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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第二章 尾張動乱にて候う
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第四十三話 龍千代の忠告にて候う

 さあ尾張に帰ろう、じゃなかった。


 まだ朝廷工作が終わってませんでした。

 お使い山科卿に官位の受領の沙汰がないのか確かめないといけない。

 という訳で次の日も平手久秀らを中心に山科卿に会いに行ってます。

 そして当然俺は、お留守番だ。


「はい王手」


「ま、待った」


「これで三度めだぞ藤吉。次はないぞ」


「は、有り難き幸せ」


「うむ」


 暇な俺は龍千代と将棋を指している。

 何で龍千代が居るのか?

 簡単だ。

 俺達が泊まっている宿を向こうに知られてしまったからだ。

 まさか昨日の今日でこちらに来るとは思ってなかった。


『藤吉。遊びに来たぞ』


 これが龍千代の挨拶だった。


『な、なんでここにいる!』


『心配するな。昨日のようなことはしない。暇だから遊びに来た。ただそれだけだ』


 応対した市姫様にそう言うと俺の元にやって来て。


『どうせ暇なのだろう。今日はこれを持ってきた。一つ指そうではないか?』


 龍千代の手には将棋盤が有った。

 俺がよく知る現代将棋と同じやつだ。

 若干駒の名前が違うようだが駒の動きは同じだ。

 指していけばその内慣れるだろう。


『本当の本当に、勝負ではないのだな?』


『兄上に止められたからな。勝負はしない。誘うのは止めないがな』


『何!?』


『無理矢理はしない。話すだけだ。それぐらいは良いだろう?』


『話すだけだな?』


『話すだけだ』


 市姫様は俺を見た。

 俺は頷く。


『………話すだけだぞ。それ以上は無しだ』


『分かった。私の信じる神に誓おう』


 こうして俺は龍千代と将棋を指している。

 部屋には俺と龍千代、それに市姫様と犬千代がいる。

 勝三郎は別の部屋で龍千代の連れと話をしている。

 利久と成政は久秀のお供だ。

 ちなみに市姫様と犬千代は俺達から一定の距離を離れて将棋を指している。

 しかし耳は俺達の方に向けているようだ。


「のう、藤吉?」


「何ですか龍千代さん?」


 結局俺は龍千代を呼び捨てに出来なかった。

 龍千代も長尾家に来てからでいいと言ったので、さん付けだ。


「そなた弱いな」


「強いと思いましたか?」


「いや、ここまで弱いとは思わなかった」


「それはどうも」


「褒めてはおらんぞ」


 俺は龍千代と既に五回勝負して五回とも負けた。

 それも清々しいほどの負けっぷりだ。

 俺は将棋をしたことあるが、織田家の中での実力は下から数えた方が早い。


 それにしても龍千代は強い。

 それに絶対に手を抜かないのだ。

 そして速攻で勝負を決めに来る。


 勝負事は相手の性格を知る事が出来る。

 龍千代はとにかく速さを重視している。

 そしてミスを見逃さない。

 実に嫌な相手だ。

 早指しで常に先手先手と攻めたて、相手に攻撃させずに完封してしまう。

 これは実戦でも同じかも知れない。

 長尾景虎の妹だからな。

 実戦を経験していてもおかしくない。

 こうして京に付いてくるくらいの行動力を持っているのだ。

 戦に付いて行って部隊を率いたことも有るのかも知れない。


「ところで藤吉」


「何ですか龍千代さん。部下になれなんて言われても、答えは変わりませんよ」


「ふん、少しは考えてもよかろう。しかしこれは別の話だ」


「別の話?」


 俺は将棋盤から眼を離し龍千代の顔を見る。

 龍千代が真剣な顔をして俺を見つめる。


 近い、近い、近い。


「我が長尾家と武田が戦ったのを知っておるか?」


「知ってます。何回か殺り合ってるんでしょ」


「今年も夏場に殺り合った」


 夏場か?


