第四十一話 大将棋盤
なんだこれは?
俺は部屋に置かれている大型ジオラマを見て動けなかった。
その大きさに、そのリアルさに。
とにかく大きい。
ジオラマが置かれている部屋は本来は宴会等を行う部屋ではなかろうか?
その部屋の大部分をジオラマが埋めている。
そして、そのジオラマに使われている素材も凄い。
土台は土を固めたもの、その土に上から砂をかけて川に見立てている。
山の出っ張りには小さな石を幾重にも重ねている。
木々も本物を使っている。
どんな木を使っているのかわからないが遠目からはちゃんと木に見える。
戦国の世にこんなジオラマが有ったなんて!
しかし俺の感動をよそに勝負の準備をする周りの人達。
「これを使うのか?」
「そうだ。この特大盤の上に駒を置く。用意しろ」
龍千代の号令の元、長尾家の面々が無言で動き出す。
黙々と準備する長尾家の人達。
慣れているのか流れ作業で駒を置いていく。
てか、駒でか!
一つの駒がデカイ。
お握りサイズのデカさだ。
それに数が多い。
俺が知っている将棋の駒の数を越えている。
え~と百、いやもっと有るぞ!
だが驚いているのは俺一人。
市姫様達は驚くこともなく当たり前のようにセッティングを待っている。
いや、市姫様と犬千代は作戦を練っているし、利久は欠伸している。
「どう見ますか。姫様」
「ふん、あのような古くさい駒。我が使うに値せぬ」
「そうですね。ですが、ここにはこの古くさい駒しか無いようですから我慢するしかありません」
「犬千代。我に我慢せよと」
「姫様ならどのような駒を扱っても勝てます」
「ふ、そうだな。犬千代」
「どうでもいいけどまだかよ」
違った。
長尾家をディスってるだけだ。
余裕有るなこの三人。
そんなに長い時間待つこともなくセッティングは終わった。
「では、勝負の取り決めをしようか?」
「良いだろう」
勝負は長尾家特製将棋盤での一発勝負。
持ち時間は十秒の早指し。
取った駒は使えない。
三つの王将の内二つを取ったら勝ちだ。
王将三つも有るの?
それに陣地の概念もない。
駒が成るには相手の駒を取った時に成れるそうだ。
ますます現代将棋と違っている。
昔はこんな将棋が有ったのか?
そして勝った方が俺を所有できる。
俺は物か、賞品か!
「ふふ、待っていろ藤吉。直ぐにお前は私の物だ」
「ふん、藤吉は織田家の物だ。直ぐに泣きを見せてやるぞ!」
どちらもやる気十分だ。
俺? 俺は座布団のような物を三枚ほど重ねた上に座っている。
逃げ出せないように後ろに長尾家の人達が居る。
救いなのは隣に利久が居ることだ。
犬千代は市姫様の隣で駒を動かすのを手伝っている。
先手は龍千代だ。
「行くぞ!」
後手、市姫様。
「かかってこい」
何でこんなことになったんだろう?
駒が大きい上に自分の好きに駒を置いているこの将棋。
本当に将棋と言えるのか分からないが、中央を固めた市姫様に対して両翼を伸ばした龍千代の駒と駒がぶつかり合う。
序盤はどちらも様子見………… なんてしなかった。
まず龍千代の右翼が市姫様の左側に回り込む。
これに対して市姫様は中央突破を謀るべく駒を前進させていく。
これはまさに一種の戦場となって見える気がする。
この巨大ジオラマのせいだな。
そうかこれはこの時代の戦場シミュレーションゲームだ。
「なぁ利久。どっちが勝ってる?」
「そうだな。どっちも優勢だし。どっちも苦戦するな」
「なんだそりゃ?」
「相手の龍千代だっけ。多分王を二つ分けてる。どっちかを潰せば姫様の勝ちだが一方を攻めながら一方を守るは難しい。だが両翼に上手く挟まれると姫様の勝ちはない」
「何言ってるのか。俺には分からん」
「お前には難しすぎるか」
言っていることがまるで分からん。
ただ見ているとこの勝負は短期決戦だ。
どちらも勝負を急いでいる。
それにどちらも短気そうに見えるしな。
でも俺が聞きたかったのは市姫様は勝てるのかと聞きたかったのだ。
「お、そうきたか」
「これは駄目か。ならこれで」
二人は勝負に集中している。
見ている俺は何も出来ない。
市姫様を応援したいが、集中の邪魔になるだろうから出来ない。
非常にもどかしい。
序盤の位置取りが終わると今度は駒の取り合いだ。
龍千代の右翼は市姫様の分厚い中央を分断するように激しく攻撃し始める。
これに対して市姫様は龍千代の薄い中央を攻めて左翼を飲み込み始める。
「やるわね。尾張の小娘」
「長尾家の女はこの程度?」
「ふん、勝負は私の勝ちだ!」
「藤吉は渡さない。我の物だ」
ぶつかり合う二人。
次第に罵りあうようになる。
「そんなに大事なら首に縄でもかけてなさいよ」
「越後の山奥ではそうするのか?」
「尾張の成り上がりの癖に」
「それはそちらも同じだろう」
「こっちは代々守護代よ。そっちは守護代の下の下でしょ」
「ぐ、なら何でその家臣を欲しがるのよ?」
「私は人を見る目に自信が有るのよ。藤吉はあなた達には勿体ないわ」
「藤吉は我が見つけたのだ。横取りさせぬ」
何か、聞いてて恥ずかしいんですけど。
「愛されてるな藤吉」
「代わってやろうか利久?」
「俺は追いかけるのがいい。追いかけられるのはごめんだ」
「ああ、かや殿のことか?」
「あれは違う!」
俺達も余裕があるな。
しかし長尾家の人達は本当に寡黙だな。
ここに来てから話している姿を見かけない。
話掛けたら答えてくれるかな?
「ふははは。これでどうだ!」
龍千代の放った手が市姫様の王将の一つを取った。
「ふん、がら空きよ」
市姫様も負けずと取り返す。
これはどっちが有利かな?
僅かだけど先手の龍千代の方が優勢かな。
互いに王将を一つづつ取り合うと更に激しく駒を取り合う。
既に三分の一近くの駒がなくなっている。
「私の勝ちよ!」
「我の勝ちだ!」
そして互いに王将に王手をかけたその時。
「何をしているか━━━━!!」
大音量と共に閉じられた戸が勢いよく開かれる。
そこには利久に負けない大きい男が仁王立ちしていた。
「兄上」
龍千代に兄上と呼ばれた人物。
この人がもしかして、『長尾 景虎』なのか?
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