第四十話 市姫と龍千代
『藤吉、我のものになれ!』
なんて、一度でいいから言われてみたいセリフだ。
ニュアンスは違うが同じ事を言われたと思って良いのだろうか?
「何故俺が越後に?」
「そなたを気に入った。それが理由だ。案ずるな私が兄者に話をつけよう」
え、え~。
そんな理由で良いのかよ。
「そんな理由で良いのかよ」
「そんな理由とはなんだ! 私を侮辱するのか?」
おう、しまった。
またやってしまった。
しかも今回はヤバいことになりそうだ。
「いえいえ、そんなつもりは。ですが俺には国元に家族もおりますし」
「ふん、家族なら後で呼び寄せればよい。それよりも行くぞ」
「えーと、どちらに?」
「決まっている私が泊まっている宿だ」
「いや、だから俺は織田家の家臣でして」
「越後長尾家ならそなたに三百貫は出すぞ?」
「さ、三百貫!?」
「足りぬなら五百貫ではどうだ」
「五百~!!」
「むう、それ以上となるとさすがに私でも」
「ちょっ、ストップ、ストップ」
「すと、なんじゃ?」
俺は両手を突き出し一旦会話を止める。
この子おかしい。
かなり強引だしぐいぐい来る。
断ってるのにうむを言わせないし。
三百貫に五百貫っとか普通出てこない。
この子まさか………
「あのもしかして、龍。君は……」
「おう藤吉。どうした、こんな往来で道に迷ったのか? しょうがない奴だな」
「そなた、誰だ?」
おお、我が友利久。正直助かった。
「すまん利久。それじゃこれで失礼して」 「待て藤吉」
駄目かー。
龍が俺の袖を持って離さない。
「藤吉。その男は誰だ」
「う、前田 利久。織田家家臣です」
「おい藤吉。その子誰だ? 何でお前の袖を掴んでる」
「えーと、この子は龍と言って越後長尾家の人で」
「長尾? 長尾家の人間と何で一緒にいるんだ?」
「それはだな。その」
駄目だ。
龍は俺を離してくれないし利久に説明するのも面倒だし。
……どうしよう。
「兄上。それに藤吉殿。何故このような所に?」
助かった、のか?
犬千代登場。
「犬千代。実は」 「宿にいろと言ったはずだぞ。藤吉」
「はう!?」
ぎゃー、何で市姫様も一緒なんだよ!
いや、犬千代が市姫様と居るのはおかしくない。
おかしいのは何でこの場所にこの二人が居るんだよ!
「藤吉。誰だこの二人は?」
「藤吉殿。この人は誰ですか?」
「藤吉。説明しろ!」
いーやー、誰か助けて。
っておい利久。
俺を置いて逃げるな。
「「「藤吉(殿)」」」
何で俺がこんな目に遭うんだよ!
俺は三人に詰め寄られて説明させられた。
逃げだそうとした利久は俺と犬千代が捕まえて離さなかった。
俺だけ残して逃げるなんて許さん。
「と言うわけで藤吉は長尾家の者になった。では行くぞ藤吉」
「待て待て、何でそうなる。藤吉は織田家の者だ。長尾家の者ではない」
「あの~」
「「黙っていろ(なさい)」」
「はい」
市姫様と龍の口論は平行線をたどっている。
何でこんなことに?
「おい犬千代」
「何ですか藤吉殿?」
「勝三郎達はどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「えーと、その、置いてきました」
勝三郎達に助けてを求めようと思った俺だが、それは出来なかった。
将軍様との謁見が早く終わったので幕臣達との懇談の席をもうけられたが、市姫様は後を勝三郎に任せて抜け出したのだ。
犬千代は市姫様と行動を供にして買い物をしようとここまで歩いて来たのだ。
そこで俺達に出くわした。
「おい藤吉。どうすんだ、これ?」
「どうしたらいいと思う」
「知るか。でもお前。越後に行くのか?」
「何でそうなるんだ。尾張は俺の故郷で家族が居る。どうして越後くんだりまで行かなきゃならんのだ」
「藤吉殿は織田家を離れませんよね?」
「離れると言ったら、……俺は殺されると思う」
そう俺は殺される、かもしれない。
勝三郎や利久に殺される、かもしれない。
「心配するな。痛くしないでやるよ」
「兄上。冗談が過ぎます」
「妹を置いて他所の女に付いて行く男は兄として許せん。そうだろう藤吉?」
「あ、兄上。その、藤吉殿。私は、その」
この緊張感の中で流石だな利久。
「ならば勝負だ!」
「おう、望むところ!」
お、何か決着したのか?
市姫様と龍は互いに顔を近づけて睨み会っている。
「勝負の方法は?」
「ふ、そちらの好きにしろ。この織田市。逃げも隠れもせん」
「よかろう。ならば長尾家名物の」
長尾家名物? なんだそれ?
「将棋盤で勝負だ!」
「ふ、良いだろう。それで場所は何処だ」
「我が長尾家の宿だ。特別な奴がある」
「よし行くぞ! 犬千代、利久」
「はい」 「俺もかよ」
嬉々として市姫様に付いて行く犬千代としぶしぶ付いて行く利久。
俺は何故か龍に手を取られて連れて行かれる。
そして宿に着いた。
宿の中には長尾家の面々がいたが龍が手をあげると頭を垂れて礼をとる。
その後俺達の後ろを付いて来る。
凄いプレッシャーがするんですけど。
それにしてもやっぱりこの子はそうなのか?
この堂々とした態度。
長尾家の面々の服従ぶり。
そして市姫様の事を話しても驚いた様子もない。
しばらく宿の中を歩いた後、ある一室の前で止まる。
「これが長尾家自慢の将棋盤だ!」
龍が自信満々に言い放つと長尾家の者が戸を開け放つ。
するとそこには部屋のほとんどを埋め尽くす一つのジオラマが有った。
これが将棋盤!?
俺はあまりの大きさにその場で固まってしまった。
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