第三十二話 仲間ができて候う
作品に出てくる人物の年齢は、史実に近い設定にしていますが若干違う人物もいます。
ご容赦頂けると幸いです。
市姫様から頂いた立派なお屋敷。
確かに1人で住むには大きすぎする。
だからといって、何でこの人達が?
「え、俺はお前の監視だよ」
「俺はまだ監視されんのかよ!」
嘘だ!
絶対に嘘をついてやがる。
だって笑ってやがるよこいつ。
利久の奴~。
「私ですか?もちろん兄上のお守りです。それと、その………、何でもないです」
「そう。あいつのお守り、ね」
さも当然のように居着く犬千代。
まぁ、良いけどさ。
今までとあまり変わりないし。
「えっと、あの、姫様から言われて。犬千代ちゃんと監視するようにって」
「ちょっ、ダメよ寧々」
「あう」
涙目になる寧々。
いや、もう良いよ。 ほんと。
でもね、何で居るのよ。小六?
「夫と暮らすのは当たり前では。そうだろう」
だからすり寄るな。
後、顎を触るな!
「は、な、せ。お前ちゃんと家を与えられたろ」
そう小六には家が与えられている。
というか俺が優先的に与えた。
じゃないと毎晩俺の部屋に現れるのだ。
その度に小六は犬千代に連れていかれる。
屋敷を与えたのは俺の安眠を守る為なのだ。
それも書の改竄をしてまで。
罪に問われないのかだって?
大丈夫。
勝三郎や平手のじい様には事後報告しておいた。
向こうはそう言う命令が有ったと思っているからちゃんと確認していない。
それに小六の禄は三百貫だ。
自前の屋敷を持っていてもおかしくない。
ちなみに俺は屋敷を与えられてから百貫になった。
おかしい?
小六は俺の預りになったのに禄は俺の方が少ない。
まぁ、小六は元蜂須賀党の党首だ。
いや、今も当主か?
そして禄はその頃より少ない。
それでも彼女は俺の側に居たいらしい。
本音は嬉しいよ。
けど周りがさ、そう言う事を許してくれないのよ。
「ああ、あの家かい。家(蜂須賀党)の連中が使ってるよ。それにこの屋敷での護衛も頼んでるからねえ」
「もう、………良いです」
「うふ、よろしくね。あんた」
だから引っ付くな。
当たってる。
当たってるから。
それから犬千代さん。
そんな冷たい目で見ないでください。
お願いします。
「いいねえ。よ、この色男!」
後で殺す。
絶対に殺す!
利久め~。
そんなこんなで新しい生活が始まった。
そして市姫様による尾張の統治が始まった。
まだ一部の反抗勢力がいるが概ね尾張の大部分を手中に納めている。
あまり問題ない。
問題が有るとすれば、………官吏が少ないことか?
従来の人数では処理しきれない量の案件が山積みになっている。
俺も頑張っているが明らかにキャパオーバーだ。
これでは遠からず誰かと言わず俺が倒れてしまう。
俺もそうだが勘定方の連中は処理に追われて碌に家に帰れずにいるのだ。
ブラックだ。
急速に大きくなった織田家は深刻な人材不足なのだ。
誰か、助けてくれー!
そんな俺と俺達(勘定方)の願いが通じたのか。
新しい右筆がなんと二人も増えたのだ!
良かった。
本当に良かった。
こんなに嬉しいことはない。
喜んでいる俺に二人が挨拶にやって来た。
「村井貞勝と申します。以後良しなに」
「太田信定です。よろしく」
村井貞勝と名乗った人物は三十過ぎたおじさんだ。
おお、もしかしてあの村井様ですか?
織田家随一の官吏と言われた村井貞勝様が目の前に。
おお、感動のあまり涙が。
「お、お主。なぜ泣いておる?」
おっといけない。
急いで涙を拭いて挨拶をする。
「これは目にゴミが入ったようで。私は木下 藤吉と申します。これからよろしくお願いいたします」
俺は馬鹿丁寧な挨拶をして歓迎する。
フフ、いらっしゃい。
このブラックな環境で一緒に頑張ろうではないか。
フフ、フフフ、ハハハハー
「お主本当に大丈夫か? 突然笑い出すとは」
「は、これは失礼を」
いかん、心の声が駄々漏れだ。
嬉し過ぎて感情を抑えきれない。
これでは只の変人と思われてしまう。
もう1人の方は何も反応していないな。
呆れているのか?
いや、違う。
呆気にとられている。
太田信定も三十くらいに見える。
しかし、太田信定か?
誰だっけこいつ。
覚えがないな。
まぁいいか。
とにかくこれで人員が増えた。
これで何とかなるだろう。
そして、何とかなった。
いや~凄いね貞勝殿は。
俺より処理が速いよ。
尊敬してしまう。
明院良政様以来の尊敬できる人だよ。
平手のじい様?
あの人は別にね、どうでもいいよ。
俺に仕事ばっか振るんだから。
一方で信定殿も凄いね。
最初は慣れるのに必死だったけど、慣れてくると書を書く速さは俺や貞勝殿より速いよ。
だから仕事を三分割にしました。
計算関係は俺が民事関係は貞勝殿に、そして書の写しを信定殿に仕事を割り振ったんだ。
そしたら仕事がはかどる事はかどる事。
おかげで仕事を翌日以降に溜め込む事も無くなったよ。
これでようやく普通に家に帰れる。
でも、家に帰ってもあの連中がな。
屋敷を貰っても屋敷に泊まったのはその日だけで後はずっと城に篭りっきりに。
着替えは犬千代や寧々が持って来てくれた。
小六はあいつが来ると邪魔になるので来るなと言っておいた。
すると寧々に文を渡して寄越すんだ。
割りと字は綺麗だったな。
でも内容は言いたくない。
はぁ、なんか気が重い。
家に帰るのは嬉しいはずなのにあの空気に耐えられない。
もっと仲良くして欲しい。
俺の精神衛生上良くない。
そして俺が家までとぼとぼと歩いていると寧々に出会った。
「藤吉様。今お帰りですか?」
「あ、ああ寧々か。そうだよ。一緒に帰ろうか」
「はい」
寧々が元気よく返事してくれる。
本当、寧々は俺の心のオアシスだよ。
寧々は俺が屋敷を貰うと『藤吉殿』から『藤吉様』に呼び名が変わっていた。
様呼ばわりは慣れないが自分が偉くなったのを自覚できる。
ちょっと恥ずかしいけどね。
寧々の持っている荷物が重そうだったので持ってやる。
寧々はまだ十二だからな。
重たい物を持たすのは可哀想だ。
しかし、これって壺か?
「これってもしかして酒かい?」
「はい、その、利久様が」
あいつ、帰ったら説教してやる!
こんな重たい物を寧々に持たせるなんて。
俺がそう思っていると誰かに呼ばれる。
「お兄ちゃん!」
振り向くとそこに十歳くらいの女の子がいた。
「お兄~ちゃ~ん」
そう言うと女の子は俺に飛び込んで来た。
思わず抱き締めたけど。
お兄ちゃん?
俺に妹はいないよ?
何、なんなのこの子?
俺は俺の胸に顔を埋める女の子を見ながら、頭の中は疑問でいっぱいだった。
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