第五十二話 人質を解放せし候う
謁見の間にて『織田 信行』がそこに居た。
てっきり留守には林佐渡が居るものと思い込んでいた。
だが、これは好都合だ!
無駄な人死にを出す事なくクーデターが出来る。
この間には俺と信広様、それに護衛として十名ほど連れて来ている。
そして上座に座る信行ただ一人だ。
ただ一人?
なんで一人なんだ?
そう言えばここに来るまでほとんど兵を見ていない。
最低限の兵を置いているだけのようだ。
何て無用心なんだ?
「勘十郎。その方一人か?」
信広様が信行に近づいて質問する。
見れば信行は帯刀していない。
俺は周りの護衛に目配せすると、護衛達は信行を半包囲する。
全員、刀を抜いている。
「遅かったですな。五郎兄上」
「そうか。これでも急いだのだがな」
あれ? 兄上呼び?
「私をどうしますか?」
「事、ここに至っては生かすことまかりならん」
「左様ですか。仕方ありませんね」
え、えーと。何かおかしくない?
「当主の座はどうだった?」
「別に何とも。なりたくてなったわけでもないですし」
「………そうか。では、もうよいか?」
「はい、兄上。介錯をお願いしたく」
いやいや、待て待て待てー!
「信広様!」
「藤吉。すまんが二人きりにしてもらえんか」
「いや、でも」
「頼む」
信広様が頭を下げる。
護衛の者達も顔を見合わせている。
俺だけじゃない。
護衛も分かっていないようだ。
「後で説明してもらえますか?」
「無論だ。市を頼む」
「分かりました。護衛は半分ついて来てくれ。半分はここに誰も入れないように!」
「「「「はは」」」」
俺は護衛の者達を連れて奥屋敷に向かう。
部屋を出る時に信行の顔を見たが以前見たときとは違い、憑き物が落ちたようなスッキリとした顔をしていた。
そして、信行と目が合った。
すると信行は笑顔を見せて頭を下げた。
俺も慌てて頭を下げる。
「さ、早く行け」
信広様に言われて俺は謁見の間を出て行った。
何かおかしい?
信広様と信行は何かで繋がっていたのか?
でも、信広様は信行を嫌っていたはずだ。
いや待てよ。
確か嫌いとは言ってなかったような……
あー、もういいや。
今考えてもしょうがない。
信広様と信行の関係は後で教えて貰おう。
今は市姫様の解放が先だ!
奥屋敷には監視の兵が置かれていると思っていた。
だが、こっちもほとんど兵がいない。
先に奥屋敷に向かわせた兵達と合流して一気に突入する。
信行側の兵はろくに抵抗もせずにこちらに投降した。
あっけなさ過ぎる?
俺は兵を三人一組にして一つ一つの部屋を捜索させた。
俺自身は捜索には加わらずに広い空き部屋の一つを拠点にして兵の報告を待った。
「吉乃様と奇妙丸様を発見! 保護いたしました」
この報告を受けて兵達が歓声を上げる。
これでクーデターはほぼ成功だ!
次々と上がって来る報告を俺は書にしたためる。
俺は右筆だ。
書を書くのが仕事だ。
人を斬った張ったするのは他の人がする仕事だ。
「平手様を発見しました」
そうかあのじい様無事だったか。
「池田恒興様、前田利久様をお連れしました」
勝三郎と利久も無事だったか!
「藤吉。良くやってくれた」
勝三郎が俺に抱きつく。
「お、おう。無事で何よりだ」
勝三郎を引き剥がすと少し泣いていた。
「藤吉! おそ」
利久が抱きついて来たが、その前に殴ってやった!
「な、何をしゅる。とうきち」
「胸に手を当てて考えろ!」
素直に胸に手を当てる利久。
そして小首を傾げて。
「何も分からん?」
俺と勝三郎はお互いに顔を見合わせて笑った。
「何がおかしい?」
「いや、すまん。ほれ」
俺は利久に手を差し伸べて起こす。
「無事で何より」
「当たり前だ。お前こそ迎えに来るのが遅かったじゃないか?」
「あー、途中道が混んでいてな。これでも急いだんだ」
「そうか。すまん」
そう言うと利久が俺に抱きつく。
「本当にすまん」
利久が俺に謝った。
茶化そうとしたが強く抱き締められたのでしなかった。
再会を喜びあった所で情報をすり合わせる。
勝三郎と利久は斎藤家が攻めて来た事を知らなかった。
軟禁されている間は奥屋敷から出られなかったようだ。
部屋に閉じ込められる事はなく、かといって牢屋に入れられた訳でもないようだ。
ただ外との繋がりを絶たれていただけだった。
そして待望の知らせが届いた。
「市姫様をお連れしました」
兵達の報告と共に戸が開かれる。
そこには男装姿ではなく打掛姿の市姫様がいた。
俺の姿を見た市姫様はいきなり抱きついて来た!
「は、あの、市姫様」
「すまぬ。すまなかった藤吉」
市姫様は俺に謝るばかりで離れようとはしなかった。
利久が兵達を下がらせ、勝三郎はただ見ているだけだ。
俺は優しく市姫様を抱き締めて頭をぽんぽんと叩いた。
「落ち着きましたか。姫様?」
「………もう少しこのままで」
俺は市姫様の気の済むまでそのままでいた。
落ち着いた市姫様は少し頬を赤く染めていた。
目も少し赤いようだ。
「藤吉。兄上は? 兄上はどこだ!」
「謁見の間です。信広様と話をされております。ですが既にもう」
そう、今頃は信行は死んでいるだろう。
あの会話の内容なら間違いない。
「まだ私は兄上と話していない。行くぞ!」
そう言うと市姫様は部屋を飛び出した。
「お待ちを姫様!」
その後を勝三郎が追いかける。
次いで俺と利久が、そしてつられて兵達も付いてくる。
そして、謁見の間に着くと。
「兄上━━━」
市姫様の声が部屋に木霊する。
部屋の中を見れば市姫様が首の無い死体にすがり付いていた。
死体の側には信広様が立っている。
そして信広様の両手には信行の首があった。
俺はその光景をただ黙って見ているしかなかった。
お読み頂きありがとうございます。
誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。
応援よろしくお願いします。