎!」
「出来たか、藤吉?」
「こっちは良いぞ!」
「良し! 押し返すぞ!」
勝三郎達は垣盾を使って今川勢を押し出す。
そして俺は渾身の一撃を塀に叩きつける!
塀は見事に壊れた。
俺達は壊れた塀を更に広げて逃げ道を作る。
これで退路は確保した。
退路は確保したが肝心の本隊からの攻撃がない。
これは外にも今川勢が居て本隊と戦っているのか?
それだと外に出た時は今川勢に囲まれる事になる。
しかし、塀の外には今川勢の姿は見えない。
早く、早く、早く!
俺は俺達はその時を待った。そして……
「来た! 来たぞ!」
一人の兵の声に空を見上げれば多くの火矢が楕円を描いて大高城に降り注がれた。
「勝三郎!」
「退くぞ! バラけるな。固まって動け!」
「行くぞ皆! 怪我人を置いて行くなよ」
俺達はすぐさま壊れた塀から城を出た。
空堀で有るために斜面を滑り落ち、怪我の確認をする事なくさっさと夜の闇に紛れ込み退却する。
俺は振り返ることなく怪我人に肩を貸して走った。
後ろからは大勢の悲鳴と怒号が聞こえるが決して振り返らなかった。
この日、大高城は大火に包まれた。
多くの人が焼け死に城はその機能を無くした。
俺達織田兵の被害はそれほど多くはなかった。
忍び込んだ兵三百 死亡 二十 重軽傷者 百八十
本隊千五百 死亡 三十二 重軽傷者 百二十
今川勢の損害は分からないが、斥候の報告を聞く限り数百の被害を出したようだ。
そして本隊を率いていた山口教吉の話を聞くと。
俺達が塀を登っている頃、今川勢が海側から現れたそうだ。
おそらく収容出来なかった兵を船に乗せていたのかもしれない。
大高城は海に面していたからな。
そして海側から来た兵達はそのまま城門前で整列して門が開くとそのまま雪崩れ込んだそうだ。
それを見ていた教吉は城に静かに近づき火矢を用意させていたら、今川勢の第二陣が海側からやって来てこれと交戦、今川勢と戦いながら何とか火矢を射ったそうだ。
俺達は俺達で大変だったが本隊は本隊で大変だったようだ。
だがこれで大高城をほぼ廃城にする事が出来た。
第三段階をクリアだ!
そして最終段階だ。
※※※※※※※
「それで」
「大高城はほぼ使い物にならないそうです」
「三浦」
「岡部は無事です。兵は負傷した者を合わせて」
「もういいわ」
「治部様。如何なさいますか?」
「あなた達が任せて欲しいと言うから任せたのに、この結果なの?」
「「誠に申し訳わけなく」」
「最初から全軍で向かえば良かったわね。 いいわ今回は不問にします。 安易に許可を与えたわたくしも悪いのだから」
「「治部様」」
「では、予定通りに動きましょうか? 鳴海を潰すわよ」
「「はは」」
「でも、大高を襲った者は気になるわね。誰か分かって?」
「織田市の近習で池田勝三郎とか? 岡部より報告が入っておりまする」
「池田、ね? 楽しめそうね。ほほほ」
今川義元率いる今川勢は鳴海城に向かう。
その士気はいささかも落ちてはいなかった。
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