 ちょうどその頃は美濃井ノ口に行って米を調達して岩倉織田家を滅ぼした時だな。

 あれは綱渡りだったからな。

 二度とやりたくない。


「それが何か?」


「その時に戦の調停に今川がやって来たのだ。その数三万だ」


「三万!? 今川のほぼ全軍ですかね?」


 山口教継の書状から今川の動きは分かっていた。

 だから今川が全軍を動かした隙に岩倉を攻めたのだ。


「その時私は義元に会った」


 何! 龍千代はその戦に同行していたのか。


「どんな人でした?」


 俄然興味が湧いてきた。

『今川治部大輔義元』

 海道一の弓取りと言われる戦上手。

 そして女戦国大名だ。

 歳は四十ぐらい。

 子供は一男一女。

 性格は穏和で気配りの人と噂されている。

 実際、教継の書状にも同じ事が書かれていた。

 これは情報の裏取りのチャンスだ。


「教えて欲しければ」 「部下になれは無しですよ」


「少しくらい聞いてくれても……」


 そう言うと駒を持って盤にグリグリと押し付ける。

 可愛い仕草だが、駒が盤に傷をつけている。

 だが最初から話すつもりだったのだろう。

 ぽつぽつと話してくれた。


「若い女だった」


「若い?」


「歳は私と同じくらい。背は私より低いな。なんとも弱そうな女だった」


 若くて、弱そう?

 いやいやそれはおかしいだろう。

 だって教継の書状にはと言うより、世間の話では義元の歳は四十ぐらいだ。

 龍千代は二十歳前だぞ! 義元が二十歳ぐらいなんておかしいじゃないか。


 どうなってるんだ?


「そいつは別れ間際にの『来年は尾張を手に入れるわ』と言ったのだ」


 な、何ですと!


「それは本当ですか?」


「来年には今川三万が尾張に来るのだ。絶対に勝てん。だから藤吉。私と一緒に越後に来い、な!」


 龍千代が更に近寄る。

 龍千代の眼は嘘を言っている眼ではない。

 これは本当の事だろう。


 しかし、今は弘治三年で桶狭間が確か永禄三年だ。

 来年天皇陛下が亡くなって年号が変わって永禄になるから後三年は大丈夫だと思ったのに、来年には今川が攻めてくるのか?


 これはちょっと誤算だ。

 本当ならこの三年間で国内体制を万全に整えて桶狭間を迎えようと思っていたのに。


 ………どうしたらいいんだ。


 結局、龍千代には断りをいれて帰ってもらった。

 少し寂しそうにして帰って行く彼女を見て可哀想に思えた。

 市姫様にはまだこの話はしていない。

 小声で話していたので聞こえていないはずだ。

 現に今も。


「何を仲良く話していたのかな? 藤吉」


「正直に話してください。藤吉殿」


 今話してもこの二人は信じてくれないだろう。

 嘘だ、妄言だと言われるに違いない。

 帰ってから話そう。

 それがいい。



 そしてこの日の平手久秀の報告は吉報だった。

 吉日を選んで織田家に尾張守を授けるそうだ。

 ただ、その吉日まで俺達は京に滞在できないので官位受領は尾張で行われる事になった。

 尾張までの旅費等一切合切はもちろん織田家の負担だ。


 今回の上洛は成功だ。


 尾張守護を幕府に認めさせ、しかも官位まで貰えた。

 長尾家とは面識を得ることが出来た。

 それに少しだが長尾景虎とも会えた。

 それに未確認情報だが今川侵攻の話も聞けた。


 これ以上ない成果だ。


 そして意気揚々と俺達は尾張に帰った。

 龍千代とは別れの挨拶はしていないが文を宿に届けてもらった。

 文には『家臣にはなれませんが、友達ならなれます。これからもよろしくお願いします』と書いた。

 返事は津島の堀田家にと書いておいた。

 直接家に届けられたら家の女達が誤解するからな。

 これ以上の厄介事はごめんだ。


 京を発って数日、無事に尾張に帰ることが出来た。


 だが、尾張で俺達を待っていたのは。



 クーデターを起こした織田信行が支配する尾張だった。


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。


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