第四十六話 家族会議にて候う
部屋の灯りは薄暗い。
この時代は蝋燭よりも荏胡麻による胡麻油の灯り。
現代の電気による灯りとは雲泥の差だ。
しかし、この灯りは電気よりも暖かい。
その暖かな灯りを受けて俺は家族と話をする。
今後の俺達の行動を決めないといけない。
「織田家から離れる必要がある」
「兄さんが市姫様の右筆だったから?」
偉いぞ小一。その通りだ。
俺は市姫様の右筆で奉行並みの仕事をしていた。
つまり、織田家のあんなことやこんなことを知っている危険人物だ。
他国に走られて情報を売られると不味い人材だ。
逆に取り込むとすこぶる使える人材でもある。
そんな敵方の人材は取り込めないなら殺すのが一番だ。
俺ならそうする。
自分で言っているのもなんだが、俺もこの戦国の世に染まって来ているようだ。
「俺が生かされている理由は知らないが、直ぐに清洲を離れよう」
「何処に行くんだい藤吉?」
母様の顔はいつも通り笑顔だった。
もう心配していないようだ。
「一つは美濃斎藤だ。小六の伝を使えば良い。二つ目は駿河今川だ。ここら一帯で一番の強国だ。でも伝がないのが不安だ。三つ目は伊勢に向かう。これはあまり良い選択じゃない。四つ目は向こうからの連絡待ちだな。俺は一つ目か。四つ目が良いと思う」
「私はどうしたら良いかなんてわかんないけどさ? ここに居たら危ないのかい?」
とも姉は俺の話を真面目に聞きながら、誰も聞かない事を聞いてきた。
「分からない。さっきも言ったけど俺は殺されてもおかしくなかったんだ。でも生きてる。その理由を俺は知らない。知らないからこそ危険だと思う」
そう、知らない事がある。
それが一番怖い。
特にあの信行の行動が予想出来ない。
俺を取るに足らない農民出の成り上がりと思っているのか?
それとも勝三郎や利久と同じくらい危険な男と見ているのか?
それが分からない。
「あのさ~~、小六さんの意見は?」
弥助さんが唐突に話題を振った。
「小六。お前の意見は?」
「あたしは藤吉と一緒なら何処でもいいよ」
聞いた俺がバカだった。
次いでに弥助さんもバカだった。
「でも兄さん。焦って動くとろくな目に合わないよ? ここは周りの話を集めた方が良いんじゃ」
「小一。お前良いこと言うようになったな!」
小一は俺が思っている以上に優秀かも知れない。
周りの話。
つまりは情報だ。
確かに情報は大事だ。
俺は尾張に帰って来たばかりだからここ最近の尾張の情報を知らない。
「話ったってさ。あたしらろくに外に出てないんだよ?」
「そうそう、外は危ないかも知れないからってあれから外に出てないだろう」
「朝日は出てたじゃないか?」
朝日は小六と一緒に外にいた。
そう言えば何であの場所に居たんだ?
「朝日は兄さんがいつ帰ってくるか分からないからってあの屋敷の周りを毎日通っていたのさ」
そうなのか朝日!
なんて兄貴思いの妹なんだ。
兄ちゃん嬉しいぞ。
「そうか。朝日がなぁ~」
「小六ちゃんは何か知らないかい。あたしらと違って毎日何処かに出掛けてたでしょう」
小六、ちゃん?
「ぷぷ、可愛い呼び名だな。小六ちゃん」
「もう藤吉。お義母さんその呼び方は止めてください。恥ずかしいです」
本当に恥ずかしいみたいだ。
小六の顔が赤い。
「良いじゃないかい。それより何か知ってるんだろ?」
「ええ、まあ。こっちに来てから色々と顔繋ぎしてましたから」
「なら、知ってることを話してくれ。特に信行の事を」
「はい、あなた」
だから、顔を赤らめながら頷くなよ。
小六の話は信光様と平手のじい様の話だった。
そもそも、なぜ信光様は病気で倒れたのか?
そして平手のじい様は本当に床に臥したのか?
小六は佐久間家から話を聞いたようだ。
佐久間家の佐久間盛重は元は信行付きの家老だった。
今は市姫様、奇妙丸様に仕えている。
その盛重が昔の伝を使って信行達を調べていたらしい。
盛重が言うには信行が信光様を名古屋城に招待したのが始まりだ。
招待した名目は『奇妙丸、そして市を認めてこれからは誠心誠意、織田家の為に尽くす』という話で市と自分の間に立って話をして欲しいと頼むのが目的だったらしい。
そして、お人好しの信光様は名古屋城に向かいそこで軟禁されたのだ。
そこから信行は信光様の兵達を脅して清洲に向かい、一気に城になだれ込み平手のじい様を捕らえた。
清洲の城兵は信光様の兵達が応対したので不信に思わなかったらしい。
それに信行が連れて行った兵も少ない。
兵は百人といなかったらしい。
しかしその兵の中には、『柴田 勝家』『滝川 一益』『森 可成』が加わっていた。
ちなみに林美作は名古屋城にいたらしい。
信光様を軟禁して清洲城を乗っとるのに三日とかけていないそうだ。
まさに電光石火。
クーデターの見本だな。
その後は奇妙丸様を人質にして尾張国内の掌握に至ったと。
小六の話はこれで終わりだ。
俺はこの時森可成の名前を聞いて思い出していた。
浮野の戦いの時、何故数で勝る俺達が苦戦したのか?
