第三十六話 家族の団欒にて候う
今期の収穫を無事に終え借金返済を終えた我らが織田家。
つかの間の平和を過ごしていた。
俺があらためて『木下 藤吉』であることを自覚した次の日。
なか母さんこと母様の鶴の一声で俺の屋敷に皆で住むことになった。
そして今は家族皆で屋敷に住んでいる。
とも姉さんの夫の『弥助』さんも一緒だ。
弥助さんは来るのを嫌がったが来ないなら離縁すると言ったとも姉さんの脅迫で渋々やって来た。
家は女性が強いのよね。
そして小一は俺の部下として士分に取り立てた。
本人もやる気を出している。
「俺が兄さんを助けるよ。兄さんの背中を守ってやるから」
泣かせることを言ってくれる。
そしておまけで弥助さんも武士になった。
「何で俺まで?」
「武士に成れば今までより良い暮らしが出来るんだから、弟達を助けなさいよ」
とも姉さんの無茶振りだ。
そして取り分は小一が二十貫、弥助さんが五貫だ。
俺の百貫から二十五貫を出したわけだ。
小一は足軽組頭として、弥助さんは荷駄係等の後方支援をしてもらう事になる。
小一はともかく弥助さんは無理矢理武士になったので人切り等出来ないと言うので表じゃなくて裏で頑張ってもらおう。
そして今は二人供、全力で読み書きと計算を覚えてもらっている。
読み書きと計算は人の上に立つのなら絶対に必要な技能だ。
小一はまだ二十歳前だが弥助さんは俺より年上で二十前半だ。
弥助さんにとっては辛い勉強だ。
ちなみに教師役は俺と犬千代と寧々だ。
俺は日頃の業務が忙しいので仕事から帰って来てからの指導だ。
犬千代と寧々は毎日侍女の仕事をしている訳ではないので交代交代で教えあっている。
「駄目だ。わかんねえ」
弱音を吐くのは弥助さんの仕事だ。
「兄さん頑張りましょう。これも給金の内ですよ」
そして弥助さんを宥めるのが小一の仕事だ。
「弥助叔父さん一緒に頑張ろう」
朝日の可愛い励まし。
二人の勉強には別の参加者もいる。
「この歳で読み書きの勉強が出来るなんて、嬉しいねえ」
母様が紙を押さえて筆を走らせる。
「もうあんた。こんな事も分かんないの」
とも姉さんが弥助さんに分からない箇所を教えている。
我が家は俺を除くと皆勉強している。
俺も負けじと皆に問題を作っている。
あれだよね。
宿題ってする側よりも与える側の方が楽しいよな。
絶対に解けない問題とか作るのはチョー楽しい。
但し後で犬千代達に怒られたが。
そんなこんなで家族仲良く暮らしている。
そして居候達は……
利久は相変わらずブラブラしている。
基本こいつは気分屋なんだ。
俺の監視が目的と言っているが本当はどうなのか。
今日も今日とて口説き文句を考えている。
戦の時はキリッとしていてカッコいいのに普段はズボラで困り者だ。
利久の妹、犬千代は俺と寧々と一緒になって教えるのが楽しいようだ。
この間城で犬千代を見つけた時他の侍女に楽しそうに話をしていた。遅くまで。相変わらずの長話は変わらない。
寧々は朝日と勉強するのが楽しいのか、笑顔だ。
そして小六は…………
「あなた。はい、あーん」
笑顔で俺の食事の世話をする。
………いつも通りだ。
母様と小六の件を話した結果。
俺は小六と結婚することになった。
「男として責任を取りなさい!」
母様の命令は木下家では絶対だ。
ちなみにこの話を聞いた小六は嬉しさのあまり気絶した。
そして気がつくと甲斐甲斐しく俺の世話をするのだ。
すでに気分は若奥様だ。
蜂須賀党の面々は小六の事を『若奥様』と呼んでいる。
正確には呼ばせている。
そんな幸せ絶頂の小六に市姫様からストップがかかった。
「そ、その方。犬千代や寧々はどうする?」
「………なぜ犬千代や寧々が出て来るんです?」
「こ、婚姻等早すぎる。私は許可しないぞ」
「いや、早いと言っても私は二十歳も過ぎて」
「わ、私より早く婚姻する等、許さん!」
「そんな横暴な」
「横暴でも何でも許さん!とにかくまだ婚姻はするな。いいな!」
「はぁ」
市姫様の横やりで俺はまだ独身だ。
小六の事をどう思っているかと言われると好きだと答えるだろう。
面と向かっては言えないが。
しかしやはり結婚には二の足を踏んでしまう。
でも何故に犬千代と寧々が俺の結婚相手になるのか?
犬千代はまだ良いとして、寧々はどちらかと言うと妹のように見ている。
しかし犬千代は犬千代で結婚するとあの利久がついて来るからな。
「そうか。市姫様に言われたか。これで俺とお前は兄弟だな!」
「嫌だよ。お前と兄弟なんて。もし兄弟になったら俺が兄でお前は弟な?」
「何? 逆だろうが。お前が弟で俺が兄だろうが」
わいのわいの言い合っているが利久と兄弟になるのも悪くないか。
え、犬千代の意思はって?
「え、えっと、あの、私は、その、だから」
満更でもないようだ。
それに寧々は素直に喜んでいたな。
「これで朝日ちゃんと姉妹に成れます」
俺は朝日のついでなのか?
天涯孤独の俺に一気に家族が増えた。
とても幸せな時間を過ごしている。
このまま穏やかな時間が過ぎて欲しいが今は戦国乱世。
幸せな時間が欲しいなら自分で掴み取らないといけない。
そしてそんな幸せの時間は唐突に引き裂かれる。
「これより上洛する。藤吉、準備せよ!」
市姫様の無茶振りが俺を襲った。
弘治三年 九月某日
右筆 木下 藤吉 書す
この話で一章は終了です。
次回から新たな展開を迎えます。
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