第二十五話 勝利の美酒にて候う
さて、精算だ。
最後の勝負で全部を賭けた。
まず、証文一千貫。
そして俺自身一千貫。
合わせて二千貫。
勝った事で倍払われて四千貫。
これにて目標達成である。
意気揚々としている俺達と対象的に沈みこむ小六達。
二千貫の負けは確かに痛い。
しかしこっちは俺自身を賭ける所まで行ったのだ。
同情は出来ないし、したくない。
光秀が支払いの確認をして俺達に証文を渡す。
この証文は美濃の商家なら何処でも換金が出来る物だ。
一応、用心の為に何枚かに分けている。
「では、私はここまでだ。縁が有ればまた会おう。藤吉殿」
「ええ、縁が有れば。また」
そう言って爽やかイケメンは去って行った。
最後まで真摯な態度だった。
あれが明智十兵衛光秀か。
もう信長は居ないから本能寺の変は起きないか。
しかし、何か嫌なんだよなー。
欠点の無い完璧な所。
顔良し、声良し、態度良し、おまけに理知的な感じ。
人間臭さを感じないんだよね?
それに自然と身分や序列差を感じさせる。
嫌だね~何かさ。
エリートは嫌いだよ。
「さて、帰るか藤吉」
等と考えていたら利久に声を掛けられた。
「そうだな。そうするか」
と返事をしたが思い直す。
これこのまま帰ったら襲われるんじゃないか?
光秀が襲って来るとは考えない。
襲って来るとしたら目の前の小六達一党だろう。
小六は二千貫の負けをしょいこんだ。
これは結構な額だ。
俺がもし小六の立場ならどうするだろうか?
相手は女を入れて三人だけ。
自分達は子分を入れたら十人か、いやもっと居るだろう。
帰り際に襲ってしまえば…………
このまま帰るのは危ない。
しかし帰らない訳にいかない。
しまったな。
光秀と一緒に部屋を出るんだった。
そうすれば道ずれに出来たのに。
どうするか?
「おい、あんたらも帰るんだろ。一杯付き合え」
えっと、利久何言ってんの?
「おい利久」「勝った奴が酒を奢る。賭博の常識だ」
何と、利久から常識と言う言葉が聞けるなんて。
そうか、そうだな。
こっちは大勝したんだ。
余計な恨みを買わない為にも相手にお金、この場合酒を奢る事でそういう行為を牽制するのか。
なるほど勉強になるな。
現代だと賭博行為は禁止されてるからこういう流儀は知らないからな。
ちょっとだけ見直したぞ利久。
「ふう、相伴に預かろうかね」
小六達はあっさり付いてきた。
これが賭博の流儀なのか?
なら警戒し過ぎたか。
※※※※※※
賭場を出てから少しした場所に酒を出す店が軒を連ねていた。
そのうちの一件を選んで入った。
「それじゃ、俺達の奢りだ。じゃんじゃん呑んでくれ!」
「「「「「おー」」」」」
小六一党は六人いた。
思い思いに皆飲み出す。
「犬千代。無理に呑まなくて良いからな?」
「はい。大丈夫です」
そう言うと酒の入った徳利を持ち杯に注ぎ込む。
そして一気に飲み干した。
「おい、おい、大丈夫か? 本当に」
「大丈夫です。前田家は酒に強い家系ですから」
そう言うとまた並々と杯に注いで飲み干す。
「ふう。良いお酒ですね」
「ふーん。味が分かるのかい嬢ちゃん」
「当然です」
「じゃ、呑み比べといこうか?」
「望む所です。双六では負けましたが酒では負けません」
そう言うと小六と犬千代の呑み比べが始まった。
わいのわいのと囃し立て酒場は盛り上がっていた。
俺はそんなに強くないので端の方に行って避難することにした。
酒場の隅で酒を呑みながら辺りを見渡す。
時代は違えども酒を飲む風景は変わらない。
少ししんみりした気持ちになった。
しかし、少しだけだった。
「お、藤吉。今夜の主役がそんな所に居るな。ここに来い。ここに」
「いや、俺は」
「おし、お前ら。藤吉を連れてこい。主役と一緒に飲むぞ!」
「「「「おー」」」」
「よせお前ら。離せこら。どこ触ってやがる。おい、止めろ。止めろ━━━━━」
そこから少しして俺の意識は途絶えた。
どのくらい意識を失っただろうか。
辺りを見渡すと皆酔い潰れたのか台に突っ伏して寝ている者。
床に寝ている者。
酒瓶を持って寝ている者等、皆屍のように眠っていた。
ふと気付くと肩に重さを感じる。
見ると犬千代がいた。
俺の肩にもたれ掛かった犬千代がすやすやと眠っていた。
俺は起こさないようにゆっくりと動き犬千代の側から離れた。
伸びをして首をひねり肩を回す。
どこも怪我していないようだ。
そして足元を見ると素っ裸でグーグーいびきをかいている利久がいた。
「こいつ、気持ち良さそうに寝やがって」
軽く足で頭を小突く。
「うん、綾殿。止めろ…………」
こいつ、ここに来る前はかやと言う侍女が居た筈なのに違う女性の名前を。
なんて奴だ。
良し、もっと蹴っておこう。
しばらく小突いてからはっとなった。
証文は?
急いで証文を確かめる。
懐から証文の束を出し数を数える。
「ひの、ふの、みの………………」
「ふふ、誰も盗んじゃいないよ。安心しな」
俺が必死に数えていたら不意に声を掛けられた。
小六が椅子に座って酒を呑んでいる。
「起きてたのか?」
「この嬢ちゃんはまぁまぁ強かったよ。良かったら飲むかい。うん」
杯をこちらに向ける小六。
しなを作って媚びを売っているようにも見える。
「いや、いい。水を貰おうか」
片付けをしていた店の者に頼む。
「つれないねえ」
「酔わせてどうするんだ」
「さぁ、どうしようか」
艶っぽい声を出す小六。
こっちに来てからそういう事をしていないので自制出来ないかもしれない。
なるべく離れよう。
店の者が水を持ってきたので杯に注いで一気に呑む。
二杯、三杯と続けて呑む。
少しだけ頭がスッキリする。
同時に少し頭痛がする。
でも、考えることは出来るようになった。
「それで、何か話が有るんじゃないのか?」
「はぁ、もっと他に言い方が有るんじゃない」
小六は酒瓶を持って俺の対面に座る。
「回りくどいのは嫌いなんだ。商売の話、何だろう?」
川並衆蜂須賀党。
木材を扱う国人の集団と聞いている。
賭場で客を探して居たのか?
それとも単に巻き上げるつもりだったのか?
酒場に付いてきたのは話をするため。
利久と犬千代を酔い潰して俺と話す。
おそらく店の者もグルだろう。
利久がそう簡単に潰れるものか。
それに証文を取られてないし殺しもしない。
どっちにしても繋がりが出来たんだ。
このチャンス。
逃してなるものか。
「そうだよ。商売の話をしようか」
まだまだ、夜は長いようだ。
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