確か史実では可成は浮野の戦いで大活躍した人物だ。
あの時可成はこちら側にいなかったのだ。
名簿にも名前がなかった。
てっきり俺は佐久間隊に居るものと思っていたのだ。
そうか、可成は信行側に居たのか?
これはちょっと想定外だ。
人がいないと思っていた信行側は案外使える人材がいたことになる。
これはますます尾張から離れないといけない。
俺は家族に急いで尾張を離れる事を話した。
これは決定事項だ!
龍千代からの連絡を待っていたら危ない。
小六の伝で川並衆と合流しよう。
まずは家族の安全を確保する。
それから先をゆっくり考えよう。
このまま尾張に残るのは危険だ。
龍千代の話が本当なら今川は年が明けたら攻めてくる。
おそらくは田植えが終わって直ぐだろう。
六月の頭だと思う。
その時尾張がどうなるか分からない。
今川が攻めてくる前に尾張を、いや年が明ける前に美濃に向かおう。
方針は決まった。
ぐだぐた文句を言っている弥助さんはとも姉に任せて、母様にはもう寝るように言って寝所に行ってもらう。
残ったのは俺と小一と小六だけ。
三人で今後の行動計画を立てる。
小六には手下を使って蜂須賀党と川並衆に話をつけてもらう。
そして本人は津島の堀田家に行ってもらう。
もしもの時しばらく匿ってもらう為だ。
堀田家は俺と小六、蜂須賀党に借りがある。
美濃の販路だ。
これで堀田家は大きな富を得ている。
少しばかりその借りを返してもらおう。
俺と小一は家族と荷造りだ。
直ぐに移動出来るように準備する。
必要な物とそうでない物を今のうちに書き出しておく。
そうしているうちに辺りにうっすらと明かりが射してくる。
「もう朝か?」
「あなた。少し休んだら?」
「そうだよ兄さん。こっちに来てからろくに休んでないだろう?」
「これぐらい平気だ。城での生活はもっと酷かったからな。それに比べたら」
「そんなに酷かったの兄さん?」
「ああ。だけどもうそんな生活とはおさらばだ!」
そうだ。
あの城での生活に比べたらこんなの屁でもない。
………俺は不義理な男だな。
見ず知らずの男を近習にしてくれた市姫様。
それを支える苦労人の勝三郎。
俺がこっちに来てから初めての親友利久。
そして、そのダメな兄貴を叱る可愛い妹の犬千代。
犬千代の親友で妹のように思った寧々。
俺を疑い続けた頑固爺、平手のじい様。
兄から甥、そして姪を支えたお人好しな信光様。
俺はこの人達を置いて逃げ出すのか?
でも残っていてもどうしようもない。
俺に出来る事なんて何もないんだ。
「兄さん。どうしたの?」
「何でもない。小一。早速準備に取り掛かろう。小六、頼むな?」
「分かった。任せろ」
これでいい。
今は家族が最優先だ!
俺達が部屋を出ると玄関口が開かれて声がする。
「藤吉様ー。藤吉様ー。居られますか? 居られますかー?」
この声は、寧々!
俺達は直ぐに玄関に向かう。
そこには薄汚れた服を着た寧々がいた。
「寧々! 無事だったのか?」
「藤吉様。お願いです。犬千代を、市姫様を助けてください!」
「……寧々」
「お願いいたします藤吉様。私にはあなたしか頼れないのです。お願いいたします。どうか、どうか」
何で俺なんだよ!
他にいるだろう。
俺はもう織田家とは関わりたくないんだ。
俺はもう………
俺は何も言えなかった。
寧々は俺に頭を下げている。
不意に肩に手を置かれた。
見ればそこに。
「兄さん」 「藤吉」
小一と小六が俺の肩に手を置いている。
その手は暖かった。
俺は天井を見上げた。
……そうするしかないのか。
俺は寧々の肩に手をかける。
「分かった。任せろ」
寧々は大粒の涙を流して俺にお礼を言っている。
今まで助けてもらったんだ。
その分を返すだけだ。
………それだけだ。
いや、それだけじゃないな。
俺の家族を危ない目に会わせた埋め合わせはしてもらう。
殺られる前に殺ってやるよ!
見てろ、信行、林!
俺を敵に回した事を後悔させてやる!
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