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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第一章 尾張統一にて候う
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第三十三話 身内になりて候う

『お兄ちゃん』と言った女の子は俺を必至と抱き締めている。


 俺も思わず抱き締めているが頭は混乱している。

 そして更に混乱させる人物が現れる。


「兄さん、日吉兄さん?」


「え、日吉?」


 声のする方を見てみればやや丸顔で人の良さそうな顔をした背丈百六十を越える男がいた。


「やっぱり、日吉兄さんじゃないか。どうしてここに? いや、今まで何処に居たのさ?」


 俺に声を掛けて来た男は近寄りながら質問をぶつけてくる。


「えっと、どなた様ですか?」


「何言ってんのさ、小一だよ日吉兄さん。それに朝日のこと抱き締めてるじゃないか?」


「へ、小一? 朝日?」


「お兄ちゃん、ぐす」


 見れば朝日と呼ばれた女の子は泣いていた。

 そして鼻水が服についていた。


 うあ、服に鼻水が。


「あの藤吉様?」


 あ、寧々も居たな。

 忘れていた訳ではない。

 しかし小一に朝日だと。

 それってもしかして豊臣秀長と朝日姫のことか?


 つまりこの二人はこの世界の秀吉の身内か?


「それにしてもなんて格好してるんだい。まるで武士にでもなったみたいじゃないか?そういえばこの前家に来た時武士に」


「ちょっと待ったー!」


 俺は思わず大声を出して小一の話を遮る。


「え~と、小一、君。向こうの茶屋でゆっくり話をしないか?そう、ゆっくりと」


「え、でも、俺達余計なお金は」


「心配ない。俺が払う!」


「兄さんが払うのかい。大丈夫なの?」


「大丈夫だから、さあ行こう。寧々もほら行くよ」


「え、あ、はい」


「朝日、ほら離れて。兄さんが歩けないよ」


「う、うん」


 ふぅ、改めて話を聞かないとな。


「あの、藤吉様。その、壺が」


 寧々が遠慮がちに袖を掴み指を指す。

 その方向に割れた壺が転がっていた。

 朝日を抱き止めた時に壺を投げてしまったのだ。


「あー、後で買い直そうか? それより店に入ろう。さあ行こう」


 利久の酒なんてどうでもいい。


 俺は寧々の手を取り近くの店の中に入って行った。

 俺の後に朝日の手を取り店に入る小一。


「あー、寧々。朝日と一緒に何か頼みなさい。俺は小一と話があるから」


「えっと、その、藤吉様?」


「詳しい話は後でするから、頼むよ寧々」


 俺は両手を合わせて寧々に頼み込む。


「分かりました。後で話してくださいよ、藤吉様」


「ああ約束だ」


 寧々と朝日は俺と小一が見える場所に席を取った。


「寧々、朝日。好きな物頼んで良いからな」


「ほんと、お兄ちゃん」


「ああ本当だ」


「ありがとうお兄ちゃん!」


 無邪気に喜ぶ朝日。

 幼い朝日の笑顔は可愛らしかった。

 そして俺は小一と向かい合い座る。


「本当に大丈夫なのかい兄さん?」


「払いのことか、心配ない。これでも俺は高給取りだ」


 そう、確かに俺は高給取りだ。

 足りなければ小六に出せればいい。

 あいつは俺より高給取りだからな。


「高給、何だって?」


「あー、たくさん銭は持ってるから心配ない」


 そう言うと俺はおもむろに懐から銭を取りだし小一に見せる。


「本当に持ってるんだね。驚いたよ」


 うん、分かった。

 この世界の秀吉は銭を持ってなかったのか。


「とりあえず、俺は君の言う日吉って人じゃない。俺の名前は木下 藤吉だ。君の名前は?」


「え、日吉兄さんじゃない! でも、兄さんだよ。俺の知ってる日吉兄さんにそっくりだもの?声も同じだし」


「何度も言わないが、あえて言うぞ。俺の名前は木下 藤吉だ。 お前の名前は?」


 あえて低い声で言った。

 城で仕事をしている時に書を取りに来た奴らに指示する時に出す声に近い。

 指示された奴らは駆け足でその場を離れるくらい俺を怖がっていた。

 そんな冷たい声で話した。


「う、小一。『小一朗』です」


「親は?」


「父は『弥右衛門』です。母は『なか』と言います」


「兄妹は?」


「姉が一人『とも』と言います。兄が『日吉』、そして末っ子の『朝日』です」


「何処に住んでいる?」


「え、えっと、中村郷です」


 ふぅ、確定だな。

 こいつは『豊臣秀長』

 そしてあそこで飯を食ってるのが『朝日姫』か。


 さて、どうするか?


 知り合ったからには無視も出来ない。

 とりあえず近況でも聞いて見るか?

