第三十七話 京を目指して候う
新章スタートです。
さぁ、いざ上洛!
とはならない。
色々と準備しないといけない。
まず今回の上洛の目的は将軍と会って、斯波氏に代わって織田氏に尾張守護職を認めてもらうことが第一だ。
対外的にも織田家が尾張を支配しているのを喧伝するのだ。
正当性の確保ってやつだな。
そして朝廷に寄進して適当な官位を受け取る。
こちらは副次的なもので貰えたらラッキー程度だ。
それと織田家は朝廷を大事にしてますよというポーズを見せる。
これを行う事で朝廷の心証を良くし、何かあれば朝廷を頼ることもできる。
その為に必要なのは、銭である。
現在の織田家の倉には米も銭もある。
岩倉城を廃棄してそこに有った銭で堀田家の借金はすでに返済済み。
利息も熨斗を付けて返したくらいだ。
でだ、今回は証文ではなく現金を持っていく。
山城国の商人に尾張の証文は売れない。
せめて近江の証文であれば売れるのだが、わざわざ近江の証文を買って山城で売るなんて面倒くさいことはしない。
現物で運べて持ち運びが便利な物は、金と銀しかない。
今回の寄進用に銅銭としての金千貫分と銀二千貫分を用意する。
銅銭で三千貫を運ぶより楽だ。
金は用意した。次は人員だ。
これは勝三郎が用意してくれるので任せる。
日程は約一月を予定している。
行って帰って来るだけなら二週間とかからないが、何事も余裕を持って行動しないとな。
「という訳で小六はお留守番な」
「そんな!」
今回の上洛には何故か俺もお供を仰せつかっている。
「俺が留守の間、家の事は任せたからな」
「はい、あなた」
汐らしく俺の言うこと聞く小六だが、母様の前だから強く言えないのだろう。
目で自分を連れていけと訴えている。
「おっ母、行ってくる。京土産を楽しみにしててくれ」
「なんも要らんから無事に帰っといで」
「お兄ちゃん。朝日にも」
「ああ、朝日にも買ってくるからな。小一、とも姉さん、弥助さん留守をよろしく」
「大丈夫だよ兄さん。任せておいて」
「道中気をつけるんだよ」
「俺にも京土産を」
パシンと頭を叩かれる弥助さん。
手加減しろよとも姉さん。
「じゃ、行ってくる。寧々も留守番よろしくな」
「お早いお帰りを」
寧々は両手を胸辺りに合わせて俺を見送ってくれた。
京に向かう織田家一行の総数は二十四人。
先触れとして四人が先行して後から二十人がついてくる。
この少人数の移動は結構怖い。
見知らぬ土地での移動は気を使う。
しかし俺以外の人間は緊張どころか軽口を叩く余裕すら有った。
「どうした藤吉。もうへばったのか?」
「筆書き風情がついてこれるものか? 先に行くぞ利久」
「待て内蔵助」
くそ、内蔵助の野郎。
あいつこそ何で居やがる。
「大丈夫ですか藤吉殿。少し休みますか?」
「なんだ藤吉。これぐらいで疲れていたら先が思いやられるぞ。ははは」
心配して声をかけてくれる犬千代に対してやたら元気な市姫様。
「勝三郎。早すぎないか?」
「これでも押さえている方だ」
嘘だろ。
「嘘だろ」
「まぁ、お前はよく付いてきてる。そら、次の関所だ」
尾張国内には関所がない。
信長が取った政策の一つに関所撤廃がある。
市姫様もそれを継承している。
おかげで尾張には多くの人が集まって来ている。
人が集まれば物も集まる。
物が有れば更に人が増える。
好循環が生まれていた。
そうして税が集まり織田家はますます力を蓄えるのだ。
だが、そんな政策をとっているのは一部の大名だけだ。
他は関所からの収入を当てにしている。
長期的に考えれば関所廃止は税収面でプラスだ。
しかし敵対関係の間者を取り締まれないデメリットもある。
一長一短の政策だ。
そして一歩国内を出ると他の国は関所だらけだ。
美濃の関所は国境付近にしかなかったが、近江にはいると関所が数キロ単位で設置されている。
これはあくまでも俺がそう感じただけだが、実際は違うのかもしれない。
そしてそのやたら多い関所を俺達はフリーパスで通っている。
本当なら一々止められて身分の証明をして銭を払うのだが、何故かそうならない。
関所を守る兵士に呼び止めもされない。
前を行く者が兵士に一言二言と声をかけて行っているので無視している訳ではないようだ。
「しかし本当に信長様は凄い方だな」
「まぁ、付き合わされた私は気が気じゃなかったがな」
勝三郎は当時を思い出したのか胃の辺りを擦っている。
実はこの関所破りを考案したのが信長だ!
信長は元服前に京を見に行くと近習を伴い出掛けた。
銭をあまり持っていなかった信長一行は関所を通る時にその地域の国人衆の名前を騙って通ったのだ。
『吉法師様。ばれたら殺されまするぞ』
『堂々としていればばれる事はない。ビクつくな勝三郎。ふふ、ふははは』
そして信長一行は誰にも咎められず京までたどり着いたそうだ。
『どうだ、勝三郎。何も起きなかっただろうが、あははは』
『偶然です。偶然ですよ。吉法師様』
それで京に着いた信長は一通り京を見て回るとすぐさま帰ったそうだ。
アグレッシブにも程がある!
どんだけ無茶したんだ信長。
それに付き合わされた勝三郎達近習には同情するよ。
しかもこの話は続きがある。
京に行って来た事を信長は市姫様に話すと、なぜ自分も連れて行かないのかとひどくご立腹した。
信長は次の機会が有れば連れて行くと約束したそうだ。
「もしかして……」
「この上洛の話が出た時、遂に来たかと思ったよ」
勝三郎が頭を垂れる。
「さあ、京は目の前だ。行くぞ藤吉、勝三郎!」
「あ、待ってください市姫様」
先に馬を飛ばす市姫様に犬千代が嬉々として付いていく。
やたら元気な市姫様に連れられて、いつばれるかもしれない関所破りの恐怖と戦いながら京を目指した。
そして何事もなく京にたどり着いた。
………どんだけ強運なんだ、この兄妹。
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