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藤吉郎になりて候う 〜異説太閤紀~  作者: 巻神様の下僕
第一章 尾張統一にて候う
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第二十九話 戦支度調いて候う

 清洲に戻り報告を終えた俺は出兵まで部屋に監禁されていた。


 とにかく貯まった書を処理しなくては戦の後が大変なのだ。

 机を前に書の山と格闘し続ける俺をおいて戦の準備は続けられた。


 兵を揃え基礎的な訓練を施し、武具の補充と手入れ荷駄の準備も進められる。

 堀田家からの追加の兵糧も次々と運ばれる。

 そしてその作業と平行して俺の仕事も増えていく。

 兵の簡単な戸籍を作り隊に振り分けられた人員と照合。

 人員漏れがないかチェックする。

 そして兵達に給金を渡す。

 その給金の計算。

 その後、戦の時に渡される武具の数をチェック。

 荷駄隊に振り分けられる人足の給金も計算する。

 その荷駄に乗せられる兵糧の数をチェック。

 その他諸々の確認事項が俺の所に持ってこられる。

 これは勘定方にも振り分けられている仕事だが、俺がやった方が速いとの理由で優先的に回されて来るのだ。

 休める時間は飯と厠と寝る時だけ。


 こんなブラックに勤める事になるなんて!


 しかも右筆の俺は戦場にも行かなくてはならない。

 俺の戦場の仕事は人を殺す事ではない。

 記録を付ける事だ。


 例えば、誰それが敵に一番槍を突いた者を記録する。

 誰それが大将首ないし武将首を上げたのを記録する。

 等々の功名を記録したり戦の流れを記録するのが仕事になる。


 俺は右筆は戦場等には行かない者と思っていただけにショックだった。

 それにまだ人を殺すどころか、人が死ぬ所を間近に見る勇気がない。

 こんなんで戦場に行けるのかと思っていた。

 そこで利久と勝三郎に飯を食いながら相談した。

 困った事が有ったら即相談。

 向こうでもやっていた事だ。

 最も向こうでは相談する相手がごく一部に限られていたが。


 利久と勝三郎はとにかく慣れる事だと教えてくれた。


「人を殺す事に慣れろというのか?」


「違う。生き残る為に必死になれ、という事だ」


「まぁ、誰だって人を殺したくなんてないさ。だけど向かって来る奴らに手加減したら自分どころか、味方が危うくなる。戦うなら味方を生かしたいなら殺す事を躊躇うな」


 勝三郎はとにかく生きろと、利久は躊躇うなとどっちも大事でどっちも正しい。


「今回は俺達に任せろ! お前は俺の活躍を記録していればいいさ」


「まずは戦の場を感じる事だ。話はそれからだ」


 二人の励ましは大変嬉しいが、現代人である俺は戦に慣れる事が出来るだろうか?


 時間は刻一刻と過ぎて行く。

 立ち止まっている時間はない。

 前に進まないと行けない。

 ここは平和な世界ではない。

 油断していると殺られる世界なのだから。


 それに俺はまだついている方だ。


 一時は疑われはしたが仕事を与えられ衣食住を保証されているのだ。

 この幸運に感謝しなくては行けない。

 そしてこの生活を安定させる為に戦わなくてはならないのだ。


 まずは尾張の統一と信行の排除。


 この二つが目下の最優先事項だ。

 その為の仕事をしなくては。

 思いも新たに仕事に取り掛かるがこの書の山を見ると決心が鈍る。


 この戦いが終わったら右筆の数を増やすように要請、いや嘆願しよう。


 そして右筆衆を作るんだ!

 


 そうして俺が監禁されていた間に小六は市姫様と会って面接を受けていた。

 どういう話をしたのか知らないがとりあえず、蜂須賀小六とその一党は俺の預りとなった。

 これで俺は近習で右筆。

 そして蜂須賀党五百名を抱える足軽大将になった訳だ。

 しかし俺は右筆の仕事を優先にこなさないといけない。

 また、蜂須賀党を指揮するのは足軽大将補佐で副将扱いに成っている小六に一任されている。

 これは俺がまだ一兵も指揮した事のない素人であるとともに、今回の出兵に蜂須賀党が使えない為でもある。

 俺が足軽大将に成るのは尾張を統一した後だ。

 それまでは一応権限だけ与えとこうという訳だ。


 そうした数少ない権限を使って俺は軍資金作りを始める事にした。

 面会に来た小六に蜂須賀党に銭を稼ぐように指示する。

 これは俺が使える銭を持つ為だ。


 何はなくとも銭さえ有れば何とかなる。


 前回の賭博の時のように自分を賭けるなんて事にならないように銭を持たなくてはならない。


「銭を稼ぐ!方法は任せる。得意だろ、小六」


「お、夫を助けるのは、妻の役目だからな。任せろ。いや、任せて欲しい」


「その、誤解は解けたよな? 説明したよな?」


「あたしがあんたをす、好きなったんだ。あんたもあたしの事は嫌いじゃないって言っただろう」


「そうだけど」


「なら、気にする事ないだろう。ねえ」


 いや、気にするし。

 それに寄りかかるな。

 耳に息を吹き込むな。



 小六には俺が監禁される前に誤解が有った事をちゃんと説明した。

 最初は怒ったがその後に問われた。


「あたしの事どう思ってる? 嫌いなのかい」


「嫌いじゃないです」


「じゃあ、す、好きなのかい?」


「えっと、好きな方だと思います」


「そう、なら良いよ。あたしがあんたを気に入ったのは事実なんだからねえ」


 その言葉の後、小六の目が光ったように見えた。

 そうして新たに関係を構築出来た。


 ………大丈夫だよな?


 そして岩倉織田家を攻める日が来た。

 いよいよ尾張統一への戦いが始まる。


 それは俺の長い長い戦いの幕開けだった。



 弘治三年 七月 某日


 織田家 右筆 木下藤吉 書す


お読み頂きありがとうございます。


誤字、脱字、感想等有りましたらよろしくお願いいたします。


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