 後、本物の秀吉の事も。


「とりあえず。そうだなあ。お前中村にいたなら何でここに居る?」


「え、その、実は…………」


 小一は俺の顔色を伺いながら、ぽつりぽつりと話した。



 その内容を要約すると。


 まず、十日くらい前に養父の『竹阿弥』が公金横領で職を辞しそのまま姿を眩ました。

 その時家に有った銭を持ち出した。

 竹阿弥は小者頭をしていて生活はそこそこ良かったらしい。

 その竹阿弥が金を持ち出して逃げた為に家に余裕が無くなったと。

 その為困った家族は清洲に出稼ぎに来たと。


 確かに今の清洲は城の改修やら新しい長屋やら作って仕事が多い。

 清洲に来れば仕事の一つや二つ直ぐに見つかるだろう。


 ただ、家族が全員で清洲に来ることはなく小一が清洲の様子を見に来たと。

 朝日はそれに勝手について来たらしい。

 そして清洲に来てあちこち見ていたら俺に出会ったと。


「ふーん。俺はそんなにあんたの兄の日吉って奴に似ているのか?」


「似てるも何も本人だと思っ、思いました」


 俺が秀吉に似てるねえ。

 俺って猿顔じゃないし背も高い。

 俺が知ってる秀吉像とは全然違うだろうに。

 まぁ、猿顔じゃないけどそんな顔が良いわけじゃない。

  せいぜい三枚目が良いところだ。

  そういえば小一は俺と同じ丸顔だな。


「それで、兄の日吉とはいつ会ったの?」


「兄とは…………」


 小一の話によると秀吉は信長に仕えていたらしい。

 足軽としてだ。

 家族に会いにきたのは清洲を攻める前だそうだ。

 そこで自分が武士に成ったこと。

 これから出世して家族を養ってやると豪語したらしい。

 母のなかはそうか、そうかと喜び。

 姉のともと小一は日吉の話を胡散臭いと思い。

 妹の朝日は素直に喜んだ。


 しかし清洲で戦が有った後日吉は姿を見せなくなった。


 ちなみに名前は『木下 日吉』と名乗っていたそうだ。


 話を聞きながらずっと考えていた。


 まず竹阿弥のこと。

 これを俺は知っていた。

 竹阿弥を首にしたのは俺だ。

 ある日経理関係の書を決裁していた時に計算が合わない書を見つけた。

 そこで関係のある書を集めて精査してみると横領を見つけた。

 しかも一人や二人ではなくかなりの数の人間が携わっていた。

 そこで俺は横領金を返せる者は減給処分にして返せない者は首にしたのだ。

 本来なら刑罰を与えるべき所だが経理関係者が多かった為、大量に辞められると俺が大変なので平手のじい様と相談して決めた。

 しかし、平手のじい様は関係者全員を物理的に首にすると言ったがそれは何とか止めさせて、金を返せた者も人を入れ換えたら首にすることで平手のじい様を説得した。


 その関係者に竹阿弥の名前が有ったのだ。


 竹阿弥の名前を見た時にちょっと引っ掛かっていたが納得した。

 あの竹阿弥だったのか。


 そして問題の秀吉こと、日吉だ。


 これは俺も一応探していた。

 まず周りの人間から聞いてみたが知っている者はいなかった。

 そして兵を集めた時に作った名簿で確認したが、名前は無かった。


 そして俺はそれを知った時少しほっとしていた。


 俺は小一の話を聞いて得心した。

 秀吉は既に死んでいるのではないのか?

 小一の話が本当なら清洲の戦いか。

 生野の戦いか。

 そして赤塚の戦いなのか?

 いずれかの戦いで亡くなったのかも知れない。


 そして俺は亡くなった秀吉の代わりにこの世界に来たのかも知れない。


 でも、本当に秀吉は死んだのか?


 ひょっこり現れるんじゃないのか?


 分からない。


 それにこの世界の歴史はもう俺の知っている歴史とは別物だ!


 それならこの世界の秀吉はあっさり死んだんじゃないのか。


 ああ、もう。


 考えないようにしていたのにどうして今さら秀吉の身内が現れるんだ。


 ………どうしたらいい。


「あ、あの~」


 俺が頭を抱えていると小一が恐る恐る声を掛けて来る。


「なんだ」


「俺も妹もそろそろ帰らないと行けないので、おっ母には今日は帰って来ると言ってあるんで、その~」


 辺りを見ると日が沈みかけていた。

 かなり話し込んでしまったようだ。

 寧々と朝日を見ると二人とも茶を飲みながら笑顔で話している。


 このまま帰すのは二人の身が危険だ。


 小一一人ならそうでもないが朝日と一緒だと襲ってください、拐ってくださいと言っているようなものだ。

 引き留めて話し込んだ俺にも責任はある。

 それにもし、この二人に何か有ったらと思うと。


 ……思うと?


 変だな。

 何で俺が身も知らないこの二人を心配するんだ。

 それにこの二人が死んでも、いや死んでくれたほうが返って俺の為になるかもしれない。

 そうだよ!

 俺は現在進行形でまだ疑われているんだ。

 俺の身内が生きている。

 俺が嘘をついていた。

 そうなるとこれがもし利久や勝三郎が知ることになったら?


 ……殺されるかもしれない。


 それでも、会ってしまった。

 知ってしまった。

 そしてこの感情は何なのだろうか?


「小一」


「は、はい」


「今日はもう遅い。俺の屋敷に泊まっていけ」


「あ、いや、でも」


「いいから、泊まっていけ。それにもっと話を聞きたい」


「あの、そんな、恐れおおい」


「中村の家には俺が使いを出す。遠慮するな」


「何で、もしかして兄さんを知って………」


 俺は小一を見て言った。


「俺がお前達を助けてやる。………身内だからな」


「……兄さん」



 何で俺は身内だなんて言ったんだ。


 ああ、もう、何でなんだよ!


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


応援よろしくお願いします。



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